お茶会を中断して要塞を守るなんて
第13話:こうなったらスイーツを転写ですわ
「よ、ようこそおいでくださいました、スターシャさま。わがゼレノア男爵家の貧相な屋敷でもてなされることは侮辱ととられるかと思います。それでもお茶会出席の招待に応じてくださり、まことに……」
くりくりお目々とカールしたブラウンヘアーが可愛らしい、わたくしと同じくらいの小柄なご令嬢が、つっかえつっかえ挨拶をなさっておいでです。
ゼレノア男爵家次女ダリアさま。
陸軍卿であるクトゾフ元帥の引き立てによって、大手の商会会長であるお父さまが大金を払って男爵位をいただいたとか。
お屋敷も新しくてしゃれた作りだけどシンプルで質素な感じですわ。マウント取りばかり気にする貴族とはちがって上品なご家庭なのですね。
「わぁ、素敵な温室!」
思わずため息がもれます。まるで重爆撃機のコックピットのような良好な視界。これなら敵が襲ってきても、すぐに発見できますわ。これが貧相ならば、ケルテン伯爵家の温室は下町の長屋です。
「お気に召していただいたこと、ま、誠にこ、光栄に……」
相変わらずコチンコチンになっておいでです。
「素でよろしいですわ。わたくしも本当はお転婆なの。だから仲良しになるのでしたら気さくに参りましょうよ」
ダリア様は赤面しつつもわたくしに好意を寄せているようです。もっともわたくしの表情識別能力はとても低いので全くあてになりません。
「あの、覚えていらっしゃいませんよね。先だってお会いしたことなど。たかが成金男爵の娘の事なんか」
う~んと、どこかで聞いたような気もします。
「あの時、スターシャさまがマカロンを大変お気に入りのようにお見受けしましたので……」
そこで隣に控えていたナタリーが、すまし顔ですっとメモ用紙を差し出してきます。
『お嬢殿。コチコチ少女の情報。公爵令嬢の茶会で一緒だったじっとこちらを見ていたことを確認。マカロンの件も認識している推測』
「ああ、あの時ご一緒でしたのね。こちらこそ気づかずに申し訳ございませんでした。あの後大丈夫でしたかしら」
ダリア様はほっとした様子で本来の笑顔でしょうか、とってもスイーツっぽいとろける表情を見せてくれました。
お父さまの情報によれば、ゼレノア男爵の運営する商会、ゼレノイ商会は巨大な総合企業。政商でもあるので、すべての産業に影響力を持っているとか。
それでいて飾らないできたお方とのこと。
重要なのはそこではありません。美味しいスイーツなんか山のようにありそうなことですわ!
でしたら遠慮してはいけません。マカロンつながりの縁ですわ。
「あのマカロン、おいしそうでございましたわね。わたくし、スイーツに目がございませんの。なのに知識が乏しいの。ですからいろいろと教えてくださる?」
「はいっ。もちろんたくさんご用意しておりますわ。世界各地からパティシエを呼んで、今度帝都に安くておいしいスイーツのチェーン店を……」
「素敵! 素敵ですわ。お手伝いしてみたい」
と、言おうとしましたが、それは貴族令嬢のやることではないといわれたことを思い出しました。自分では仕事をしてはいけないと。
悲しい現実です。
「まずはチョコレートを使ったスイーツを。ショコラはお好きですか?」
う~ん。
チョコレートとショコラって違いがあるのでしょうか?
「失礼いたしました! チョコレートはフランセ語でショコラと申します。これを作ったパティシエはフランセ人で。アタフタアタフタ」
なるほど。
スイーツの世界は奥が深いです。
七.七ミリと、七.九二ミリの違いよりも深淵でわかりにくいですわ。
目の前にある三階建てのケーキスタンドに、先ほどまで上品に並べられていたスイーツがひとつ残らずなくなりました。
どなたがこんなに食べたのかしら。
でもそれはどうでもいいことね。
げっぷ。お茶がおいしいですわ。
「ダリアさま。とってもおいしゅうございましたわ。パティシエの皆様にお礼をしたいのですが」
スイーツの多連装ロケット攻撃で撃破されたわたくし。
できればパティシエ様にお会いしたい。
手を握ってぶんぶんしたい。
そのまま手を握ってお屋敷までお持ち帰りしたいです。
「そ、それは……」
「どうかいたしまして?」
ダリア様は急に真っ赤になってうつむいてしまわれました。
三十秒くらい間をおいたのち、意を決したように顔を上げて小声でわたくしに伝えてくださいました。
「そのスイーツ、すべてダリア……いいえ、私の手作りなのです。貴族らしくない行いなのは存じあげていますが……」
どっ、ひぃいい!
わたくしの目の前に広がるスイーツの大海原。
これをすべておつくりになったと?
なんという天才。
なんという偉業!
