ごり押しハッピーエンド

これは夢だ。

君はクラスで一番背が低かった。いつも背の順で並ぶとき僕の隣にいて、家も近所だったから僕らは自然と仲良くなった。中学に入ると僕らの関係は少し変わり、いつも人のあまり来ない屋上でだべったり、こっそり持って来ていた使い捨てカメラで下手くそなツーショットを撮ったりして過ごすのが常だった。


海を見てみたいと君はにへらと笑う。はたから見たら下手くそな笑顔なのだろうけど、僕はその笑顔がどうしようもなく好きだった。今でも思い出せるくらいに。声も好きだった。ふんわりとして包み込まれるような、何だか不思議な声が。僕らは小学校からの友達で僕の初恋の人で、いつも一緒にいた。時にはからかわれることもあったけれど、その時はほんと幸せでこの幸せが永遠ならいいのになんて思っていて。今思うと僕は自分の事ばかりで君の事なんて全然知らなかった。あざだらけの手足を見せてくれた時、僕は驚きつつも君をそんな目に合わせたやつらの事を良く知っていたから助けたくても到底無理だった。僕に勝手に好きになって浮かれていただけで、迷惑ばかりかけて。ほんと最低だ。臆病者め。

2学期の始業式、君に屋上に呼ばれて、ついに告白でもされるのかと内心ワクワクしながら、蝉の大合唱を背に早足で階段を駆け上がった。そこで君は「ごめんね、ヒロちゃん」とだけ言って、また下手くそな笑顔を僕に見せるとすぐにフッと消えてしまった。少しすると破裂音がした。脳が理解を拒んで、身体は地面にへばりつくばかりでとても下を見る気なんて起きなかった。親に連れられ家に帰った後も何もできずにただ、布団をかぶって眠っていた。お腹がすけば、冷凍庫にあるうどんに七味唐辛子をたくさんかけて食べた。かけすぎて胃が荒れる。だけど何だかその胃痛が心地よくて僕を許してくれているようだった。それから学校にも行けず。何日かしてあの日以来触っていなかったスマホを確認する。(早く学校来いよ、みんな待ってるよ)みたいなメッセージが3件ほどあった。ただただ苦痛だった。なぜだかそれは僕のことを責めているかのように感じられた。そんなのはきっと思い込みなのに。誰にも会いたくない。そのメッセージのほかにあまり接点のない、クラスメイトから動画が1つ届いていた。その動画に映っていたのは僕がきっと一方的に好きだった彼女が映っていて、落ちた直後の映像だろうか、これじゃあ助からないはずだ、だって頭が割れてそこから脳がこぼれていたのだから。首はだらりと伸びている、だけれどまだ少し息がある。それもすぐに消えて、何も言わず絶命した。酷く悪趣味、酷い吐き気を覚える。怒りとかはなく、少し感謝すら覚えた。彼女を看取れた気がして。それから僕は一度も中学に行くことなく卒業した。

そんな最低な夢を見て朝を迎える。

灰色のキッチンを通り抜け灰色の洗面所で顔を洗う。やっと色彩を取り戻した世界に安心をしてすぐに軽トラに乗り職場に向かった。


 床にしずくがぽたぽた落ちる。次に吐瀉物こみあげてきて、こらえきれずに床を汚す。あざだらけのお腹をまた蹴られ、壁に背を打つ、動けないでいると。また殴られる。咳をする暇もない。そしてやっと睡眠薬が聞いてきたのかぼんやりしながら、ある日突然いなくなった無責任な母親のことを思い出していた。それからのことはもう知らないしどうでもよかった。

目が覚めると朝で、二人はもう出た様でいなかった。二人が楽しんだのかドロドロになった体を洗いに洗面所に向かう。相変わらず目に映るものはモノクロで昔のテレビみたいだった。あざだらけの手足を洗いもう死んじゃおうかななんて考える。

