第11話:スイーツが正式採用されますように【戦闘回】
しかし隠密で奇襲せよとか、総司令部は何を考えていらっしゃるのでしょう。
もともと工作員が破壊工作をするはずでしたのに。お父さまの説明によると、軍内部での勢力争いの結果だとか。
お父さまへの嫌がらせかしら。
そうお伺いしましたら「スターシャは何も心配しなくていいのだよ。父がすべての敵から守ってやるからね」と頼もしいお返事。
やっぱりお父さまは優しい方。
きっとどなたにもお優しいのでしょう。
その全ての方への優しさをというお心、硬く握った震えるこぶしにその決意が表れていますわ。
それでもできることは念入りに準備いたします。そう思って服を一般人のものに変えるという普通の方法はやめましたの。
だってハーグス陸戦協定の『正規兵の制服を着ていないゲリラ兵の捕虜は射殺してもいい』という条項を盾にして、意地悪してくる人もいるかもしれないし。
念には念を入れて。
でも……ばれなければいいですわよね。
ですから永世中立国のスイーツラントという天国のような名前の国との国境沿いをグライダーで通過。カイゼルスラウンド基地の東二十キロ付近に降りてから徒歩行軍しましたの。
深い山林を抜ける強行軍で大分隊員は疲れて魔力を損耗しています。
「隊員諸君、貴様たちはスイーツ好きだな。私たちの中隊コールサインはスイーツ。ゆえに戦闘前は甘味を採ろうではないか」
全員に所持していただいたブロックチョコレートを半部食べてもらいます。やっぱりお仕事前と後には甘味が一番の栄養補給。
誰です?
おえっ、っとか変な声を出している方は。
「俺、辛党なんだけどな」
とかいう方は魔力切れ起こさないように、今度塩漬けチョコレートを作って無理にでも食べていただくわ。ソーセージ味とかボルシチ味ならお酒の好きな方は喜ぶでしょうか。カレー味ならきっと気に入っていただけるわ。
でもお酒には、東洋の珍味シオカラ味、クサヤ味チョコもいいかしら。
きっと甘さを感じずに甘味を採れましてよ。おつまみセットとしてチョコの詰め合わせを酒保に置いておくのも素敵ね。
では、襲撃開始です。
◇◇◇◇
「大尉殿。爆薬の設置完了。いつでもいけます」
ファンデンゲルト少尉が、赤ら顔にしたたる汗を拭き拭きハンドサインで復命してきます。
「よし。貴様らは爆破に備えて物陰に隠れ、即時上昇準備。私は兵員区画の監視に当たる」
第二小隊四人がハンドサインで了解を伝えてから一斉に散開。
だけど、部下1番の肩を捕まえて「しゃがめ」とサインを出します。
「これから重要機密戦略物資の状態確認を行う。これにもしも異常があれば作戦中止。最初からやり直す」
えええ~?
という表情をする部下1番。
ダ・マ・レ。というハンドサインをしてから後ろを向かせます。
背中に背負ったケースの中には、五段になって詰め込まれている豪華なクリスマスケーキ!
ゴクリ。
嫌ですわ。
喉が鳴ってしまいました。
す、少しだけならクリームなめてもいいかしら。
ついつい指を出してなめなめ。
……ああ。よく見るとこのケーキはちょっと形がいびつ。クリームが指の形に削られています。きっとどなたかがはしたなくも削り取ってなめたのですね。
仕方がございません。不良品は処分せねばいけませんわ。
スイーツは完璧でなくては。
「ひとつ不良品がある。処分してくる。貴様はここで待機」
おどおどした了解のサインを無視しながら、胸のポーチに潜ませた折り畳みマイフォークとマイソーサーをそそくさと取り出して、部下から見えない場所にダッシュですわ。
新月の夜。
たまにサーチライトの光が回ってくるけど、もう我慢できません。
最近「これも必要ですわね」と、町の少女と村の少女のマトリクスを転写させていただきましたの。
ここでは村の少女がいいですわ。
へん~っしん!
こてん、とお座り。
いただっきま~す。
うううううううううう
おおおおおおおおおお
いいいいいいいいいい
しいいいいいいいいい
ですわ!
連合王国のスイーツはあまりおいしいとは聞いていませんでしたけれども、これは絶品!
きっと地元プロシアンか隣国フランセ共和国のパティシエ様の名作に違いありません!
うるうるうる。
感激でマイフォークをなめてしまいました。
い、いけません。
おしとやかに食べなくては、お母さまを叱られてしまいます。
そうだ。
今度、魔道スコップを改造して、スプーンにできるようにいたしましょう。それから温かいお茶の出る術式も開発して戦場でもおいしいお茶を!
それは後のお楽しみ。
今はおしとやかにケーキを切って口へ運んで……
「おい、そこの君。どこから入った。この基地は立ち入り禁止だ。俺が家に連れていく。いい子だからこっちへ来なさい」
へっ?
わわわわ。
わたくしとしたことが、ケーキに目を奪われ大事なパーティ開始に間に合わなくなるところでした。
物陰に隠れようと走ったら、なんと女の子走りに。
これはマトリクスとの相互干渉?
