第12話:奴を取り込め!第2章、終わりですわ

 1041年3月26日

 帝国軍総司令部

 ゲオルグ・ジュコ-フ大将



 車から玄関まで歩くだけで分厚く降り積もる肩の雪を払う間もなく、総司令部付き従兵がコートを脱がせてくれた。


 お貴族様になったことを、いまさらながら実感するな、気色悪い。


 親父は一代帝国勲爵士だった。陸軍で大きな勲功を立てた。

 平民が一代で爵位を賜るなどめったにない。


 私のように男爵位を賜ることならなおさらだ。

 さきのハルパ河畔での大勝で親父を超えて男爵となった。武官でこの出世は帝国始まって以来数名しかいない。


 少将の階級で参謀長として作戦を指揮・立案していたその戦い。帝国軍の圧倒的優勢で推移した戦いだった。


 それが最後の最後で皇国軍による中央突破を狙った玉砕突撃で司令部を強襲された。


 悪いことに総司令官が流れ弾にあたって戦死。前線にいた次席司令官も戦闘不能になっていた。


 やむなく空軍畑の私が総指揮を執ることになり、逆襲の末かろうじて補給路が伸び切っていた合州連合と皇国軍を包囲撃滅できた。


 やはり帝国の縦深防御は打たれ強い。

 そして貴族どもは打たれ弱い。

 ヘタレが多い。



「よく来たな、ジュコーフ。こちらで暖まるがいい」


 帝都ルーシは内陸のため三月でもまだ寒い。暖炉のマキがパチパチとはぜる音を聞きながらの長老会議か。そろそろバルティー海に面した副都に移りたいものだ。あそこはまだ温かい。


 陸軍卿のクトゾフ元帥

 海軍卿のナヒモヌフ元帥

 空軍卿のツポレヌフ元帥


 全て侯爵の地位にある。

 そしてそれらを束ねる司令長官が、ここにいないメンレーフ公爵だが、実質的に軍令、軍政を取り仕切っているのはこの三人だ。


「それで例の若造の復命はどうであった? お前の印象を聞かせてくれ。書類だけではわからぬ故」


 先の隠密攻撃が帝国と連合王国の外交問題となっている。

 いままで雪融け後のぬかるみが原因で『偽りの戦争ファニーウォー』と呼ばれる、うやむやな宣戦布告なき戦い、小競り合い状態だった。


 たまに義勇軍による空襲はあるものの陸戦には至っていなかった。先の帝都初空襲で大被害を受けていたら即開戦だったであろうが。


 それがこの奇襲がもとで壊れる可能性が高くなったのだ。


 情報局からは「近く大空襲が予定されている」とも聞いていたが、先に手を出した方が外交では不利になる。


「は。ミハイル・ザイツェフ大尉は今回の戦果を誇るでもなく冷静そのもの。あのような大戦果をあげる予定ではなかったと申しております」


「ほう。大戦果を誇る様子もないか。意外と向上心、いや覇気がないの」


 空軍司令ツポレヌフ元帥が葉巻の煙を天井ヘ吐きながらつぶやく。


「いや。自分の戦果によって引き起こされた外交問題を認識しているのだろう」


「まさか。たかが前線の下級士官風情が戦略全般を理解しているとは到底思えん」


 いや、こいつらも理解していないだろう。


 今回の事で西部戦線が動き出したら、せっかく東部戦線で開始された冬季反攻作戦もその勢いが鈍りとん挫する。それがこの戦争を大戦に発展させる事になる危険を考えていなかったのか? ほかにいろいろと方法があったはずだ。


 そのきっかけとなるような奇襲攻撃をかけるなど愚の骨頂。

 命令を出したのはこいつらではないか。情報局がこれ以上力をつけないようにと軍による実力行使だと?


 たかが貴族どもの足の引っ張り合いで、戦争そのものを危うくしている。


「陸軍は西部戦線に対する準備はできているのかね? クトゾフ」


「万全とは言えぬな。空軍、特に航空魔導兵が不足気味だ。東部戦線に引き抜かれたせいでな」


 仲の悪い海軍と陸軍のいがみ合いが続く中、空軍のツポレヌフ元帥は欠伸をかみしめている。


「貴殿たちの言いたいことは分かった。東部戦線と西部戦線。どちらとも優勢に進めることは不可能。だから一方を防戦に向けて縦深陣地を敷き、遅滞戦闘。一方で総攻撃という事だろう?」


 一番うちの空軍司令が正確にものを見ている。


 問題なのは新しい軍ゆえの勢力の脆弱さ。

 今回も理不尽な攻撃をせざるを得なかった。


「わが陸軍は東部戦線に掛かり切り。海軍は北西部の港を温めているだけだからな。陸軍の正規軍はすぐには西部に回せん。シベリ-鉄道には輸送限界がある」


 また海軍の悪口が元で小一時間、口げんかで過ぎてしまった。


「ではやはり軽快な空軍に動いてもらうしかありませんな。東部戦線の魔導兵と航空軍団を引き抜いて西部の前線に送らないと、西プロシアン陸軍と連合王国陸軍、ことによるとフランセ共和国の陸軍まで相手にすることになる」