そう考えると心が軽くなった。

朝ごはんを食べて、制服とカーディガンを着て、タイツも履いて、ストラップいっぱいの鞄を持ち家を出た。

いつも通りの通学路は私の事なんて知らないみたいで、なんだか独りぼっちな気がした。学校に着いても誰も私に挨拶なんかしてこない、靴を履き替えて廊下を歩いて教室に入る。私になんて誰も話しかけてこない。暗いしね。私の椅子にはすでにクラスで浮いていない私なんかよりみんな必要とされて親からも十分に愛されていそうな悩みなんてこれっぽっちもなさそうな子が座っていて、ここに私の居場所なんてないんだと言われているような気がして、耐えられなくて保健室に行きベットに入って布団にくるまって少し泣いた。ここには時計もあるし、おばちゃんの先生もいる。この先生だけが学校で私が話すことのできる人だ。でも、一言、二言しか話したことなくてお互いの事なんて全然知らないのだけれど何だかそれが心地よかった。

 授業開始2分前になる。いつも通り先生にお礼を言って。教室に戻り授業を受けた。大嫌いな英語だったので机に突っ伏して眠る。まず日本語ですらまともにコミュニケーション取れないやつが別の言語覚えたところで意味ないだろ。

授業が終わると先生は嫌な顔をしてこちらをちらりと見た後教室を出て行った。またあの子が私の椅子に座ろうと図々しく近づいてくる。席替えのせいでもともと仲の良かった二人が離れてしまったせいで私が割りを食っている。最悪。

「ちょっとーマジ最悪なんでいるの~邪魔なんだけど、うちら話すからさ、いつもみたいにどっか行ってくんね。」少し嘲笑交じりにあの子が言う。席を離れて鞄に入れていた水筒を取り出す、席には勝手に座る女、頭はまずいかと思いあの子めがけて振り下ろした。水筒の種類はよくわからないけどおばあちゃんのお古で1リットルくらい入る水筒。肩を抑えている子とその友達からは罵詈雑言、教室のみんなは口々に好き勝手いって誰も私の味方なんていなかった。私は泣きながら学校を飛び出しいつもつらいとき行くあの場所に向かった。


少しミスをしただけでそんなに怒ることないじゃないか。

「お前の親父さんに世話になったから雇ってやってたけどさすがにミスが多すぎるわ、お前いないほうが仕事回るし、親父さんに相談されたときは同情したよ正直、まあちょっとバカにしてたとこもあるけどさ、中二から不登校だっけ、甘いんだよね最近の子は、俺なんて昭和生まれだからさ先生とか親に怒鳴られたり殴られたりして学校行ってたよ、ないでしょそんな経験。だからダメなんだよお前はすぐ逃げる、面接の時から気になってたけど、今も目を合わせないしさ話すときは目を合わせるのが常識だろ。ほんと使えないし、お前もうクビだから。親父さんには悪いけどさ。」

「はい、すいません」

「は、それだけ社会人ならもっと何かあるでしょもう子供じゃないんだからさ、しっかり自分の言葉で謝りなよそんな誰でもいえるようなうすっぺらな謝罪求めてないよ、俺。あ、ごめんねお前自体うすっぺらな人生しか送ってないうすっぺらな人間だったな。すまんね。」

もうどうだっていい、ただこいつだけは許せない。だから事務所の前に立てかけてあった杭打ち用のハンマーで上司の肩を思いっきり殴った。後ろで何か喚いているが、すぐに立ち去り車に乗る。これからどうしようか。とりあえずいつものあの場所に向かう。その場所はこの街を一望できるあまり知られていない絶景スポットで心を落ち着かせたいときはいつもそこに行く。ただ夜中には絶対に来ない。柵もないし崖になっているから。やっとついた僕だけの場所にはあの日、僕の前から姿を消した、僕を置いて勝手に逝ってしまったあの子がいた。否、それは僕の初恋ではなかった。知らない女の子だ。女の子はぼんやり、ふらふらしている。考える間もなく体が動く、女の子の下に走っていき抱き上げて車に乗せた。抵抗は一切されず。ただ震えているだけだった。震えている様子も愛おしくてよく似ていた。生き写しの様だった。すぐに車を走らせて峠道を走る。

車に乗せてもまだ小動物みたいに震えている。背もとても低くて顔の骨格も発達しきっておらずまだ子供らしさを残していて制服を着ていなければ小学生と見紛うほどだった。

できるだけ優しく、

「なんであそこで突っ立っていたの、あぶないでしょごめんね怖がらせて、でもほんともしもの事があったら嫌だったから」と伝えると少女はやっと口を開いた。

「あそこに立っていると何だか気が楽なんです、いつでも死ねる気がして。いつでも命を落とすことができる気がして。」

はっとした。またあの時と同じになってしまう。絶対にそんなことさせない。

「やめてくれ、本当にこれから絶対死ぬなんてことは言うな、何があったかは知らないけどお前が死ぬと僕が悲しむことを覚えておいてくれ。」

「私の何を知っているんですか、なんで初めて会ったあなたにそんなこと言われなきゃいけないんですか。何も知らないくせにこの自己満偽善者が。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ説教垂れやがって、なんだよそれ気持ちわりぃ。」

