第4話:スイーツ中隊誕生
<帝都初空襲の翌日>
バターン!
私がソファーでくつろいでいると扉が勢いよく開きました。
「おおスターシャ、私の愛おしい娘。昨日の空襲の迎撃、スターシャの働きだね。ケガはしなかったかい? 危ないところに行ってはいけないと、あれほど言ったのに!」
いつものように両手を広げてアンドレイお父さまが近寄ってまいります。抱きつれるところを、すんでのところでかわします。
あの銀色のヒゲで行われるスリスリ攻撃は何気に強力なのです。
所属する部隊が半壊するほどの楽しい戦場から帰投した直後に初めておとうさまにお会いしましたが、その時は敵の重砲の至近爆発よりも痛かったです。
がっかりするお父さまを見たくないので、今度は顔面に二重防御障壁を張ってからスリスリ攻撃を受けてみましょう。
「心配ございませんわ。お父さま。相手はたった十二機。敵の直援航空魔道兵もわたくしをロストしていましたから」
「そうだったらいいのだが。だが父さんは心配だ。ゆえにボディーガードをつけることにした!」
目の前のテーブルに数十枚の書類がバサッと置かれました。
「この軍歴書の中から良さそうな軍人を選びなさい。私が選んでもよいのだが、こと戦闘に関しては素人なのでな。好きに使っていいよ。帝都の守りの切り札にしておくれ」
お父さまは軍籍があるけれど、ずっと内務を見ていたの。
今は情報局長官として、帝国の目と耳になっています。この帝国は分裂と内紛が激しいので、なくてはならない存在です。帝国の表も裏も支配しているといっても過言ではないそうです。
この名簿もその立場を使ってのことでしょう。
父さまは何でもできてしまう優秀な方なのです。
「ご配慮、感謝いたしますわ。ですがわたくしは単独行動の方がやりやすく……」
「ダメだよ、スターシャ。お前に何かあったら父は生きていけない!」
お母様を奪われ、怒りに任せて正妻と私の腹違いのお姉様にあたるアルメラ様を追い出したのち、お父さまはこれも腹違いの兄上と二人きりの境遇に。
そのお兄様も戦地で戦っています。伯爵家嫡男なのに戦争に出られるとは、お兄様はなんて勇敢なのかしら。
砲弾の飛んでこない補給部隊は危険でやりがいのある仕事です。
「わが帝国の将校はほとんどが貴族だが、その連中のなかで若手のエリートを集めたんだよ。きっと使える若者がいる。きっと彼らもスターシャの姿にぞっこんだよ。少年士官の姿も、霞がかかったような銀髪と、けぶるようなヴァイオレットの瞳も」
「ありがとうございます。うれしいですわ」
貴族ですか。
帝国の貴族は先日のように簡単に慌てふためくということを高貴なふるまいとしているのですよね。
そんな方々に戦場で勲功を上げていただくにはどうしたらよいのかしら。
難しい課題を解決することを楽しみにしながら、ペラペラと書類をめくりました。
!!
この人使えるわ。
この人も、この人も!
なんという有能な人材でしょう!
