第5話:俺たち精鋭魔道中隊なんだってよ【演習回】

 <スイーツ中隊士官連中>


「なあ、お前。前線での戦闘の経験はあるか?」


 帝都郊外にある特設訓練施設で、三人の航空魔道士官が膝を突き合わせて、ひそひそと話し合っていた。


「いいや、全くない。お前はどうだ?」


「俺も同じだ」


 三人は肩をすくめてお互いの顔を見る。


「俺、前線勤務に回される直前に辞令がおりて。中隊長が言ったんだ」


「なんて言った?」


「『帝都防空特務中隊への配属が決まった。精兵の集まりだ。喜べ』と。俺、何かまずいことしたかな。まだ士官学校出て半年なんだけど」


「俺も何かしたらしい。半年間、東部戦線で生き残ったから『お前は運がいい。エリート部隊に配属だ』と言われた」


 そしてみんながみんな、同じことを同時に行った。


「あのガキ……いや、大尉殿。殲滅のウリエルに似ているよな、うわさに聞く姿と口調。といういわくつきの!」


 三人とも青い顔をして大きなため息をついた。


 ◇◇◇◇


 <スターシャ視点>


「今より状況を開始する。貴様たち士官三人を敵航空魔導兵二個小隊に扮する下士官九名が統制射撃で遠距離攻撃。その後近接戦闘に移行。この状況から生きて帰れ」


 うんうん。

 これで三人の士官が生き残れれば戦果を期待できますわ。


 なるべく長く生き残れるように、空襲の無い日はしごいて差し上げます。


 東部戦線では魔道兵が毎日ボトボトと撃墜されていました。ですからわたくし以外の方がどんどんいなくなってしまい反省しております。


 司令部がわたくしの隊だけ「精鋭部隊だ」とほめてくださり、いつも最前線で戦わせてくださいましたから。うれしくてついつい、わたくしだけで戦果を横取りしてしまいました。

 申し訳なく思い、たまに最前線の任務を代わって差し上げました。その方たちは見事、二階級特進されて喜んでおりましたわ。


 今度はあのような激戦ではありません。ですからその分、演習で激戦のような状況を作って差し上げることができますわ。きっと楽しくてよ。


 空襲はあの一回しかございませんでしたので今のうちに集中特訓を。多分この方たちにも喜んでいただけるはず。


「状況開始!」


 三人の士官の皆様は、教本通り光学迷彩と防御障壁を張りつつ四方に散る。


 ですが、それではすぐに撃墜されます。


「第一小隊、統制射撃。目標卵……もとい。ライトリッヒ少尉。っ!」


 ばしゅ。

 ばしゅ。

 ばしゅ。

 ばしゅ。


 魔道弾の光跡って、いつ見ても美しいわぁ。

 流れ星みたい。


 あ、卵少尉は流れ星にならないでね。まだ賄賂はいただいておりませんので。


 第二小隊はお砂糖中尉を攻撃。おや、さすが東部戦線で生き残った中尉だけあって、教本通りには飛びませんね。


 ランダムに飛行しつつ、二つのデコイを操っています。


「よし。次。小麦……ナッサウ少尉に目標指向」



 その後、四時間の戦闘飛行訓練で三人がズタボロになって戻ってきました。


「大尉殿。もう少し手心を加えないと、いつかは士官殿たち全員が被弾して大怪我をします」


 先任下士官のオルデンブルグ特務曹長が助言をしてくださいます。


「なにをいう曹長。君はトロツキーグラード脱出戦の生き残りではないか。このくらいできなければ帝都は守れんことは認識しているだろう」


 スイーツは絶対に死守していただきますわ。


「で、ですが。あの時は殲滅のウリエルが先陣を務めていました。あの少年が一人で血路を開いたようなもので……」


 そうかしら。

 皆様、頑張っていらっしゃったわ。


 先鋒が全滅したのは前面に展開した一個軍団の集中攻撃を受けただけ。ほかの九個軍団は全方位から分散して包囲攻撃していただけでしたから。


 集中した砲火も八十八ミリ高射砲が百門程度。十二.七ミリや二十ミリはたくさん飛んできましたが脅威判定はE以下。


 命と引き換えにしてその敵を壊滅させ、味方を逃がしたのですから、皆様二階級特進されてきっと満足されていることでしょう。


 そのお手伝いができて、わたくしも誇らしいです。



「さて。今度は古参魔道兵の訓練だ。逃げろ。私が追撃する。容赦はせんぞ。合州連盟の連中のような有象無象の攻撃と本物の攻撃の違いを教育してやる」




 その狂った声音に一斉に古参魔道兵の背筋が寒くなる。


(こいつ、まるで殲滅の熾天使の生まれ変わりのようだ。殲滅のミハイル。ウリエルの次は天使長かよ。この世の戦場はみんなこういう狂った天使が支配しているのか?)




