第08話 レイジ 幸せの絶頂

先週と同じように向かい合わせで座り、とりあえず俺もコーヒーを注文する。


(眩しい! 後光が射してるよ!!)


彼女エルの顔を直視できない。そんな俺の気持ちも知らずに、エルは微笑む。


(貴女に会いたくて、また会えるかもしれないと思って)


思い切ってそう伝えようと思ったが、それより先にエルが口を開いた。



「先日、とても楽しかったので、またお会いできないかなと思って..この店に来てしまいました。お会いできて嬉しいです」


(うっそ~~~っ)


お世辞でも社交辞令でもいい。奇跡的にエルに会えたのは嬉しいが、それをはるかに超えてきたエルの言葉。これで俺のテンションはマックスに登り詰めた。それからの俺は、自分でもおかしいくらい饒舌だった。


先日会って、エルからの言葉を受けて自分のことを考え直したこと。

俺はずっと偏差値50だと思っていたが、知らず知らずのうちに、そういう場に身を置いてしまっていたんじゃないか。

もっと上のレベルの中に入って、その中でも偏差値50を取るという生き方もあるんじゃないか。


俺が話している間、エルは俺の目を見ながら優しく微笑み、時には深く頷く。話を遮るようなこともしない。俺は自分の思いを熱く語ってしまった。


そんな時でも、ふと冷静になる瞬間ってあるよね。


「エルさん、ごめんね。俺ばかり話して」

「いいえ、均さんのお話は楽しいですよ」

「先日、人と話すのが苦手って言ってましたよね。でもそんなことはない。エルさんは聞き上手なんだと思う」

「それは、均さんが話し上手だからですよ」


結局また1時間ほど話した。でも、俺の感覚では一瞬だよ、一瞬。



「今日楽しい時間をありがとうございました」


エルが座ったまま軽く頭を下げる。

あぁ、お別れなんだな。頭の中では『蛍の光』が鳴っている。


(次、次は、次も...)


俺の気持ちは、また会いたいの一点張り。でもどう言って伝えたらいいのだろう。逡巡していると、エルが席も立たず何か言い淀んでいる。


(あっ、そうか。そうだよね)


エルの表情を見て俺はハッとした。なんて言ったらいいかな、夢の国から現実に戻された感じ。エルから優しい言葉をかけられて、俺は勘違いしていたんだ。一人で舞い上がってバカみたいだ。エルが俺に接触してきたのはなにか目的があるからなんだと。


(金か、勧誘か? なんだ、なんだ?)


俺は、エルの本心を探ることに蓋をしてきたが、いよいよ『何か』を言われる覚悟をしなければいけない。でもね、エルには人を騙したり貶めたりするようなにはなって欲しくない。お金が必要なら、いくら必要だってストレートに言ってくれ。



俺は頭の中で、自分の貯蓄額を思い出していた。



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