第9話:東プロシアンのスイーツもいいですわ
聖歴1941年3月25日
東プロシアン、チョコ地方プルゼニー基地
「大尉殿。この箱は一体……」
古参魔導下士官のなかでも最優秀な部下
「うむ。超重要戦略物資の調達が今回の任務の裏の目的だ。その物資を最優秀な中隊隊員であるお前に託す。決して壊さず持ち帰れ。命に代えてもだぞ!」
連合王国基地への隠密襲撃が、無事厳しい冬を乗り越えたことを神様に感謝する三月二十五日明け方と決まったの。
わたくしが強引にそうしました。
なぜ?
決まっていますわ。
連合王国の
だってお父さまったら
「せっかくだからスターシャ専属のパティシエは世界一の者を雇おう! 今しばらく待っておくれ。全力で探すから」
と言って、いまだパティシエ様をお呼びできていません。
お父さまのお気持ちはうれしいです。でも情報局の方々に余計なお仕事をさせてしまうのは気が引けます。
あの方々にもなにかスイーツの差し入れを考えましょう。
今、わたくし、曹長をはじめ8名の買い出し部隊を率いて、チョコ地方のプルゼリーの街にあるスイーツ店に突撃をかけています。
「お、お客様。そのご注文を全部お持ち帰りでしょうか?」
「そうだ。部下への配給用だ。高カロリー食は野戦で重宝される」
あきれ顔でわたくしたちをみるスイーツ店の店員様。にっこりと答えましたら、急いで大型の段ボールに商品を詰め始めたので「素敵な段ボールだな」と、褒めて差し上げたら「すみませんすみません」と汗をかきながら素敵なかわいい箱に詰めてくれました。
「ナッサウ少尉。貴官は小麦に精通しているだろう。この地方の小麦の集配所を奇襲。その流通を調べろ。ライトリッヒ少尉は卵の流通に変化がないかを調べろ。そのほかのものはこれらの流通経路の先に問題がないか、スイーツ店を調べる。私についてこい」
戦時における物資の流通は大事。情報を入手するついでにスイーツを奪取……げふん。手に入れましょう。おまけは大事ですわ。人の行動意欲になります。
そう固く決心をして、魔力量の大きな隊員のマジックボックスを使ってここの特産スイーツを買いあさっています。
シュペクラティウス
レープクーヘン
シュトレン
ダンプフヌーデル
シュトロイゼルクーヘン
ザッハトルテ
シュネーバル
そしてバウムクーヘン!
みんなみんな、名前を聞くばかりで食べたことがございません。これもたくさん買い込んでまいりましょう!
今のうちに買っておかないとサンクトデーの繁忙期で買えなくなるかも。ですのでこの基地の酒保、酒屋さんにストックしておいてもらいましょう。
さあお仕事頑張りましょう!
◇◇◇◇
3月25日明け方
「大尉殿。敵基地のフェンスを視認。距離五百」
第一小隊のヴィクトル・コーネフ中尉からの通信。
「了解した。第一小隊はフェンスまで前進。第二小隊は後方で待機。第三小隊は私に続け」
わたくしは飛行帽についている骨伝導式レシーバーと、喉元の喉頭式マイクを押さえながら指示を出しました。
カイゼルスラウンド基地。
連合王国の義勇軍が使用する主要基地です。
爆撃機の飛行場を中心に、現在続々と輸送されてくる義勇兵という名の正規兵。
その弾薬補給基地でもあります。
これを「ちょっと掃除してね」と、帝国軍総司令部から情報局経由でお願いされました。
お父さまはスパイを使っての破壊工作を考えておいででしたけど、司令部はわたくしたちスイーツ中隊を名指しのご指名。
なにか悪いことをしたでしょうか?
いえ、これは!
天からの思し召し?
「ケーキを用意いたしましたから取りに来てください」
という!
そう思いお受けいたしましたの。
「大尉殿。フェンス沿いの警備は厳重。三十秒に一人巡回とサーチライトが回ってきます。弾薬庫の周りも同じ位の頻度です」
第一小隊のコーネフ中尉が報告してきます。
困りましたわね。
これでは無事ケーキを収奪して離脱は不可能?