「ほんとその通りだよきもいよねごめん。ただもう目の前で人が死ぬところなんて見たくなかったからさ、ごめんねめちゃくちゃ自己満足。」

「うんまあ、俺も怒ってごめんごめん。助けてくれたのになんていうかわり—でもさこの状況ってまずいんじゃね。誘拐だぜ、誘拐」

ん、なんかキャラ違い過ぎない。最初一人称俺じゃなかったよね。なんだこれ。まあいいか。

「おーいどうすんのさおっさん。ま俺は元々どうでもよかったからおっさんに付き合うけどさ」

「とりあえずこの山超えたら岐阜に出るからショッピングモールにでも行こうか。着換えも無いし、色々買わなきゃだし」

「金は、どこまで行くつもりなんだよまあ俺はどこまでもついて行ってやるけどな。」

「お金はまあ心配しなくていいよ、とりあえず海には行きたいかな。」

「海か、おっさんにしてはいいじゃん。あのさそれと名前は俺は赤」

「あか?変わった名前だな、それと僕はヒロ、佐藤ヒロ。」

それからはそこそこ会話をして、峠を越えた。そのあたりで赤は眠ってしまった。


ショッピングモールについて少女が目を覚ます。

「あの、えっとごめんなさい誰ですか。」

「誰ってさっきまで話してただろ寝ぼけてるのか。ヒロだよ。佐藤ヒロ。」

「はあ」

「お前は赤だろ」

「あ、そういうことですか。私は桜子です。赤ちゃんじゃないです。」

「赤ちゃんとはもう知り合いなんですね、じゃあ何となく気づいていると思いますけど。私は二重人格です。これからよろしくお願いしますね、ヒロちゃん。」

そんな悪趣味な冗談はやめろ。

やめてくれ。

「やめろ」

その呼び方だけは。

「え、何ですか、ごめんなさい、そんな目で見ないで。怒ってるなら謝りますから

ごめんなさい。ごめんなさい。」

「その呼び方だけは二度とするんじゃあない。二度と僕をヒロちゃんと呼ぶな。」

「ヒロさん、ごめんなさいヒロさん、覚えました。私をおいていかないで、なんだってしますから。」

「じゃあまず服を買うから車から降りようか。」

「え、あ、はい」

ショッピングモールに入り、服屋に向かう。桜子は目を輝かせてきょろきょろしてついて来ない。

「何してる早く来い」

「ごめんなさい、初めてで、ショッピングモール。それとまだ怒ってますよねごめんなさい。私のせいで怒らせて。迷惑ばかりかけてごめんなさい」

めんどくさ。なんてめんどくさいんだこいつ。ここショッピングモールだぞしゃがみこんで泣くな。立て、立って歩け。手を掴み引っ張っていく。目を真っ赤に腫らしためんどくさい女児を連れ、いかにもな女ものの服屋に入る。

桜子が手に取ったのは、いわゆるゴシックロリータ系の服で白と黒を基調としたのフリフリとかクソでかいリボンのついた服。即決だったとりあえず試着室で着換えさせた。店員さんに髪型も整えてもらったらしく、子供っぽいツインテールで服と相まって良く似合っていた。まるで人形の様だった。それから同じような服と僕の選んだ服を何着か買って。僕自身の服は適当にワゴンセールしてある服を買った。

「なんかお腹すきましたね。ハンバーガー食べたいです私。」

ゴスロリでハンバーガーて、まあ汁ものよりはましか、なんて脳内会議の末。

「わかったモスとマクドとロッテリアとバーガーキングがあるけどどれがいい。」

「え、いやこのモールにあるマクドでいいですよ。」

桜子はビックマックを頼み。僕はポテトSとチーズバーガーを食べた。残した時のためだけど、ハンバーガーもはじめてだろうし。ゴスロリをきてビックマックを食べる女の子を見たのは初めてだった。服を汚さないように少し前かがみになって食べているのも笑える。これがビックマックではなく、てりやきバーガーやグラコロだったのであれば阿鼻叫喚の地獄だっただろう。


