第10話:司令、ケーキが盗まれています……【戦闘回】
聖歴1941年3月25日午前4時
カイゼルスラウンド基地
連合王国軍団憲兵隊
リッキー・ジェイスン中尉
「中尉殿。事件であります」
あと二時間で当直交代だというのに、部下の先任下士官サンダース軍曹が部屋に駆け込んできた。
「なんだ? 営倉にゴキブリでも出たか?」
ジョークを言っても真面目な軍曹には通じなかった。
そんなに重大なことなのか?
「本日のサンクスデーパーティに使用されるケーキが盗まれました」
馬鹿なやつがいたもんだな。そんなことをすれば重営倉入り間違いなしだ。
貴族連中の逆鱗にも触れたら、軍法会議もなしで即銃殺だな。
「そんなに盗まれたのか?」
「数は五つ。しかも一番豪華なものだそうです。将官用だとか」
まずいな。
貴族連中でも質の悪い連中だ。早く捕まえて保護せねば、生皮をはがれるようなリンチが待っている。
「臨時呼集だ。サイレンを鳴らさずやれ。貴族様は朝が弱いのでな」
まったくあの連中を軍から放逐しないと部隊の実力を十全に発揮できん。
非常呼集ではないので二十分以上かかった。貴族の邪魔がなければもっと早かっただろう。
「どうしたね、中尉。この臨時呼集は訓練か、襲撃か?」
まず初めに呼集された歩兵部隊の指揮官である中佐が問いかけてきた。
言えない。
「ケーキが盗まれました」
等とは、とても言えない。
どう言えばいいか。
「荷物検査であります。サンクスデープレゼントに怪しいものが含まれていたとの報告が。何者かの破壊活動の恐れがあります」
「そのようなものは事前にチェックできるだろう」
「いえ。外部から侵入した形跡があります」
わざとらしく周りを見渡す。
中佐は眠そうな目つきで俺を見てから、俺の背後を指さして嫌味を言う。
「憲兵隊は、あの人影が敵の工作員だとかいうのか? 俺には近くの村の少女が忍び込んでケーキを食べているようにしか見えんが。早く捕まえろ。それがすんだら呼集解除だ。わざわざ呼集することではないぞ」
少女などさっきまでいなかった。
だが中佐の指し示す所には、人影。
どう見てもそれは、小柄な少女が女の子座りをしてケーキの皿を片手に、うれし涙を流しながら食べているようにしか見えない。
外辺の歩哨は何をしていた。
村人が入り込むなど、あってはならん!
「おい、そこの君。どこから入った。この基地は立ち入り禁止だ。俺が家に連れていく。いい子だからこっちへ来なさい」
兵員区画と弾薬集積所にほど近い木陰にいる少女に声をかける。
サーチライトの明かりに照らされた少女はこちらを向き、「はっ!」とした表情で口元についていたクリームをふき取る。
そしてすたんと立ちあがり、皿を抱えフォークを咥えながら物陰に女の子走りで逃げ込んだ。
仕方のない奴だ。
「軍曹。あの子を捕まえろ」
しかし軍曹が物陰に入った後、すぐにその体が後ろに吹き飛んだ。
なんだ?
と思う間もなく、出てきたのは悪ガキの姿だった。
見るからに悪ガキという服を着ているが肩には対物ライフルと思しき長大な銃。間違いなく敵兵。
「敵兵だ! 緊急呼集のサイレン。全兵員を起こせ。中佐殿、指揮をお願いします。全方位警戒を!」
だがサイレンが鳴り始める前に、兵員区画で次々と爆発が起きる。燃料庫付近でも爆発。
上空には平服を着た魔導師が数人、グレネードランチャーを連射していた。弾薬集積所に着弾。一般人の姿をしているがこんなところを攻撃するものは帝国軍しかいない。
このままでは弾薬庫が危うい。
「第二中隊は弾薬庫の消火! 第三中隊は弾薬庫周辺を防御。第一中隊は上空敵魔道兵を統制射撃。睡眠中の魔道兵を大至急起こせ!」
歩兵第一大隊の指揮官が吠える。
第二大隊は外周を受け持っている。
「敵、東側から強襲! 光学迷彩をした魔道兵です! 応戦するも大被害!」
次から次へと戦闘範囲が広がっていく。
一体どれだけの敵が襲撃してきたのだ?
