人魚岬

この街は本当に猫が多い見ない日なんてないし、いろいろな猫がいる。猫たちをきっちりと管理している人はおらず全猫放し飼いで地域ぐるみで面倒を見ている。


そんな街で私は猫を探していた。探しているのは少し前に家に来た三毛猫の雄のみゃむちゃん。この子は元々野良で学校からの帰り道で怪我をして歩いていた所を保護した。怪我は幸いにも軽いもので、みゃむちゃんもすぐに懐き、すっかり家族の一員だ。

家の周りは探した、学校までの道も探したし探せるところは探したつもりだ、友達のゆめとナナにもこのことは言ってある。近くに駅があるのでそこで轢かれた猫がいないかも聞いたがいなかったそうだ。

あと探していないところと言えば、話題に出すことすら憚れる、立ち入り禁止看板と有刺鉄線でいっぱいの立派な門を構えたあの山だ。そこは富士山の樹海と同じくらいの自殺者を輩出する名門の自殺スポットで、しかもたまに首を括った縄と少しの荷物と衣服だけを残して忽然と姿を消してしまう仏がいるという。いわゆる超いわくつきの場所だ、絶対に何かがいると皆思っているが、誰も口に出すことはない。口に出すと山に呼ばれるんだとか、なんとか。


そんな山に私は一人で入ろうとしている。かなり不安だけれど猫一匹のために他人を巻き込むことはできない。その門まで来た時には不思議と恐怖よりもワクワクが勝っていて、夜更かしをしている時みたいな気分だった。お父さんに心配かけちゃうな、とは思ったけれどそれ以上に今は三毛猫のみゃむちゃんの事が心配で居ても立っても居られなかった。

門には上に少し隙間があるだけで他に入れそうなところはなかったので仕方なく門を上る。降りるときにスカートを有刺鉄線にひっかけてしまう、そんなこととは知らずに私は門からクッションになりそうな、やわらかそうなぬかるみに飛び込んだので、勢いよくスカートが裂けた。着地した時に泥が跳ね学校指定のセーラー服もぐちょぐちょだ。お父さんになんて言い訳をしようなんて考えていたら目の前を一匹の黒い猫が通り過ぎて行った。少し不吉だ。みゃむちゃんではなかったことに落胆しながら、黒猫を追いかける。黒猫は人になれているようで少し上がったところで立ち止まっている。やっとこさ黒猫に追いつくとそこは少し開けていて涼しい、小休憩を取り案内猫を撫でてやる。それはもう存分に堪能してやるつもりで。その子はゴロゴロと喉を鳴らしながら撫でられてくれた。

先を急ごうと立ち上がり猫についていく。杉の木ばかりの薄暗い林道をしばらく歌でも歌いながら歩いていると、さらさらとした変わった色できれいな髪の少女が古ぼけた祠の前座りで猫を撫でていた。やっと見つけた、撫でられていたのはみゃむちゃんだった。無防備にお腹なんて見せて気持ちよさそう。みゃむちゃんもこちらに気づき飛びついてくる。黒猫も少女に駆け寄っていきその場の雰囲気と少女の人間離れした様子も相まってまるで感動の再開なんかを丁寧に演出されている様だった。私は宝物を見つけた子供みたいに大泣きをして喜んだ。

 して少女の後ろの木の陰に昔の人のような恰好をし、今時見ないようなシルクハットをかぶった、端正な顔立ちをした男が怪訝な顔をこちらに向けていた。男は少女の知り合いの様で手招きをされるとすぐに寄ってきた。おかしいことに男は撫でられている黒猫に嫉妬をしているようで、黒猫を少女からとりあげると頭を撫でてもらおうおねだりをしているようだった。男は変態だった。


「さてお主、何をじろじろと見ておるのじゃ。見世物ではないぞ。」

「あああああああああ空様あああああありがとうございますぅううううううううううう。お手々すべすべですうあああああああああああ。なでなで、ペロペロ、はぁはぁ(恍惚とした表情)

