報い

 荒れ地に囲まれ、崖を背にした掘っ立て小屋が俺の住まいだ。今は俺一人で住んでいる。周囲に人の住む家はなく、一番近い村はここからだと歩いて半日はかかる。

 そんな俺の住まいに客が訪れた。珍しいことだ。

 俺は扉を開け、客人を出迎えた。客人は目が合うと眉を潜めた。儀式リトゥアロおりに俺の見張りをしていた男だった。

「俺は王の使いだ。――プルコはいるか?」

「プルコは俺だが?」

 男が一瞬驚きに目を見張ったのを俺は見逃さなかった。彼はしかしそれを誤魔化すように咳払いをした。

「あの日、お前は何をした?」

儀式リトゥアロのことか? ――汚いところだが、中へ入らないか?」

「ここでいい。質問に答えろ」

 男は冷たくそう言うと俺を睨んだ。

「俺は棺を押し、そして橋を渡った。そして向こう岸で、前回の棺と交換し、引き返してきた。全ては命じられたことだ」

「それだけか?」

「それだけだ。王の名に誓う」

 男は探るように俺の目を覗き込んだ。俺は身じろぎせず、その視線を受け止めた。

儀式リトゥアロの間、なにか不自然な出来事は起きなかったか?」

「俺はそもそも何も知らず橋を渡った。あそこはなにもかもが不自然だった」

「それもそうだ。質問を変えよう。――儀式リトゥアロを妨げようとする者はいなかったか?」

「いない。あの日、橋を渡ったのはサマイノと魔術師と俺だけだ。俺は重い棺を運ばねばならず、サマイノは視界を完全に妨げられ、歩くことすらままならなかった。魔術師は深い眠りについていた。――なにか余計なことを企む余裕があるものなど一人もいなかった」

 俺が邪険に言い放つと、男が小さく舌打ちをした。

「その他の人間は見なかったか?」

「見ていない」

 俺の言葉に、男は大きなため息をついた。沈黙が流れる。

「一体、何があったんだ? 儀式リトゥアロはどうなった?」

 俺は沈黙を破り、男にそう訊ねた。男はめんどくさそうにまたひとつため息をつくと、口を開いた。

儀式リトゥアロはおそらく失敗した」

「どういうことだ?」

「戻ってきたのは……――ヴォレト王女だ」

 俺は絶句した。

「馬鹿な。そんなはずは……」

 言葉に詰まった俺をじっと男は見据えた。俺は肩をすくめた。

「魔術師は確かに蘇生した。しかし……」

「――俺と一緒に城に来てもらおう」

「逮捕か? この一件について俺に過失があると責めるのか?」

「もちろん違う。――お前に儀式リトゥアロを台無しに出来るほどの頭も無ければ力もないことをみな理解している。あの夜のことを王の前で説明するのだ」

 男は淡々とそう言い放つと、顎で外を指し示した。俺は素直にそれに従った。



 *



「ゆっくり歩いてくれ。身体が思うように動かせないんだ」

 数歩先前をいく男の背中に俺は声を掛けた。男は無言で立ち止まった。

「――あれは……?」

 男に追いつくと、遠くに見える城郭都市を指差し、俺は訊ねた。一角で白い煙が数筋ほど上がっていた。

「暴動だ。――ただでさえ、前の時代は天の祝福から遠く、王国とその国民は苦境に立たされていたのだ。今回の儀式リトゥアロで魔術師の蘇生は必ず果たされ無ければならなかった。それが失敗した」

「――俺は殺されるのか?」

「言っただろう? お前は逮捕された訳ではない。誰もお前を裁こうという者はいない」

はそうかもしれない。しかし、市井しせいの人々はどうだろうか? 責任を俺に求め、俺を憎むのではないだろうか? 王都に入れば俺は私刑リンチに処せられるだろう」

 男はじっと俺の方を見た。そしておもむろに口を開いた。

「心配するな。今のお前をあの時の棺持ちだと気がつく者はいない。――いずれにせよ、お前はもう十分な報いを受けている」

 男の声の調子には、どこか同情めいた響きがあった。俺は無言で、自分の節くれ立った両手を見た。


 


 

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