恋の駆け引きワン、トゥー、グヘッ



「やっぱりここに居た……二人共」


 そう言いながら、紙袋を持った女性が一歩前に歩いてくる。綺麗な栗色をした髪がサラサラと揺れ、スラリと伸びた長い脚が、少し短めのスカートをふわふわさせながら。


「……田中君、城田さんが謝りたいって言ってるよ。部室、使っていいから二人でちゃんときて」


 美人に真顔で真っ直ぐに話しかけてくると、正直背筋がちょっとゾワッとくる。その有無を言わさぬ目ヂカラに思わず「はひっ!」と返事をすると、彼女『高嶺初華』はニコリと笑い、その表情を固定したまま、視線を俺の後ろに移動、照準固定ロックオンした。


「すぅぐぅるぅ~、なんでアンタは私になんて預かってくるのかなぁ?」

「ハヒェ!? あ、あの、そ、それはね……

「……んん? たかみね? 何故苗字なの? 傑?」

「エヒ! い、いやチガクて……って、あ、お、お昼! ぱ、パン買って――」

「やかましい! 漏斗を先に置きなさい!」


 これ以上ここに居ると、高嶺先輩の「何か」が俺の中で崩壊しそうになって来たので、言われた部室へ向かおうと葵の方に近づくと、彼女は俯き後退る。


「……なんで逃げるんだよ」

「……」

「部室、こっちだから」


 仕方なく彼女に部屋の方向を指さして、先導するようにして前を歩き始めると、おずおずと躊躇しながらもゆっくり後を付いてくるのが解り、内心ホッとしながら部屋に向かった。


 園芸部の部室は花壇を横に回り込んだ先にある。


 プレハブで建てられたそこには、一見するとただの資材置き場の様に肥料袋や、色んな土? が無造作に積まれている。それらを避けて奥に進むと少し段差が付けられており、何故か畳が敷かれている。テーブル代わりのコタツやポットが置いてあり、TVモニターまで完備されている。積み重ねられたカラーボックスには書籍がきっちりと並び、その隣には何故か、ぬいぐるみの一団が鎮座している場所もある。小型の冷蔵庫や電子レンジまで揃っているのを確認すると「相変わらずの家っぷりだな」と俺は呟いて、当然のように靴を脱いで居ると「ここは何?」と後ろで声がした。


「園芸部の部室だよ。……まぁ、この部屋の内装については先輩たちの「趣味」だと思うけど」


 俺の返事に「へぇ」とキョロキョロしながらも、葵はローファーを脱ぎ、持った紙袋をコタツに置いて、周りにあるものを興味深げに見ている。


 ……改めて葵の横顔を見ていると今しがたの出来事を思い出し、気恥ずかしくなってしまい、顔を背けてから話し始めた。


「どうして高嶺先輩と一緒になったんだ?」


「……え、あぁ、急にハルくんが居なくなったもんだから、どうしようって思っていたら、沢山の人に囲まれちゃってさ――。色んな人が一度に話しかけてきて、パニックになりそうになった時、彼女が声を掛けてくれたの「何の騒ぎ?」って。……正直、人に囲まれるなんて怖くて……。彼女にしがみついて「助けて」って思わず言ったら、付いて来いって引っ張ってくれて……」


 その場を高嶺先輩と離れてから、彼女は俺とのことを大体の経緯で話したそうだ。それを聞いて「もしかして、田中陽菜くんの事?」と聞かれ、首肯すると「大体把握」と言った後、一緒に探してくれる事になったらしい。……途中、購買でパンを買うと言うので自分も食べていないことを伝えると、二人で買ってここに来たと言う。


「……大体把握って四字熟語みたいにするんじゃねぇよ! ってか、何を言って俺だと気づいたんだ、あの先輩は?!」

「え~と、確かきれ――」

「あぁ! もう良い、分かったから! なんか予想できて嫌!」

「……フフッ」

「なんだよ?」

「……やっぱり、ハルくんだなぁと思ってさ」


 高嶺先輩の言葉に思わず愚痴をぶちまけていると、葵が急に笑い出した。それにもなんだかムカついて、文句を言うと、変な返事が返ってくる。やっぱりってなんだ? と思ってつい見つめていると、またあの瞳でまっすぐこちらを見ながら話し始めた。