灰色の洗面台は何も言わない。毎朝目を合わせるのに薄情な奴だ。俺が嫌な顔をすると決まってこいつも嫌な顔をする。猿真似ばかりしやがって本当に気持ち悪い。今日もいつも通りの雲一つない灰色の空。快晴。俺の家族は妹が自殺した時から、それよりも前からクソな家族だった。親戚もいとこもクソ、クソの一族だ。虐待なんて当たり前。体育会系なんていえば聞こえはいいけどこれは何というかうまいたとえが浮かばないのだけれど、ただのいかれた村社会だ。うちが経営の土木業者の職員はほとんどが親戚とか知り合いばかりだし。男ばかりでもう最高だね。もう逃げ場なんてない。俺の一番のお気に入りのヒロ君も働いているし、天国だ。まあヒロちゃんには嫌われているけど。あのこと知られたせいだけど。当たり前だよな。昔は学兄ちゃんなんて、俺の事慕ってくれていたのに寂しいなア。


こんなに遅くまで娘が帰らなかったのは初めてだ、全く腹が立つ。長男もいつもより機嫌が悪いように見える。勝手にいなくなった妻の代わりでもここまで真似する必要はない。全くイライラする。私は社長なので、いつも寝る前に社員もしっかり自宅で休息をしているか確認をする。毎日使う仕事用の軽トラに発信機をつけて。一台だけ隣県にいる車がある。こいつは佐藤ヒロ。今日クビにした一族の人間では無いモノ。娘のスマホは近くの山にある、ヒロもこの山を通っている、嫌な予感がした。娘は誘拐されたのではないかと。ふわふわしていてどこかに霧散していしまいそうなそそっかしい娘だったから小児性愛者には絶好の餌だ。もしあいつがそうだったら間違えなく娘を狙う。私の娘はとてもかわいいし従順だし声も小さい、それに抱き心地もいいからな。


「この車ここに捨てていこうか、発信機もついてるしさ。」

発信機がついているのに気が付いたのは母が可笑しくなった時に家中に発信機、盗聴器の類があるといって騒いだ時だ。寝ている隙に母の持っていた発信機を見つけるグッズを拝借した。今、母は変な宗教にはまっていて落ち着いている。たまに宗教グッズが届くこともあるが、発信機がどうとかで騒がれるよりはましだ。それを僕はたまにかすめ取ってフリマアプリに出品して小遣い稼ぎにもしている。見た目300円くらいのガラクタでも宗教にはまってるやつ相手に売るのなんて簡単だ3000円くらいにしても割と売れる。

「ええ、この車発信機ついてるんですか。」

「ここからは電車での移動になるけどいい。」

「まあ大丈夫ですけど。少し赤に変わりますね」

「おう、おうヒロ兄久しぶりだな。それとなんだこのふりっふりな服。すっげーな。俺は桜子が言ってるならいいけどよ、大丈夫なのかお金とかは。」

「大丈夫だよ、本当にこの時のために貯めてきたんだからね」

「それならいいけどよ。あんまり無理はすんなよ、おっさんの金の使い方なんかもう自分のために使う気が無くて怖いぜ。」

「その通りだよ僕は君を幸せにするならなんだってするつもりだ。行きたいと言っていた遊園地にも水族館にも動物園にも回らないお寿司にだって連れて行ってやる。」

「そ、それは俺じゃなくて桜子に言えよ。俺は代わりには言わないからな。」

ショッピングモールに車を置いて、駅に向かう。適当に目の前が海の駅で電車を降りることに決め500円くらいの切符を買って地方鉄道に乗り込んだ。平日の昼だったので当然人は少なく、奇異の目で見られている気がした。

「きっとみんな私を見てるんですよ。だって今の私はプリンセスなのだから」

「はは、そりゃそうだ」

心地よい電車の揺れで、眠ってしまう。外は緋色の帳をおろしてもうすぐ夜の闇に染まりそうだった。桜子は後ろの外を見て子供らしさ全開ではしゃいでいる。

「うみだー!え、すごい初めて見た!ねえここで降りようよヒロさん。ガラス越しじゃなくて生で見たいよ。本当にしょっぱいのかな。プールより浮くんでしょ確か。私詳しいんだ。あ、でも水着かってないからかわなきゃだね。」