「お父さま、ありがとうございます。素敵な人材を紹介してくださり感謝いたしますわ」
立ち上がった私は、最近少しは人に見せられるようになってきたカーテシーで心からのお礼を言いました。
◇◇◇◇
「次の者。入れ」
面接室となった応接間にて、鬼の情報局長名義の出頭命令に緊張した若い魔道兵が入ってきました。
わたくしが直接人選をするの。口調は久しぶりの軍隊式。
「はっ。失礼いたします」
緊張度百二十%の敬礼をした青年が私に促されて椅子に腰を掛けます。
「これからする話は最高軍事機密に相当する。親にも恋人にも話してはならない。もらせば一族郎党、赤ん坊まで一人残らず族滅する」
そんなにおびえなくてもいいのですよ。取って食べはいたしません。チョコレートでできているのならその限りではございませんが。
「それでは身分姓名。戦歴を申告せよ。合州連盟の大統領府を破壊した経験があれば即採用だ」
魔道科大尉の軍服を着た悪ガキが偉そうに大人を威圧しているように見えるでしょう。
今の身分はケルテン伯爵の系譜に属する航空魔道兵ということになっています。名前はミハイル・ザイツェフ航空魔道大尉。
お父さまの権勢は絶大ね。すぐに軍籍を作れましたわ。
「はっ。小官は東部方面独立第三魔道大隊所属、ゲオルク・ライトリッヒ少尉であります」
「任官はいつだ」
「半年前であります」
半年前というと、九月に士官学校出たばっかりのルーキーさんね。素敵。東部戦線で生き残っているなんて、すでに英雄さんです……
「配属時期は?」
「こ、今月の一日であります!」
まっさらな新米さんでしたわ。擦り切れていない生きのよい少尉さま。
これから伸びしろがある新人さまですから大事に育てていきましょう。生き残れたらですが。
「使える演算スロットはいくつある?」
魔道術式を並列で発動させ戦闘行動をするにはこの数が重要です。
「はい! 八個であります」
新兵さんレベルですわね、やっぱり。
「ちなみにステータスとかは見えるか。プロパティ、ストレージ、トラブルシューティングでもいい」
「??? ありません」
やはりこういったものが見えるのはわたくしだけですか。
「気にせんでくれ。忘れろ」
しかしそんなことはどうでもいいの。私にはこの部分がはるかに重要。それが書かれている場所を指でなぞる。
「君の実家はどこか」
「は。帝国南部のライトリッヒ男爵領であります。小官は男爵家八男であります」
男爵家八男って、それはないでしょう。
これは軍人になるしか未来はないかもです。
「ライトリッヒ領の特産品はなんだったかな?」
「は。卵であります。ライトリッヒ鶏卵は卵黄が濃く、よくスイーツなどに使われております」
ちょっと得意げな青年。
「わかった。いつかその卵、食べてみたいものだな」
それとなく賄賂要求。
これは貴族では基礎的なムーブだそうです。
貴族って頭がいいですわね。こうやって物流を調整し、帝国の経済を支えているのでしょう。立派な方たちです。
「はい。喜んで!」
ライトリッヒ少尉さまは、ウキウキしながら出ていきました。
これでスイーツの材料一つゲット!
次は小麦粉少尉ね。
あとはお砂糖中尉。
先ほど面接をした東部戦線で五年も生き残っている方よりも有用な人材です。
今のところ、このくらいでいいでしょうか。
あまり貴族ばかりですとすぐ戦死してしまいますから、サポートのできる歴戦の魔導兵の人選も熟練兵リストを見て行います。
お父さまったらボディーガードを守るボディーガードをつけるなんて、セーフティ機構を万全にする用心深い心配り。さすがですわ。
◇◇◇◇
聖歴1941年2月15日の空戦日記
親愛なるお母様。
今日も天国ではおいしいお茶をいただけているでしょうか。
スターシャは今日いいことがありました!
お父さまが有用なスイーツ要員を紹介してくださり、三人も確保できました。
ほかにもスイーツは作れないけれど、航空魔道装備で大量の材料を一気に運ぶことくらいはできそうな老練のポータ-さんも来てもらえます。
問題はパティシエの確保です。
お父さまのご威光で人材を確保していただきましょう。
きっとお父さまの事ですから、喜んで探してくれると思います。
今日お見えになった少尉さんなど、泣きながら「どうか母を返してください。最前線でもなんでも行きます」と言っていました。
とっても母親思いの中尉さんですね。でもスイーツ作りは不服だったのでしょうか。せっかく帝都での勤務なのに。
かわいそうでしたから東部戦線の古巣、最前線のトロツキーグラード前線陣地勤務にして差し上げました。あそこは働き甲斐のある職場です。
今頃、とっても喜んでいることでしょう。良いことをした後は紅茶とスイーツがおいしいですね。
あなたの娘、スターシャより。
P.S.
やはりステータスとかプロパティが見えるのはわたくしだけみたいですわ。原因をお母さまに聞いておけばよかったです。
「うん。まずまずの出来ね、丸ゴシック。最近の帝国女子学園生が大好きだとか。 明日はもっと練習して、『かわいいわ~』と天国のお母様に褒めていただきましょう」
◇◇◇◇
「スターシャが良い子だと思う方は、きっと★を3つつけてくれると思っていますわ❤」
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