わしはずっと一人だった。家族と過ごした記憶も徐々に薄れて。話し方も忘れるくらいに一人じゃった。あいつと出会うまでは。


 名前はおぼえている。飛鳥井空。かすかいくう。由来なんかは知らない知る前に離れ離れになったから。それだけは絶対に忘れないと心に決めている。

 手術台に縛り付けられよくわからない薬を毎日入れられる。それもいつからだろう、大体200年ほど前からだっただろうか。世代交代も何度か行われている様で見たことある顔のやつがちらほらいる。毎日体の中身を取り出される。前に臓器移植の実験が行われたことがある。それはもちろん失敗した。くうの臓器はすでに人間のそれではなく、化け物になっていて移植された奴は毒でも盛られたかのように苦しんで死んだ。

 今や日課になっている内蔵を取り出す手術はあまり意味はなくて、ただの医者たちの趣味に成り下がっている。

内蔵だけではなく目や手足もいじられる。特に目は大変で再生するまで真っ暗の暗闇で過ごすことになるから寂しいし怖い。手を握ってくれる人なんていないしずっと一人ぼっちでこの拷問に耐えなくてはいけない。何も悪いことなんてしていないのに。なんてこというと、生きていることが罪だと医者はいった。

 餅つききでついてもどんなに強い毒を打っても水に沈めても、高いところから落としても首をはねても動物に食わせても再生することが分かってからはひどかった。死なないようにしていた手術も実験ももっとつらいものになった。死ぬたびにすり減っていく、甦るたびに記憶も薄れていく恐怖で、くうは何も考えられなくなった。それからは楽になって自分が痛めつけられているのにどこか他人事のように感じた。


救われたのは車がやっと走り始めて洋服が復旧してからだった。外は知らない世界で本当にずっとこの国にいたのかすら怪しい。空の世界はずっとあの暗い地下室だけだったのだから当然だ。

 長いこと暗闇に閉じこもっていたからか外に色がついていなかった。まるでモノクロ映画の様で距離感がつかめずよく人にもぶつかった。その度にその人は空の代わりに謝ってくれる。それが何だか申し訳なくて。自分にも何かできないかなんて思ったけど、何もできなかった。そりゃそうか、200年も何もせずに体中を余すことなくいじられたんだもん。    


あの地獄から空を救い出してくれたのは正孝さん。

正孝さんは何やら奇怪な技を使えるみたいでその技で空を実験してたやつらをやっつけて助けてくれた。空っぽになっていた空を自宅に連れて帰り柔らかいベットに寝かせてくれたし、おいしいご飯も作って一緒に食べてくれた。一緒にお風呂に入ってせなかもながしてくれたし、本当の家族みたいで、こんなことは初めてでうれしかった

あの時の記憶が時々フラッシュバックして夜泣き出したりする空を優しく抱きしめて一緒に寝てくれる正孝さんが本当に大好きだった。


本当に大好きでたまらない、あの虚ろですべてを諦めた様な顔がこの世のどんなものよりも僕は好きだった。初めて会ったのは変声期に入りかけたころで、家の地下にある父の実験室に忍び込んだ時で、大きな錠前のかかった部屋の奥にいる、か細い声で何かぶつぶつと音をだすそれを初めて見つけた。死体のようなそれは精工な人形のように美しくピクリと動いた時思わず声を上げてしまったことを覚えている。女の人の裸を見たのはそれが初めてで恋をしたのもこれが初めてだった。初めて見た女の裸は衝撃だった。胸は少しだけふっくらしていて腰の感じが男のそれとは違い思い切り抱きしめたら折れてしまいそうなほど繊細で愛おしかった。腕も細く少し触ったら崩れてしまいそうなほどだった。

一つの完成されたアートみたいなそれを鑑賞しているとついに父に見つかってしまい地下室から追い出されてしまった。扉の前で聞き耳を立てていると一言も声を聴かせてくれなかった少女が獣のような声を上げていた。

それから何度か少女に会いに行ったが父に阻まれ扉の前で彼女の猫なで声や嗚咽の混じる声を聞いては悶々とする日々だった。

 そんな日々も今日で終わりだ、やっと僕のものになってくれた。父が亡くなったのは数日前で遺言でこの家は僕のものになった。大嫌いな父の機嫌を取っていたのも、博士号を取って父の望むように生きたのもすべて彼女を手に入れるためだ。僕は末っ子だったので家を手に入れるのには苦労した。兄は3人おりそのどれもが優秀で兄たちのような天才ではなかった僕は父にすり寄り気に入られるしかなかった。本当に苦痛でたまらなかった、父はすぐに癇癪を起して物を壊すし、兄に手を挙げる、そんな中でも僕が本当に許せなかったのはあの少女にあんな声を出させたことだ。汚い手で彼女の美しい髪に触れたことだ。汚らしい欲望で彼女を穢れさせたことだ。


本当に父が死んでくれてうれしい。この世のガンが1つ除去されて昨日よりも空がきれいに見える。なんてすがすがしいんだろう。

父の死因は自殺だ。家の前にある高い崖から飛び降りて一週間前の月曜日午前3時27分に亡くなった。

そんな惨めな最後を迎えた父をもって僕は誇らしかった。本当に。


葬儀ではねぎらいの言葉を投げつけられたがそのどれもが僕への拍手の様に聞こえて不思議と笑みがこぼれた。


それはもちろん

殺したのは僕なのだから。


葬儀の後すぐにあの地下室に向かって少女の拘束を外した。

僕はうれしくて話しかけ続けた反応はない。小一時間話しかけると少し瞬きする程度の反応はあったがそれだけだったので、とりあえず服を着せてベッドに寝かせた。

そのあともベッドで眠る彼女に本を読んであげたり、眠ったままの彼女の体を拭いてあげたり、隣でご飯を食べたりした。そんなことを一年半続ける。

やっとその日が来た。少女が目を覚ましたのだ。

 少女は目が悪いようでよく所々ぶつけては痣を作っていた。そんなことだから外には僕がおぶって連れて行っていた。少女はとても楽しそうでそれから少しずつ年相応な様子を見せるようになった。


空は猫と正孝さんが世界で一番好きだった。

やがて戦争が起こり正孝さんは戦場に行き戦死した。享年は31歳だった。

かろうじて遺骨が少し返ってきた。また空は一人になった。空っぽの日々をまたこの広い家で過ごした。

 もう何も話してくれない正孝さんだったものを抱きしめながら何日も、何年も眠った。


目が覚めると隣にはよく知った大好きな顔があった。


でも少し違っていて目は赤く髪は白かった。愛した彼とは似ても似つかなくて、欲が赴くままに生きる彼はまるで彼の父の様だった。でも少しだけ彼らしさが残っていて目を見つめてくれるところと、よく抱きしめてくれるところだった。彼らしさが残っているのならまた元の彼に戻ってくれると思い、一生懸命尽くした。



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