「これはすべてダリア様の手作り? 信じられませんわ」
「はいなのです。ですが時間が足りない部分や力仕事は新米のパティシエさんに手伝っていただきましたのです」
「? ということは、さっきのパティシエがいるというのは」
気まずそうなダリア様。
「ごめんなさいなのです。嘘をつきましたのです。お叱りは覚悟しておりますが、なにとぞ父にはお
「いいえ。わたくしは感激しておりますの。このような出会い。素敵なパティシエ様に出会えるとは」
そうです。
あの優秀なお父さまですら、天才的パティシエを探してすでに三か月。それでも見つからないとか。
きっと素晴らしい方を見つけてくると期待しておりましたが、貴族のご令嬢にこのような才があるとまでは調べられなかったようですわ。
「スイーツのチェーン店も私のおねだりなのです。少しでも私の考えたスイーツの味を喜んでいただけるようにと」
かわいい。
両手をグ-にして口元を隠す仕草。食べてしまいたいくらい。
見習いたいです。
ナタリー。
真似してもかわいくないわよ。
あなたは凛とした表情がお似合いです。
「でも、無理なのです。父のいう事には店を出すには莫大なワイロが必要で、スイーツの値段を高くしないといけないとなのです。それでは多くの方に楽しんでいただけませんのです」
ああ、あの陸軍のクソドブとかいうデブデブの司令官ですわね。
いかにもワイロを要求しそうですわ。
このダリア様の婚約話も、その見返りなのでしょう。
「よろしいですわ。その話、わたくしが何とかいたします。ちょっと考えがございますの」
この前の発見を確認するいい機会ですわ。
目に前に手つかずに置いてあるマロングラッセ。お持ち帰りしようとしてとっておいたもの。
たった一つでは寂しいです。
増やしちゃいましょう。
わたくしはマロングラッセに手をかざし、それを見つめる。
目に前に、日本語の羅列が流れていきます。
これを覚えて隣の食べかけのビスケットに転写。
光学的には完璧なコピーです。
このコピーマロングラッセに右クリックを想像して操作、プロパティを開く。
互換モードを有効にすると、コピーが終了。
なんと本物のマロングラッセができました。
「す、すごいですの。スターシャさまは魔導師様なのですか?」
「ええ、少しだけ使えますの。でもこのくらいはダリア様にもできると思いますわ。やってみます?」
頭をかくんかくんと縦に振るダリア様の後ろに立って、体を抱えるように操作方法をお伝えします。
ほとんどの方には量に多少はございますが魔力がございます。
問題はプロパティを開けるかということと、使い方を知っているかということなのです。
この手法は一番の難関である日本語の転写。
これさえうまくできれば誰にでも。
別に意味は分からなくてもいいのだそうです。
私はお母さまから教えていただきましたのでわかりますが、文字をなぞって反転させるとコピペできますので、そのまま張り付けるだけでいいのです。
この時、互換モードでルーシ語から日本語対応にすると、なぜか外観のデータが実際の物質データに代わるようです。
何が何だかわかりませんが、きっとお母さまの発見された仕組みなのでしょう。あのスロットルVにも応用されていました。
お母さまはなんて偉大な方なのでしょう!
「これを使って、ダリア様の商会を作りましょうよ。ダリア様にもできますわ。原価は本当に安くなりますから」
わたくしは白目をむいて放心しているダリア様の両手を握って、目をきらきらと輝かせた。
誰です?
「ギラギラの間違いだろ」
とかツッコミを入れるのは。
◇◇◇◇
聖暦1941年4月6日の空戦日記
とっても優秀で優しいお母さま
わたくしには全く読めない日本語が役に立ちましたわ。
以前、マトリクスの相互干渉があると気づいて、試しに互換モードいうものをいじってみたのです。
「めったにいじっちゃだめよ」
というお母さまの忠告を無視してしまいました。
ごめんなさい。
でもそれで初めてのお友達ができましたわ。
ダリア様は本当に可愛くて素敵な方。
わたくしには全く真似できそうにございません。でも少しでも近くにいて、そのお姿を観察、転写できないか練習いたします。
きっとしぐさや性格も転写できる日も遠くないでしょう。
そんなことを夢見て、今夜はゆっくりスイーツの数え歌を口ずさみながら目を閉じますわ。
◇◇◇◇
皆さま、★を1つでもよろしいのです。
つけていただきませんでしょうか。
そうすればその★をコピーしてどんどん増殖させて大ヒットできますの。でもどなたかフォローの増殖の仕方をお教え願えませんでしょうか?
付けていただけない方には、もれなくナタリーのメモをお送りします。きっとこう書かれていますわ。
『読者殿。ネット逆探知完了。今から秘密警察のエージェントを派遣。フォローのボタンを強制的に押させる。拒否するものはシベリー送り』
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