いえ、ケーキは兵員区画か給食施設にあるのが当たり前。
そちらを奇襲してから、混乱に乗じて弾薬庫を破壊しましょう。
「第三小隊は私とともに上空から侵入。第一小隊は合図を待ってフェンスを強行突破。第二小隊は混乱に乗じて上空へ上昇しつつグレネードを弾薬庫周辺に発射。各自光学迷彩に魔力を投入。変装を開始」
ここ三日間、部隊員に光学迷彩でのマトリクス転写を教えたの。半数の隊員が一時間くらいなら外観を変えることができるようになったわ。
結構魔力は消耗するから三十分が限度かしら。四人が持ち運べるグレネード程度では弾薬庫は破壊できないでしょう。
少々基地が混乱しても、さすがに弾薬庫は死守するでしょうから。
適当に混乱させたら退避。
その後、長距離統制射撃で重爆撃機を数機破壊すれば
「だめでした~。てへっ」
で済むでしょう。
最重要なのはケーキ!
それ以外はおまけです。
あとは部下が墜とされないように、高射陣地を叩かないとですわね。
「では諸君。お待ちかねの状況開始だ。死して英雄となれ! 本国に帰れば甘いケーキを美人が差し出して『私を食べて~』と、言い寄ってくるぞ」
「「「はっ!!」」」
いいお返事ね。
でも二階級特進はいけません。人間、一歩一歩前進するのがよいと、下町の司祭様がおっしゃっておいででした。なんでも強引な権力闘争をして左遷されたとかで。
もっと慎重にするべきだと反省しておりました。
隣の家のブドウを盗むのも一気にはいけません。毎日夜中にひと房ずつが常識ですわ。
「我々はブドウよりもワインの方がいいのですが。大尉殿」
あら嫌ですわ。
心の声が。
隊員の皆さま。そこは見逃してくださいませ。
わたくしがニッコリ微笑みかけると、「やべぇ。みんな早く戦闘準備だ」と小声で指示が回り、急いで戦闘開始準備をしているふりをし始めました。今度、陰口もハンドサインでやるように指導しましょう。
◇◇◇◇
そろ~り
そろ~り
足を床に付けないように魔道兵ブーツに微弱な推進力を持たせて、床から三ミリのところを浮いて歩いています。
お母さまのこだわりを思い出して三ミリにいたしました。「スターシャ。床を滑るように動くときは三ミリ浮くのがテンプレなのよ」と含み笑いしている顔を思い出して、懐かしくてつい涙が出てしまいました。
先ほど魔道波探知を警戒してハングライダーで基地上空へ侵入。
魔道波は出さないでの潜入行動がうまくいきましたわ。
途中、失速して魔道波を出した未熟者には「貴様はかまってちゃんなのか? 敵にかまってもらえなかったら、私がかまってやろう」とニッコリ顔で優しい言葉をかけて差し上げたら、真っ青になってスイスイと飛び始めました。
優しい言葉は大切ですわ。
わたくし。褒めて伸ばす上司ですの。
ありました。
給食班の作業場。
ここに数千人分のサンクスケーキ!
壮観です。
見事に並んでいます。
なんと感動する光景。
来た甲斐があります。
映える写真を念写で数枚とってから、一番おいしそうなケーキを選びます。
「輸送係、部下
「これですか? まさか……」
彼は目をまん丸にしてケーキと私の顔を交互に見ています。
嫌だわ。
恥ずかしい。
そんなに物欲しそうな表情をしていたかしら。でもおいしそうなのですもの。しかたがありません。
「た、大尉殿。これが重要戦略物資……」
「そうだ。わからんのか、お前には。情けない奴だ」
こういう時は正面突破で押し通るのが作戦ドクトリンとしては最適解。
(ほ、本気らしい。さすが殲滅のミハイル。やることが一般人には理解できない)
「りょ、了解いたしました!」
ふぅ。
いちいちめんどくさいですわ。わたくし一人でくればこんなことはないのですが。
今度、潜入作戦があったら一人で参りましょう。
第三小隊の四人のうち、小隊長のファンデンゲルト少尉と部下1番以外の二名で兵員区画に爆薬を仕掛ける。
破壊訓練も積んでいるなんて、なんと優秀なのでしょう。
さすがお父さま。
人選が冴えますわ。
爆破区画から十分に間合いを取り、今度はガソリン貯蔵庫近くへ。
さて、少しだけ驚かして差し上げます。
「第一小隊。爆発後フェンスを強行突破。無理をする必要はない。適当に遊んでから敵兵を誘引して退避」
「はっ」
「第二小隊は上空から遊んでやれ。グレネード弾は目標の弾薬庫に全弾ぶち込め。その後、高射陣地の二十ミリ機銃だけを破壊。九十ミリは当たらんから放っておけ」
では、ささっと終わりにいたしましょう
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