第2話:初めてのお茶会

 <さっきの初空襲前のひと時>



「おおスターシャ! 愛しの我が娘。元気にしているかい?」


 仕事から帰ってくるなりお父さまが、こちらへ転げそうな勢いで近寄ってまいります。


 いつものロマンスグレーが台無しですわ。


「お前にもしものことがあったら父はどうにかなってしまうよ。体には気を付けるのだよ」


 ケルテン伯爵であるアンドレイお父さまは、ルーシア帝国の情報局の長官を任されています。


 妾であった亡きお母様を、ことのほか愛しておられて。ですがわたしを身ごもったことを知った正妻のディーチェさまにお屋敷を追い出されました。


 お父さまは、ずっと私たちを探していたとか。優秀なお父さまの目をかいくぐって追い出すとは、ディーチェさまもきっと優秀な方なのでしょう。


 見つけていただいたのは、お母様亡きあと、身を守るために自分を少年航空魔道兵に偽装し、地獄といわれる東部戦線で、楽しく暮らしていた時でした。


 それが一月前。

 以来、深窓の令嬢として、苦しい生活をしております。


「はい、お父さま。危険なことはいたしませんわ。安心なさって。せいぜいお散歩くらいしかしておりません」


 そうです。

 帝都の上空しかお散歩できませんので危険はありませんわ。


「そうか、それは安心したよ。だがあまり外出をしないと体に毒だ。

 急なのだが海軍卿ナヒモヌフ侯爵邸でのお茶会に招待された。あのカタリーナ嬢はすぐわがままを言って困る。父親も庶民をいじめる帝国のガンのような奴だが、そろいもそろって困ったものだ」


 わたくしはまだデビュタントも済んでいません。半年後、十六歳になったら大々的に行うとお父様が張り切っております。

 それまでは貴族令嬢としての特訓です。


 お散歩も帝都上空はもう飽きました。もっと遠出したいですわ。だって空戦のお相手がいないんですもの。


「内々の会だそうだ。容易にはスターシャにちょっかいをだせないだろうが万一ということもある。初めてのお茶会だね。心配だから執事のカールをつけておこう。クリニコフ卿の令嬢ナタリーを取り巻きとしてお供してもらいなさい」


「はい。ありがとうございます。行ってまいります」


 わたくし、久しぶりの外出です。

 お空以外の外出は久しぶりですわ。


 ◇◇◇◇


 広大な侯爵邸の庭園にセッティングされたお茶会の席で、上級貴族らしい女性が優しくわたくしに話しかけてきてくださいました。


「これは、珍しいお客様ですわ。ケルテン伯爵家のご令嬢はたしかアルメラ嬢しかいなかったはず。そのお方もたしか伯爵に離縁された奥方と家を出されていたとお伺いしていますわ。

 ではあなたはどなたでしたかしら? わたくしにお教えくださらない?」


 侯爵令嬢のカタリーナさま。


 海軍卿であるお父上の情報網も、なかなか馬鹿になりませんわ。病弱なためわたくしが別邸にて生まれ育ったという偽情報をある程度見抜いているのかしら。


「お初にお目にかかります。わたくしはケルテン伯爵アンドレイの次女、スターシャと申します。以後よろしくお願いいたします」


 軽く会釈をいたします。

 あとは何といえばよいのかしら。


 戸惑っていると、取り巻きとして一緒に来ていたナタリーが手元のメモ帳に答えを書いてこちらへ見せてくれました。


 ナタリーはお父さまの部下でもあるクリニコフ卿の長女で、取り巻きといっても頭が良いかたなので作戦参謀かしら。


 なりたて伯爵令嬢の私がボロを出さないようにつけられたお目付け役と自己紹介をなさいました。


 ブラウンのショートヘアが素敵。背が高くて、わたくしよりも年下にもかかわらず、まるで大人のように冷静で知的な顔立ち。単眼鏡モノクルが似合っていますわ。


 でも恥ずかしがりやだからと、ほとんど声を出しません。会話はたいていメモ書きでしています。


 そのナタリーはカタリーナさまのいじめが始まるので、受け流してくださいと、メモで簡潔に解説してくれました。


 ですがいじめなら実力行使の方が簡単だと思います。


 愛用のスコップで一撃! それが手っ取り早いですのに。


 仕方がないですわ。貴族社会のマナーを勉強するためにマウントの取り方というものをこれからゆっくり練習いたしましょう。

 

 難しそうな課題です。撤退戦の殿しんがりよりも過酷な予感がいたします。 



「あら、スターシャ様がご持参してくださったお菓子は何ですの? ショコラのかかった……。か、固いわね。フォークでも切れないなんてなんという野蛮な食べ物」


 何をおっしゃいます。

 これは野戦糧食では高級食材、カンパンにブロックチョコを溶かしてかけたカロリー満点のベストコンビネーションな簡易携帯食。


「こんなもの食べられませんわ。どんな歯をしているのかしら」


 カタリーナさまはナイフとフォークを、ガチャリと投げ出しました。それが作法なのですね。了解。


 う~ん。

 このわたくしの大好物は不評でしたか。

 やっぱり料理長が用意してくれたリンゴのガレットが良かったかしら。


「それにしてもスターシャ様。あなた様の先ほどお召しになっていた外套、素敵ですわ。まるでシベリー原野にいるというジャギュアの毛皮みたい。固そうでうっとり致します」


「ありがとうございますわ。これは世界に一つしかないレアものだと思います」


 そうなのです。

 レアです。

 わたくしが東部戦線で暇なときに、シベリージャギュアを数十匹生け捕りにして闘犬?闘猫?をして兵士の皆さまに楽しんでいただいた名残です。


 最後に生き残った数匹の毛皮で作りました。おかげでめちゃくちゃ防御力が高くて。もちろんお肉はレアで美味しくいただきました。


 これもメイド長が用意してくれたミンクの毛皮の方がよかったようです。


『作戦中止。戦術的転進。攻勢から防御に移ることを進言』


 ナタリーがメモ書きを渡してきました。

 作戦失敗。この後の攻撃をしのぎ切り、お家に帰ったらオペレーションズリサーチをして反抗作戦を練りましょう。


 あとでこの失態をカバーするために、たくさんプレゼントをお送りしなくては。





 ◇◇◇◇


 追記

 作者の本来の作風はハードな戦場を、たまにユーモアを絡めて表現するものです。次回作が多分最後になると思うので、その作風に回帰します。今回はライトにしすぎました。

 例:独ソ戦をモチーフにした魔導師空戦モノ。ドイツ空軍魔導師エースをがんがん打ち落としていくアンチネームド部隊のたった一人の女性魔導師とか。


 そんな作品を読みたいと思われる方がおりましたら、作者フォローをしておいてください。

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