ころころと変わる表情に初恋のあの子を思い出して切なくなる。喜びで胸が熱くなり、大粒の涙を流しながら電車を降りた。ヒグラシの声がうるさくてたまらなかった。

「ありがとうねヒロ君」と君は笑った。下手くそな笑顔なんだけど僕はこの笑顔が好きだった。僕は桜子を通して初恋のあの子、梅乃を見ていたんだと気付かされた。この気持ちは桜子に対してのモノなのかわからなくなった。

「私と写真を撮らない?記念にさ」

「何の記念だよ」

なんて半ば理解しつつも僕はバカみたいに泣きはらした顔を撮られたくなくて、一言さえぎった。そんなことは気にも留めずにニコニコと笑い「え~とろーよー初めて海に来た記念だよ~。」波の音にかき消されそうな優しい声だった。

そんな無邪気な彼女の少しのわがままを断れるはずもなく僕はスマートフォンを自撮りモードにし、渡した。

撮った写真はどれも下手くそで愛おしく思えた。そこでやっと自分の気持ちに整理がつき彼女の頭を撫で抱きしめた。次の電車が来るまではそうしていた。とても幸せでこれが永遠ならいいのになんて、思った。だけれど僕の気持ちを伝えるなんて無責任なことはできなかった。


辺りが夜に落ちたころ私たちは、駅のすぐ近くの昔の空気がまだ残っているホテルに泊まることにした。フロントのおばさんが凝視してきた気がして少し怖かった。夕食は懐石料理でカニ、ホタテ、アワビとかで特にアワビは別格。何というか、肉厚で他の食品で代用できない味で。そのあと部屋のお風呂に入った。一人で、お風呂ももちろん古くて不気味だったからヒロさんにお風呂の外で話しかけ続けてもらうことで何とか入れた。天井のシミが顔に見えるし、少し薄暗い電気も恐ろしかったから仕方がない。その夜は穏やかで眠り薬すら飲まずに眠ることができた。残りの眠り薬は二つだけだし。


叔父の正さんに娘が帰らないとかなんとかで呼び出された。電話にも出ないらしい。それどころかスマホの位置情報は近くの山で途絶えている。関わりたくなさすぎるが俺は正さんも好みだ、シングルファーザーなのに良くやってるし、尊敬している。すぐに駆け付ける。正さんと俺とのデートが始まって、ドキドキだった。正さんにヒロちゃんの位置情報を見せると青筋をたてて怒り出すので大変だった。どうやら、娘の桜子ちゃんはヒロちゃんに誘拐された様で峠の山頂には髪留めとスマホが落ちていた。彼の心情を思うと心が痛む。


学と共にヒロが泊っている遠方のホテルへ向かう。つくのはいつになるかわからない。途中軽トラも確認した。そこにはもちろんもう誰もいなかった。

「そういやなんでお前ヒロに発信機を付けていたんだ」

「え~そんなの決まってるじゃないですか大切だからですよ、あなたと一緒ですよ」

「なんだそりゃ気持ちわり」

ほんときしょくわりぃ筋肉達磨の癖に女々しいことしやがってあなたと一緒ってどういう意味だよ。おえぇ。

それから途中サービスエリアで何度か休憩しながら車を走らせた。途中、学は眠ってしまい。それはそれで退屈だった。そしてついに目的地に着いた。ついたのは朝6時だった。

フロントにあいつの部屋を聞こうと向かう。そこにはよく知った顔、離婚した妻がいた。妻に事の顛末を話すがもうあいつは出た様だった。ここにもう用はない。しかし、発信機の位置はこの場所を指している。バレているのだ。

とりあえず、近くの珍しくこの時間からでも空いている定食屋に入ることにした。


僕はいつもどおりの時間に起きてしまった。だけれどそれを逆手にとり早めに出ることにした。行く場所は決まっていた。近くにある朝からでも空いている定食屋そこはさすがに僕でも知っている位の有名店、テレビでも度々見かける。なんと定食屋なのに24時間営業なのだ。まあ夜は居酒屋、昼は定食屋って感じだけれど。どうにも面白い店員さんがいるとかで。いつ行ってもいるのだとか。とんでもない仕事人間だな。

