第6話:素性がばれませんように
1941年2月30日
帝国軍総司令部。
ケルテン伯アンドレイ
「して、卿とそのザイツェフ大尉は血縁であると?」
「はい。おっしゃる通り、はとこの三男。両親に先立たれ途方に暮れていたあの子は、魔道兵として生計を立てていました」
応接間であるのにも関わらず立たせられている私の目の前に、名目上、帝国軍総司令官であるメンレーフ公爵ゲオルクが葉巻をくゆらせながらゆったりとしたソファに座り、足を投げ出している。
実権はともかくとして貴族としての権勢と階級ははるかに上の存在。そしてこいつら四公爵が帝国の病巣。
いつかは取り除かねばならん。
最近は貴族の連中が平民をいたぶりすぎて、革命分子が湧くように出てきている。いくら陛下が民思いでもすべてがぶち壊しになっているのが現状。
しかし、この室内に充満した煙、何とかならんのか。葉巻など諜報員にとっては鬼門だ。敵に「貴族です」と言わんばかりのマーキングを自分でしてしまうではないか。
帝国を揺るがしつつある革命分子らと
しかし私にとっては、においが移ってしまうのは厄介。
絶対に帰ったら一時間はシャワーを浴びよう。
タバコの嫌いなスターシャに嫌われると数日は寝込む自信がある。
「大分凄腕だそうではないか。あの殲滅のウリエルそっくりだという者もいる。そんな優秀な兵がいたとは聞いておらんぞ」
「私の調査では二人は別人。ザイツェフ大尉は少し身長が足りず、顔はもっと狂暴。能力は少し低いように思えます。先の初空襲の重爆撃機十二機など、あの化け物なら五分間で完全撃破したでしょう」
ごめんよ、スターシャ。お前を化け物扱いするのは金輪際しない。
ばれないように、六個中隊分の証人と戦歴を偽造して作り上げたから、安心しておくれ。
念のため、殲滅のウリエル以上の戦果をあげて「人違いだったよ」と思わせて完璧に偽装しよう。
父は期待しているよ。
「しかし海軍卿のナヒモヌフ侯爵からは、卿がなにやらそなたの次女と大尉の件で情報操作をしているとの訴えもあったが。そんな噂がたっては卿も気持ちが悪かろう。私が噂をどうにかすることも考えなくはない」
そらきた。
ワイロという鼻薬をかがせておくか。このワイロの横行もそのうちになんとかせねば。秘密警察のクリニコフ卿と連携して清浄化してやる。
「そういえば近頃、投機筋界隈で有名になっている情報屋がおりまして。そのものは商品の相場予想を外さないとか。すでに何名もの成金が出ていると聞き及びます」
「ほう。それは興味があるな」
「その者の調査書です。彼はルーシ大通りで靴磨きをしております」
私は彼、少年情報屋アルフの調査書をテーブルに置いた。こいつは情報料がバカ高いが正確無比な情報を集めてくる。一度覗いてみるのもよいだろう。
https://kakuyomu.jp/works/16817330652372503469
「ふむ。このものは帝国のスパイとして使えると見たが。卿もその気であろう」
「は、優れた諜報員になると確信しております」
さて、公爵の口止めはできた。
次はどこを押さえるか。
あとはスターシャにせがまれているパティシエの引き抜きか……
スターシャには、おしとやかな伯爵令嬢として健やかに過ごしてもらいたい。
そのためには父は何でもする!