「こらそんなに弄るでない」ビシッ!(鋭いツッコミの音)

突然の出来事で私の常識と日常が音を立てて崩れたのを感じた。イケメンが私より年下であろう(暫定)の少女の手を舐めて興奮している!?シリアスをぶち壊したその光景を唖然として眺めていると少女が立ち上がり近づいてきた。

耳元で「いい猫じゃな」と少女は囁く。あまりの美しさと香りに動けなくなり、私はびくりとして体を震わせると。少女がいつの間にか抱きかかえていた黒猫が私の頬を舐めてきた。その子を撫でていると名前を聞かれたので「もえ、です」と少しぎこちなく答えた。

少女はにかっと無邪気に笑い「よいなじゃの、もえ」と答えた。こんな事初めてだった。名前を褒められた。そもそも褒められたりしたことなんて両手で数えられるほどしかない。それも自分の努力とはあまり関係のない顔や髪だ。まあ今回も努力とは関係ないのだけれど少女に褒められるのは何だか不思議と心地よかった。

少女はソラと名乗りみゃむちゃんを撫でた。


私はソラに手を引かれさらに深い山の中へと入っていった。ソラは男の人みたいに強い力で少し手が痛かったが、一人で歩くよりも心強かった。しばらく歩くと優しい光がひらひらと浮いている池に着いた。それは蛍だった。今は7月なのに、しかも今時蛍が見られるなんてと目を輝かせて感激していると、ソラは誇らしげな顔で「ここは今、わしともえしかしらん。まあアイツは知っとるかもしれんがな。(後ろをちらっと見る)自慢の場所じゃ。決して誰にも言うではないぞ、あでも紹介してからならまあ教えんこともないが。まあ一見さんお断りじゃ。」ところころと表情を変えながら話した。それは年相応な感じがしてとてもかわいかった。

 私はこの景色を独り占めしたいソラの気持ちに激しく同意し、この場所は2人だけの場所にしたいななんて考えながら空にある星を湖越しに見つめていた。

そろそろ帰らなきゃと私がつぶやくと空は手をつかんで涙ぐんだ虹色の瞳で見つめてきた。まだ一緒にいたいようででももう門限を過ぎているだろうからいつ帰っても同じかと思い。一緒にいることにした。何よりこの子は私の数少ない友達だ。友達と過ごしたならお父さんもきっと許してくれる。きっと。

 「この奥にわしの家があるんじゃが止まっていかんか?ココアもあるぞ」


手を引かれさらに山の方に連れていかれる。どうやら黒猫に代わり案内してくれるようで人魚岬へ連れていってくれるようだ。


屋敷にはたくさんの猫がいたどうやら壁の中に鼠がいるようで壁に爪痕がついている。


私は空を抱きしめ空は猫を抱きしめ眠った。それは今までで一番心地よい睡眠だった。



家から出たのは早朝でソラが送ってくれた。道中熊に遭遇した。襲い掛かってくるソラが守ってくれる。「ずっと友達でいてくれる?」とだけ空がつぶやくすかさず私は「うん」と答えて振り返らずに走り出した。自分の家に逃げ帰る。背後では骨が折れる音と肉を食う音だけが聞こえる。

聞こえたのはそれだけでしばらく耳からその音が離れなかった。


その日は学校だったが休み、部屋で泣いた。

次の日学校に行くとどうやら転校生が来る様で教室はがやがやとしていた。

ゆめとナナに挨拶をする。

「おはよう!」

「お、おはよう」少しどもってナナが答える。かわいい。

「おはよう」相変わらずイケメンなゆめ。

山に猫を探しに行ったことを二人に話す。二人は良く一人で行ったねえと驚いていたようだった。

チャイムが鳴った。

「はい!皆さんおはようございます。朗報です!なんと転校生!しかもとてもかわいい!学校のマドンナ間違いなし!仲良くしてあげてね!さあ入ってきてください!」と元気な様子で先生が言う。いったいどんな子だろうか。

長い髪を存分に揺らしながら入ってくるお日様みたいなその子を私はしっていた。

「飛鳥井 空じゃ!よろしくお願いな!」声でか!