そのことを桜子に伝えるとそんなに打ち込めることがあるっていいですねなんて言っていた案外こういう子なのかもしれない、その店員さんも。

支度を終えてフロントで金を払いその定食屋へとたどり着くと一番乗りだったのか客はおらず、一人ぽつんとレジ前で客を待っているのか、待っていないのか、眠いのかうつらうつらしている退屈そうな店員さんが一人いる。この適当そうで人当たりも悪そうなな女が噂の店員さんだと思うと少しがっかりした。格好も派手だし少し苦手なタイプかもしれない。

「いらっしゃーいませ~。こんな朝早くに珍しいなぁしかもすごい可愛いおべべきてぇ。この街の人じゃないよねぇこれからどっか行くの。海かえ。」

目を細めてゆったりとしゃべる様子に何かあの子を感じて空見した。

「お二人さんなんかこんなこというのもあれだけんどもあんまり仲良さそうじゃないね。なんちゅうかぎこちないねぇ。お見合い結婚したての夫婦みてぇやね。なんか訳ありかい。」

田舎の人特有のずいずいくる感じだ、しかも何だか鋭い。少しスピリチュアルな雰囲気すらする、この人があの噂の店員さんなのは疑う余地もなかった。一方的に見透かされているのに心地が良い。宗教にはまった母の気持ちが少しわかった気がする。

「いや別に全然訳ありじゃないですよ。そうだよねパパ。海に行くもんねパパ。」

取ってつけたようなパパ呼びはやめろそんなの答え合わせだろ。ばか。

「そそ、そうだねさっちゃん海で焼きそば食べたいって言ってたもんね。」

二人してぎこちない。お姉さんにはすべてお見通しだったようで。

「よーしお姉さん相談聞いちゃるぞ。訳ありなんだなすべて話してみなしゃい。あ、それと名乗ってなかったさねあたしは尾崎やくも、よろしゅうね。」

なんて僕らの現実逃避に巻きこんでしまった。

しばらく二人が話していた。横で聞いていたがそういえば僕は桜子のことを全然知らなかったらしい。虐待を受けていたことも僕と同じように人を傷つけて逃げてきたことも知らなかった。共通点を見つけて嬉しくなった。

「これからどうすればいいですか。」

「わがんねえよそんなこと自分らで決めんとあかんよそういうのは。」

悩んでいた矢先、突然クソ上司と僕が嫌っている同僚の学が店に飛び込んできた。

「え、お父さん!なんでここにいるの。」

「それはこっちが聞きたいのだが、説明してもらえるかヒロ。」

クソ上司が桜子のヒロインだったのには驚いた。田舎だったし僕以外大体周り親戚だったから、学も死んだあの子の兄だしなまあそんなこともあるか。まあ僕の気持ちは決まっていたしお父さんがいるならちょうどいい。

「僕は桜子さんと結婚します。娘さんを僕にください。」

べた過ぎる告白をする。告白なんてしたことないのだから仕方がない。桜子は唖然として照れている。もちろん上司も驚き、なぜか学はにやにやして、やくもさんはなんだか嬉しそうだ。

「え、ははい、よろしくお願いします。」

と返事が返ってきた。上司は認めないなんて言いたげな顔でこっちをにらんで。ついに僕に殴りかかってきた。咄嗟に目をつぶる。痛みはない。それもそのはず正がその手を掴み止めたからだ。

「あなたは俺と幸せになるんですよ。一人でお子さん二人育ててつらかったんですよね。これからは俺も一緒に支えますからね。」熱い抱擁を交わして二人は泣いていた。

「勝手に二人でどこでも行けばいい。私はもう知らんからな。」と去り際、負け惜しみの様にクソ上司に言われたが僕の心はそれどころではなかった。

「でも私まだ13歳だからあと3年待っててもらわないとですね」

「全然いいよ楽しみに待ってる。」

「よがっだ、ハッピーエンドじゃな」僕らより泣いているやくもさんを横目に僕らはやっと来た定食料理を食べた。

それからお店は休みにして、三人で海に行くことになった。


「私ね遊園地にも水族館にも動物園にも行ったことが無いんだ。」

「何度だって連れて行ってやるさ、回らないお寿司にだってね。」

波の音は心地よく、僕らを祝福してくれていた。

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