魔道兵一個大隊以上いるのか?
幸い偶然にも呼集がかかっていたので即時反撃ができるが。
最大戦力である魔道大隊二個七十二名は、明日二十六日の帝都空襲の直掩のための魔力を温存中。一日の半分は睡眠を課されている。
いくら往路で輸送機に乗るとしても、帰りは千キロの空路を単独飛行することになるかもしれないのだ。
重爆も百機以上集結した。
西プロシアン全土からも軽爆撃機などが総出撃をする予定だった。
連合王国のサンクスデーは三月二十五日。
ルーシア帝国のサンクトデー同じ月の二十六日。
二十五日は英気を養い、次の日にルーシアの連中の度肝を抜いてやる奇襲計画。
これが漏れたのか?
逆に奇襲を受けてしまった。
厳重なかん口令を敷いたはず。
しかし敵の情報局は非常に優れている。
防諜班が敵を侮ったか。
「連合王国の諸君。このように多くの重要戦略物資を蓄えるなら、もっと巧妙に隠ぺいするのだな。これではまるで狙ってくれと言っているようではないか!」
さっきの少年だ。
悪ガキのような顔。
犬歯をむき出して、こちらを挑発してくる。なんと大胆にも拡声術式を使っての挑発だ。こいつはこの基地の堅固な防備を何とも思っていないのか。
「ええい、小癪な。総員、あの少年兵に照準を。撃て!」
中佐の叫び声とともに、この場にいた百名以上の歩兵の小銃がうなる。
少年一人にしてはもったいない数の射撃が集中する。
しかし!
全方位に防御障壁を張ってそれらをすべて跳ね返した、だと?
「どうした? 七.七ミリしか飛んでこないぞ。せめて二十ミリを持ってくるんだな。それでも跳ね返してやるが。だから弾の無駄だからやめておけ」
奴の挑発が続く。
だが、俺は気づいた。上空にいる数名の魔道兵が高射陣地を襲撃しつつ、後退を開始したことに。
「これは敵の陽動作戦だ。あの上空の奴を狙え。退却していく背中を撃て!」
ほかにも何名か上昇退避をし始めた敵魔道兵。
あの少年は手練れだ。
無視するしかない。
けん制射撃をしても無駄だろう。
だったらほかの隊員を狙うしかない。
俺は指揮系統を無視して叫ぶ。
多くのものが従い、上昇中の魔道兵に銃撃を集中した。
当たった。
一名の背中を数発の銃弾が貫く。
魔道兵は失速し、降下に移る。
「ああああ! 部下1号! 貴様ら、よくも部下1号を。この恨み、死をもって償うがよい!!」
少年の顔はますます凶暴な表情となり、こちらに対物ライフルの銃口を向けてきた。
俺の野生の勘が、そこに伏せよと命令する。
俺が伏せた直後、周りで猛烈な爆風が荒れ狂った。
何が起こった?
あの二十ミリクラスの魔道弾でこのような大爆発が連続して起こったのか?
呆然として起き上がると、そこにはあたり一面クレーターができていた。
燃え盛る炎は重爆撃機に引火。
次々に爆発を起こしていく。
これは……、敵の重爆撃機に襲われたような残状。
遠くにあの少年の声を聞いた。
きっと空耳だろう。
「ひゃ~~~っははははっ! ケーキの恨みは千倍返しよ~~~っ!」
その声は爆発音にかき消されて、だれの耳にも入らなかっただろう。
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