私の目はついこらえきれずに涙を流してしまった。だめだ、止まらない。はにかみながら大泣きしている私をみてみんなは唖然としている。そりゃそうだ私だけがあの出来事を知っているんだから。発端のソラは目を丸くしてきょとんとしていた。すでに先生とは仲のいい様子のソラをみて私は嫉妬した。

 そもそもなぜ学校にこれたのかも疑問だった。今まで小学校も幼稚園も来ていなかったのになぜ今になって中学校に来たのだろう。死んだはずでは。疑問が溢れて止まらなかった。そんなことを考えていると私に話しかけてくる人が2人

「さっきは大丈夫だった?すごい泣いてたけど。お茶飲む?おにぎり食べる?」

「も、もしかして知り合い?ど、どういう関係!?もしかして…」

「ただの友達だよ。一緒に猫を探してくれた子」

二人はソラのことがとても気になっているようで私も用があるし、他の生徒と仲良くなれれる前に話に行くことにした。

すると空はこちらに気づいたようでニコニコしていた。


昨日は本当にありがとう初めての事ばっかりで楽しかったよと伝えるとニコニコ笑顔で「うん、そうじゃな」とそらは答えた。

抱きしめた力いっぱい。

「生きててくれてよかった。もうあんなあぶないこと絶対にしないで、私は人が傷つくのが一番つらいから。もう離さないよ」と少し重めなことを言って。二人で大泣きした。一瞬ソラが昨日とは別人のように見えたがそんなことはお構いなしにお互い、「わしももう離したりせん。ずっと一緒じゃ。これからも。一生離すもんか。結婚してもずっと家族写真に写りこんでやるぞ」

「それなら、私は一緒のお墓に入るし、毎日お弁当もつくる。毎朝100回電話とメールする」

なんて学校なんてことを忘れて激重カウンターを浴びせあっていた。

その光景をみてゆめは

「ウーン純愛だねぇいいねぇ」と朝ごはんのトマトをかじりながら言った。

「お主、名は何という」

「ゆめ、寝てる時に見る夢の夢ね」

「ゆめ、か良いなじゃの」

なんてデジャブを感じるやり取りをした。

「もう一人のお主は名を何という」

「な、ななです」

「なななじゃな。変な名じゃの」

「あ、あ、ち、ちがいます、な、な、ななです。那由他の那に々で那々です」と紙に書きながら説明をした。

「まあめんどくさいのじゃなななと呼ぶの」

二人の紹介も終わったようなので私は一番気になっていたことを聞いた。

「どうやって助かったの。すごい音してたけど」

あの時の様に手を引かれて教室から出る。

階段の踊り場迄来るとそらが言った。


ここ多分変える

「助かってはないぞ。わしは確かに死んだ。もえのことも前のわしがしっかり日記をつけ取ったおかげで知っておる。見た瞬間にピンと来たぞもえじゃと」

「あの後わしは熊に食われた。食われると大変なんじゃいっとらんかったが不老不死なんじゃが熊の胃袋の中で治ったところから溶かされるからの普通は熊が死ぬまでは出れん。昔それを経験したと前のわしが日記に書いてあったのを見たことがある。日記で見るのと経験するのとは全然違うな、本当めちゃくちゃ痛かったしわしは完全な不死の代わりに再生がめちゃくちゃ遅いからの。まあ後ろをついてきてたあいつに助けてもらって何とかなったわい」

「あの人は何者なの」

「あいつはわしの眷属じゃなんかわしより強い。腹が立つわ」怒った顔も可愛い。私は話半分でずっと顔ばかり見ていた。恋をしたのは初めてだし、こんな気持ちは初めてだった。


休み時間終わりをつげるチャイムが鳴ったので教室に戻った。

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