「貴様らが飛行開始後、三十秒待ってやる。九人中一人でも五分以上生き残っていたら、今日は酒の飲み放題だ。気張れ」


 わたくしったらなんという大盤振る舞いをしたのかしら。


 でもいいわよね。

 この方たちは、みなさまトロツキーグラード脱出戦を経験しているのですから。


 特に曹長などは司令部護衛を任されて奮戦したとか。


 司令部はハヤテのごとく戦術的撤退、司令部要員が無傷で友軍勢力圏に帰投できたのもこの方のおかげでしょう。そんな方たちのためにお酒をおごるのは貴族の務め。


 でもなぜなのでしょう。

 あの時の司令部にいた高級将校はみな、貴族の籍をはく奪されて銃殺刑にされたとか。


 ほかの友軍部隊よりも迅速な機動ができる能力があるのに、どうして?


 まあいいですわ。

 これからはトロツキーグラードの脱出戦よりもはるかにやさしい帝都防空戦。それに生き残ることのできるように鍛えて差し上げましょう。


 医療班をお父さまに増やしていただきましょうか。

 きっと皆さま喜びますわ。


 今から感涙にむせび泣く姿が目に浮かびます。



 さて始めましょうか。


「今日から貴様らは蛆虫だ。いやそれ以下だ。クソの役にも立たないごみ以下の存在を帝都防空の華に仕立て上げてやる」


 最近はこの口調が苦しくなってまいりました。


 お母様にお教えいただいた貴族言葉。

 戦場で忘れておりましたが、ようやく使えるようになったと喜んでおりましたのに、またこの軍隊口調。


「三、二、一、状況開始、楽しめ」


 九名の下士官のおじ様方が逃げ始めます。


「では私もごみ拾いの任務を開始する。ふふふ。あ~っはは」


 ずごごごっ!


 急上昇のGが心地よいです。




『第二、第三小隊。散開。第一小隊は俺と共に大尉殿を阻止する。覚悟を決めろ!』


『……了解。神よ、我らをお守りください』


 何をおっしゃいますの。

 これから楽しいひと時が待っていますのに。そんなに真剣にお逃げしなくてもよろしいのです。


 ゆっくり遊んでくださいませ。その方がきっと実力がつきますわ。

 わたくしはそうでしたもの。


 こうやって後ろからホールドしてください。

 わたくしがホールドするのはもう飽きました。


 わたくしの体に10G以上の慣性がかかり、ボサボサ頭の銀髪が横に流れる。


『曹長が背後を取られた。いつのまに接近したんだ? 背後から演習用エストックで刺されている!』


『みな、俺にかまうな。逃げろ! う、うぐっ。いてぇ。痛えぇ。何回刺すんだ。このドSが。みんな真剣に逃げろ。ここは俺が体を張って。ぐおぉぉ!!』

 

 さすが歴戦の曹長様。

 よい戦いぶり。

 感嘆します。


 なのでご褒美です。

 痛覚麻痺波をエストックに流して麻酔。

 自動不時着システムが動き出します。


『曹長の死を無駄にするな。みんな逃げ延びてタダ酒を浴びるんだぁ~~』


 ばしゅ。


 そういうことを言うと真っ先に狙撃されるのよ。指揮官を先に倒すのは定石。


 今度はそのバディに迫ります。


「エストックと拳銃。どちらか選べ。どちらで穴だらけにされたい? 三秒以内に答えなければグレネードを抱かせる。ははははは~~っ!!」



『やっぱり殲滅の熾天使だった。俺たち、訓練で全滅するのかよ……』


『敵に撃たれるよりも大尉に撃たれる方が怖い。なんという呪われた部隊に配属されてしまったんだぁ~~』




 ◇◇◇◇


 聖歴1941年2月27日の空戦日記


 親愛なるお母様


 スターシャ、今日は張り切って中隊の皆様に生き残るすべを身に着けていただこうと頑張りました。


 みなさま「もう結構です」とゼエゼエしながら満足そうに喜んでいらっしゃいました。


 ルーキーの士官様がたは、まだまだ逃げ足が遅くて困ります。トロツキーグラードの防衛司令部のような逃げ足を見せられるようになっていただかないと困ります。


 なぜならあの方々は囮ですので。食いついてくる餌をわたくしが処理いたします。それが効率的。早く素早い逃げ足を身に着けていただきましょう。



 あなたの娘、スターシャより。



 ◇◇◇◇


「この日記にも流れ星のように多くの★が落ちてきますよう、あなた様のお顔を二十ミリのスコープ越しにのぞいていますわ。あらいやだ、引き金を引いてしまいましたわ。お怪我はないかしら」

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