すごい発見です。
だけどそんなことは後で。
「お嬢ちゃん。ここは危ないから、お家へ送ってあげよう」
実直そうな連合王国軍の軍曹さまが手を伸ばしてきます。胸のネームプレートには『ホワイトルーク・サンダース』と書かれています。
あなたのような子供好きそうな方には申し訳ないけれど今は
ドガンッ!
腕に仕込んでいる暴動鎮圧用高圧エアガンで吹き飛ばす。隠密潜入には、これ使えますわね。
「総員、襲撃開始。派手にやらかせ。小人数と悟らせないように素早く全弾発射ののち撤退せよ」
「「「了解!」」」
さて。わたくしは撤退援護。
連合王国の紳士の皆様のお目に留まりますように。
光学マトリクスをミハイルにチェンジ。兵器ボックスから愛用の二十ミリライフルを取り出します。
肩に対物ライフルを担いでシナを作ります。
では参りましょう。
社交界へのデビュタントは済んでおりませんが、西部戦線へのデビューですわ。
「連合王国の諸君。このように多くの重要戦略物資を蓄えるならもっと巧妙に隠ぺいするのだな。これではまるで狙ってくれと言っているようではないか!」
ケーキをあんな目立つところに配置すれば、敵兵に略奪されますわよ。わたくしならばフルダ要塞の奥深くに安置いたします。
連合王国の紳士ご一行は七.七ミリの豆鉄砲をたくさん撃ってまいりました。
ですがお豆さんは嫌いです。
はじき返します。
ぱきゅ
ぱきゅ
ぱきゅ
「どうした? 七.七ミリしか飛んでこないぞ。せめて二十ミリを持ってくるんだな。それでも跳ね返してやるが。弾の無駄だからやめておけ」
連合王国の紳士の目をこちらに向けた隙を突いて、中隊全員が撤退を始めます。
しかし一人の将校さまが気づきやがりました。
「これは敵の手だ。あの上空の奴を狙え。退却していく背中を撃て!」
散発的ではありますが、上空に何十発もの小銃弾が打ち上げられて、それらがすべて部下1号へ。
あのへたくそ。
被弾しやがりましたわ。
「部下1号。被害知らせ」
「だ、大丈夫であります。飛行に支障はありま、せん」
無理を言っているようですわね。
「背中のケースが穴だらけになりハーネスが切れて落下。おかげで命拾いを。大尉殿、感謝いたします。」
な、なんですと!?
ケースが落下?
全部?
オーマイガーッ!
「ああああ! 部下1号! 貴様ら、よくも部下1号を。この恨み、死をもって償うがよい!!」
よりにもよって部下1号を狙い撃ちするとは。
もう片方の胸のポーチからエナドリ、スロットルVを取り出し、一気に飲み干す。
「貴様らぁあああ! スロットルV-MAX。スイーツ波動弾、連射ぁああ!」
マガジンの六発と装填済み一発を撃ち尽くすと、あらかじめ術式をセットしてあった演算スロットで予備マガジンの自動装填動作を一瞬で終了。
次の六発。
次の六発
次の六発
・
・
・
ゼエゼエ。
いけない。
わたくしとしたことが。
素敵なレディとしての品格を維持しなくては。
あたり一面火の海。
そこかしこで爆発。
人影はなし。
ほぼ壊滅しちゃいました?
これでは素敵な紳士が追ってきて
「レディ、一曲いかが?」
と誘われません。
今日も空戦ができませんでした。
せっかく空戦用の七.七ミリを持ってきましたのに。
作戦失敗。この戦いは完全な負け戦ですわ。
残念です。
◇◇◇◇
聖歴1941年3月25日の空戦日記
親愛なるお母さま。
今日は社交界ではなく連合王国の方々へのお披露目をしてまいりました。
皆さま、素敵なケーキを用意してお待ちになっておりましたわ。ですが誰も近づいてきてダンスに誘ってくれませんでした。
ああ、おひとかた。
親切そうな下士官のかたが手を差し伸べてくださったのですが、急なことで跳ねのけてしまいました。
帝国貴族の舞踏会に参加するときは、このようなことがないようにしないと、お父さまの面子がつぶれてしまいます。
頑張って我慢できるようにいたします。
そうそう。
帰り道、隊員の皆様が疲れておられたので、チョコレートを食べていただきましたの。
すると魔力が少し回復。
だいぶ楽に帰投できましたの。
今度、あま~いチョコレートを緊急魔力補給物資として大量生産していただき、魔導兵の通常装備に加えていただこうかしら。
やはり魔力回復にも甘い味のものがいいですわ。
きっと皆さま喜びますわ。
今日もお母さまの名前に恥じない淑女を目指して頑張るスターシャより。
◇◇◇◇
「『コンバット!』タイム、サンダース軍曹をご存じの方にはもれなくトンプソンのサブマシンガンを贈呈いたしますわ」
知らない方は、★を3つとフォローを引き換えに、四十五口径ACP弾を三十発、お送りいたします。
高校野球の応援団をしていた方、知らないとは言わせませんわよ。
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