第2話 お兄ちゃんと学校
翌日。俺はオカルト研究会の部室に入るなり、昨夜の元凶を問い詰めた。
「おい、渋川! お前のせいでとんでもない目に遭ったぞ!」
「どうした星野。アレ、お気に召したか?」
「ばっか野郎! 俺に妹がいるの知っていながらあんな──」
胸ぐらをつかんだちょうどその時、部屋に別の男子が入ってきた。
「おい、渋川! 昨日お前が貸してくれたの、妹じゃなくて姉ものじゃないか。勘弁してくれよな。知ってるだろ、僕は大人の女性はお断りだ」
「しまった、星野と
「そもそも俺はそんなもの頼んだ記憶はない!」
ふたりして渋川に詰め寄り、押し問答を繰り広げる。
とそこへ、はつらつとした声とともにストレートロングの美少女が現れた。
「君たち、何の話してるのかな?」
『あっ、
もともと存在していた彼女のファンクラブがそのまま部に移行したのだが、数々の恐怖体験で部員を大きく減らし、現在は再び廃部寸前に落ち込んでしまった。
今ここにいる奴らは、生き残った訓練されし者たちなのである。
「いいえ、なんでもありません!」
「まあいっか。それじゃ、ちゃっちゃと次の予定を決めちゃいましょ」
『はい!』
あれからしばらくして、俺は寒空の下をとぼとぼと帰宅の途についていた。すぐに終わると思っていた会議がなかなか決まらず、すっかり遅くなってしまったのだ。
十二月の八時ともなれば、街灯がなければ辺りは真っ暗である。
結局、俺は諦めて気持ちを切り替えることにした。悪友の俺を思う親切な行為に、いつまでも引きずられてはいけない。
さいわい妹は両親に告げ口した様子もないし、今後もたかられるだろうが、従っている限りは尊厳が失われることもないだろう。
それにしてもショックだ。
しかしひょっとしたら、日夏のほうがもっとショックだったかもしれないな。
誰も悪くはない不幸な事故だったが、妹には申し訳ないことをした。
いや、やっぱり渋川は許せないと思ったその時、鞄のスマホがプルプルと震えた。
「ん? 日夏からか。まさかまた金の催促じゃあ……」
『もしもし、お兄ちゃん? あたし今、
「なんだ、お前まだ家に帰ってないのか。仕方ないなぁ」
どのみち心配だから迎えには行くが、昨日の今日では、なんだか上から命令されているようで釈然としない。
とにかく急いで行くとしよう。今の俺はあいつの奴隷。待たせるとあとが怖い。
「──こんな時間までお邪魔してすみません」
俺が家の人に頭を下げると、三人の少女が続々と姿を現した。
「冬夜さま、ごきげんよう」
黒縁メガネにボブカットの山川秋歌ちゃんが丁寧に挨拶をした。幼いながら古典に通じていて、近ごろコンテストで賞をとったらしい。
「こんばんは秋歌ちゃん。小春ちゃんも来てたのか。家まで送っていくよ」
ウェーブのかかった茶髪の子は雲島小春ちゃん。絵の才能があって、おとなしくていじらしい、守ってあげたくなるタイプだ。
二人は共に日夏の幼稚園時代からの親友で、俺もよく顔を合わせている。
「それが違うのよ、お兄ちゃん。あたしたち、学校まで小春ちゃんの忘れ物を取りに戻るの」
「え、こんな時間に? 諦めて明日じゃダメなのか」
「それがどうしてもダメなんだって」
「もう八時過ぎだし、閉まってるんじゃないかな」
「締め切りは明日なんです。遊びに夢中ですっかり忘れていました。ずっと頑張ってきて、あとは最後の仕上げをするだけなのに、明日では間に合いません。うぅ……」
「ま、待って、泣かないで。よし、俺が付いていってあげるから、顔を上げて」
そんなわけで、彼女たちに付き添って、夜の学校へ向かうことになったのだ。
市立桜並木小学校。なんの変哲もない、ごく普通の学校だ。
俺もここに通っていたのだが、日夏の話によればずいぶんと様変わりしたようだ。エアコンがなくて夏の暑い日は地獄のようだったが、今ではすっかり改善され、遊具なんかも危ないものは撤去されてしまったらしい。
(夜中の学校なんて、さすがにちょっと気味が悪いな)
オカルト研究会に所属する身でありながら、俺はあまり度胸があるほうではない。なにしろ完全に先輩が目当てで入っただけだから。
俺は秋歌ちゃんの家から借りてきた懐中電灯を照らし、三人の少女に囲まれながら薄暗い通学路を歩いていく。
先頭の秋歌ちゃんに怖がっている様子はないが、小春ちゃんは俺の左から服の裾をがっちりとつかんで小刻みに震えている。昨夜は
(いつもこうなら可愛いのにな。まったく、人の隙をついて本性を現しやがって)
夜道は怖いが、さすがにこの状況で恐れるほど、俺もやわではない。
何事もなく民家の多い通りを抜け、片側に木々の茂る暗い道に出た。このままあとはまっすぐに行けば学校が見えてくる。
とその前に、オレンジ色の灯りがまぶしい一角が見えてきた。
「ここのトンネルって、中央を6時6分6秒に通ると異世界に行ける、なんて噂話があったな」
俺が何気なくつぶやくと、黙っていた少女たちは嬉しそうに口を開いた。
「そのお話、わたくしたちの世代にも伝わってますわ」
「そうみたいだね。俺は先輩に聞いた覚えがあるよ」
「あたし、一回だけその時間に通ったことある!」
「俺が一緒のときだな。正直ちょっぴり期待したけど、やっぱりダメだった」
「わ、わたし怖いですぅ……」
「大丈夫、今はすっかり夜だから、逆に怖くはないよ」
短いトンネルの壁面には、子供たちの賑やかな絵に彩られていた。
「これ、俺の時に描いたんだよ」
「すてきですよね。わたしも描きたかったです」
「上書きするのも気まずいし、ちょっと可哀想だな」
「でも、これのお陰で怖くないのよ」
どうやら役に立っているようだ。俺はこの企画に参加しなかったから、大して上手くもない子供の絵を描いて、なんの意味があるのだろうと思っていた。
ふと時計を見やると、八時八分八秒だった。
無事に通過し、ほっと安堵してトンネルを抜けた瞬間──
目の前に、長い髪の人影が現れた。
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