◇◇◇◇
連合王国空軍総司令部
情報局局長マックス・ガードナー准将
「君、この報告書は本当かね?」
ゆったりとした応接ソファに座って葉巻をくゆらせている空軍総司令。
あれはハハマ産の最高級品だ。
貴族っていう生き物はどこから収入を得ていやがるんだ。俺たちはそんな奴らの犬だ。
ばかばかしくてやっていられん。
こいつらを守っての犬死など御免だ。
「は。撃墜された小隊長機のフライトレコーダーが運良く回収できました。合州連盟の資料も添付してあります。殲滅のウリエルが生きていたとしか思えないネームドが帝都防空任務にあたっているとの情報です」
「あいつは東部戦線で八十八ミリ高射砲の狙い撃ちで戦死したのではないかね」
あんな化け物が
三百八十ミリ砲弾を当てたとしても落とせないことにエールのジョッキを一杯賭けてもいい。
「いいえ。魔道反応は酷似しております。ただし彼の魔道波をキャッチすることは難しく、断定はできません。ですが状況証拠は多数あがっております」
俺は次から次へとそれらの証拠をあげていった。
ひとつ
身長百五十センチ程度の凶暴な顔の少年。
ふたつ
ぼさぼさの銀髪。
みっつ
使用武器が主に二十ミリ対物ライフル。
よっつ
魔道波ジャミングができる
いつつ
爆撃機を、ほぼ不可能な正面攻撃で一気に二機を墜としている
むっつ
耐G能力が人間とは思えない
ななつ
デコイが一斉に十以上出現。個別に飛行する
多分、わが軍部隊が見ていないものもまだ多数あるだろう。
だがここまで化け物じみてくると、それ以外考えられないのだ。
帝都上空に凶悪なネームドが甦り出現したと。
まさに地獄から蘇った天使。
笑えないジョーク。
しかし奴の前を遮るものにとっては、幸せをもたらす天使であってくれと神に祈るしかない。
「神よ、
本当に笑えないジョークだ。
「では、あと何日帝都爆撃の再開を待てばよいのだね。早くしないと帝国が東部戦線から防空部隊を引き抜き、帝都防空を固められてしまうではないか」
「ですが、先の損害を思い出してください。出撃数十二機のうち十機が撃墜され、その搭乗員をすべて失いました」
司令官は葉巻を口からはなして、勢いよく煙をはく。
「たった十機だ。そのくらい我が国の工業力ならばすぐに補給できる。足りなければ合州連盟から供与してもらうこともできる」
こいつ馬鹿か。
確かに機体は急速に補給できるだろう。
だがランチェスター重爆の搭乗員は八名。
十機撃墜されれば、八十名を失う計算だ。
運よく脱出した者も帝国領土にパラシュートで降りるから、必然的に捕虜になり戦力外となる。
八十名を訓練するのに一体いくら時間と金がかかると思っている!
やっぱり貴族はあてにならん。
大体戦力の逐次投入などあってはならん。合州連盟を動かす金持ちどもに頼まれての義勇兵団派兵だと?
死ぬ方の身になってみろ!
敵の帝国も似たようなものなのだろうがな。
とにかく情報局総出で、あのネームドの出撃を妨害をせんといかん。空中では不可能。エサで釣るとかできないものか。
少年ならば甘いものとか好きだろう。
居場所が分かればグリーティングカードをつけてプレゼントしたいくらいだ。
だんだんアホなことを考えてしまうな。
大分疲れていることを自覚した。
帰ってシャワーでも浴びようか。
◇◇◇◇
<ナヒモヌフ侯爵>
「お父さま! あの小娘の弱みはわかりまして? あの娘、スターシャ。あのお茶会の後、何度も何度も不気味なプレゼントを送りつけてくるのよ」
娘のカタリーナがここのところ何度もうるさくせっついてくる。ケルテンの娘の弱みを探ってくれと。
二十日前に、ケルテンの奴の弱みを握れればと思い、娘のスターシャをカタリーナのお茶会に招待した。
聞けば、とんでもない田舎者だった。
下町で育った隠し子だといううわさは本当だったか。
「最初は赤いキノコや青いキノコの詰め合わせ。何でも胃薬になるとか。
まさかとは思ったけれど犬のエカテリンに食べさせたら三日も寝込みましたわ。
次は軍隊で使いそうな金属製の名前付きのネックレス。
その次は五十倍の倍率のオペラグラス。
最近ではオーブンのお皿でも火傷しないローブ・デコルテの分厚いオペラグローブ!
なんて無粋な娘なのかしら!」
ケルテンの奴は儂の海軍のみならず、全軍に影響力を持ちつつある。このままだと儂の計画の邪魔をしてくるに決まっている。
粛清機関である秘密警察を配下に持つ情報局。こいつをなんとかしないと我が血筋の公爵への道はふさがれてしまう。
絶対に奴の弱みを握ってやる。
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