 正規兵の兵力比、約一対一か。


 帝国の陸軍装備は徐々に近代化しているが、敵対国とはまだまだ差がある。それを埋めていたのは大動員による兵力での人海戦術だ。


 これが対等では、まずは大会戦に勝つことは不可能。幸いにも防御陣地にこもれば人数の差は関係なくなるが。


 もっとも、重要な野戦での作戦遂行能力は貴族の連中が無能すぎて、はなはだ不安だ。夏季では機動戦が行われるだろうから大変不利になる。


「そこでジュコーフ。貴殿には帝都防衛を絶対のものにしてもらいたい。敵機を一機たりとも入れるな。帝国の予備役だけでなく新兵も総動員して、敵を東プロシアン奥深くに誘い込み、包囲撃滅する」


「それまで国民の士気を維持するために帝都の空襲だけは何としてでも食い止めるのだ」


 わかっているが、そのための魔導兵と防空戦闘機が不足しているではないか!


 東西プロシアン国境地帯に展開する防空部隊にほとんどを持っていかれている。さきの初空襲が止められなかったのはそのせいだ。


「あのザイツェフ大尉、使えないのかね? 帝都防空のシンボルとして。なかなか良い働きではないか」


 そうではあるが……


「は。優秀な人材ではありますが、叙勲や昇進は一切お断りだと言っており」


 しかしそれをとがめだてできるような人物ではないのだ。背後にはいろいろな後ろ盾がいる。


「何を無礼な、平民風情が。血迷ったのか。せっかく我らが目をかけてやろうというのに」


 と言いつつも「我ら」ではなく『自分が』という意識を隠さずに、残る二人の顔色をうかがう三人の侯爵。


「ですが、かの大尉はあのケルテン伯爵の遠縁。現在も勤務は伯爵家から通っております」


「そういえばあのケルテン卿には大尉と同年齢の令嬢がいたはず……」


 三人とも黙り込んで、何かを考えている。

 どうせろくでもないことだろう。


 三人とも大尉を自分の勢力に取り込んで活躍させ、勢力を拡大したいと。あわよくばあの実力者ケルテン伯爵を味方に、と思っているのだろう。


 いや、海軍卿だけは何やら別の事を考えている顔色に見えたが気のせいだろう。どうせろくでもない考えには違いない。


 そんな思惑で戦略と作戦を考えていたら勝てる戦いも勝てなくなる。


 私にできることはザイツェフ大尉を効率的に使って、帝都に絶対防空システムを構築することだけだろう。



 ◇◇◇◇



「お父さま! またスターシャから嫌がらせの品物が送られてまいりましたわ。これをお父さまにと。とんでもない無礼な女です」


 またカタリーナがキレている。


「今度は何を送っていたのだ。今度は儂にだと?」


「そうですわ。お父さまは葉巻しかお吸いにならないのに。このような下品なものを送り付けるなんて」


 カタリーナの手にはシガーケース。

 質素だが頑丈そうなケースだ。まずまずではないのか?


「どれどれ。中は紙巻きたばこか」


 香りをかぐ。


 うぐぐ。

 なんだこれは!


 紙巻きシガーの中はチョコレートだと?

 馬鹿にしておる。


 シガーケースを暖炉に放り込んだ。

 ケルテンの奴め。娘もたいがいなやつだ。いつかきっと失脚させてやる!





 ◇◇◇◇


 聖歴1941年3月30日の空戦日記


 敬愛するお母さま。


 わたくし、何かしたでしょうか?


 三人もの侯爵さまからお見合いの話をいただきました。


 それはそれでうれしいですわ。きっとお父さまが泣いて喜びますもの。


 この前は「スターシャが結婚してこの家を出ていく夢を見てしまったよ。おかげで眠れぬ夜を過ごしてしまった」と目を真っ赤に腫らして喜んでおりましたもの。


 ですが、なぜなのでしょう。

 お見合いの相手はみんな女性でしたわ。


 よく聞くとお見合いの相手はわたくしではなくミハイルだと。

 だから先にお友達になってほしいとかで。


 お三方からお茶会に呼ばれましたの。

 ちょっと食指が動いてしまいました。


 お茶会。

 なんと素晴らしい言葉!


 スイーツとの最高の出会いの場。


 もちろんお三方すべてにお呼ばれすることにいたしました。


 ですが「ザイツェフ大尉をご紹介してくださらない?」という添え書きもありましたわ。


 それは難しいですわ。

 なにかおいしいスイーツをいただけるなら考えて差し上げてもよろしいかしら。


 お母さまはどう思います?


 悩みができてしまったスターシャ。



 ◇◇◇◇


 わたくしがこのお誘いを受けるのが良いという方は★を3つ。

 引き受けるべきではないと思われる方はフォローを。


 そのどちらでもないとおっしゃる方は、両方をお付けくださいませ❤

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