「……私が知ってるハルくんってさ、いっつも怒ってたんだよね。皆が茶化すように「女同士!」とかって言ってくると「俺は女じゃねぇ!」って言ってさ……男の子達のグループに突っ込んでいっては、ボコボコにされて。それでも全然へこたれなくって……。口でも手でも、いっつも元気にワチャワチャしてたなぁって」

「わ、ワチャワチャって」

「フフフ! ちっちゃい手でこう……ワチャワチャって。……いつも私を庇うように前に出て」

「――っ!」


 その瞬間、葵の顔が当時の幼かったアオちゃんに変わり、彼女の語るシーンの一つが鮮明に蘇る。



 ――女二人でまた遊んでるのかよ~。


「は?! ボクは男だぞ!」

「嘘だぁ! じゃなんでピンクの服なんて着てるんだよ」

「こ、これはバァちゃんが買ってくれたやつで」

「後ろのやつも同じカッコじゃん! 女同士で仲いいなぁ」

「あ、アオちゃんは女のコなんだからいいじゃんか!」

「じゃぁソイツはなんで男みたいな格好してんだよ」

「うるせぇな! 口ばっかでひ弱な奴に――」

「お前のほうが細いじゃんか!」

「「ギャハハハハ!」」

「うるせぇ!!」


~~~~~~~~~~


「グスッ……ハルくん大丈夫?」

「……いてて、膝擦りむいちゃった。またお母さんにどやされる」

「ごめんね……ハルくん、ごめ――」

「アオちゃんがなんで謝るんだよ? 俺がなだけだよ」

「だって……」

「いいよ、もう良いから」

「……うん」


 当時住んでいた二人の家から最も近い場所に、砂場と小さなすべり台が設置されていた、小さな児童公園。住宅街に囲まれたその場所には、小さな子供が沢山いて、幼稚園が終わると俺たちはいつもここで遊んでいた。その子たちと一緒に砂場で遊んだり、すべり台の周りでいつもはしゃいで走り回っていると、補助輪を付けた俺たちと同年代の子供たちがここを見つけ、俺たちをからかいによく訪れるようになっていた。


「……ぜったい、強くなってやる。……だいたい、顔が何だって言うんだ!? ちくしょう!」


 人が少なくなった公園で、ぶつくさ文句を言って砂場の砂を蹴っていると、さっきまでグスグスやっていた彼女が顔をぐしぐし擦り、真っ赤な目をしたままニパっと笑いこう告げる。



 ――ハルくん、ダイスキ!



 ◇◇◇


 ……そうだった。


 あの時、俺は誓ったんだ。


 ――誰にも文句を言われないほど強くなって、俺がアオちゃんを……。


「――くん! ハルくん?!」

「ファ?!」

「もう、急にボンヤリして、どうしちゃったの?」 


 突然固まった俺を心配して、葵がコタツに乗り上げて俺の身体を揺すってくる。呆けてしまっていた事に気がついて「あ、あぁごめん何でも無い」と答えて、彼女をコタツの向こうへ押し返す。


「な、何でも無い。ちょっと昔のことを思い出しただけだ」

「……昔のこと?」


 そこまで言った後で、もう良いだろと聞いてくれる訳もなく、幼稚園時代のことを渋々話して居ると、途端に彼女は俯き、ポロポロ涙を零し始めた。


「ど、どうした?」

「……ううん、何でも無い、何でも……うぅ、うぅ」


 急にその場で泣き崩れ、グスグスといつまでも泣き続ける彼女をどうしようかと思っていると、部室の入口の丁度反対側にある、もう一つの扉がカラカラと開く。


「――あらあらこれが俗に言う『修羅場』なのでしょうか? ワクワクドキドキ!」

「……何とんでもないこと言ってるんですか理事長先生!」


 このプレハブ小屋は二棟並んで建っており、手前のこの建屋は『園芸部』の部室として使っているが、奥にはこの学校の理事長が「ついで」と言って趣味部屋を奥に造らせている。まぁ、この部の顧問でもあるし、何よりこの学校自体のオーナーでも有る為、誰も文句を言えなかった結果でもあるのだが……。


「……び、びっくりしたぁ。ハルくん、このおばあちゃん誰?」

「オホホホ、私はこの学校の世話焼きおばあちゃんです。あ、お茶、淹れますから、お二人はどうぞ――」

「「理事長!」」


 さも当然のように、部屋へ入ってくると、普通に茶棚から葉を取り出してポットへ向かったところで、二人の先輩が声を合わせて入ってくる。お陰でビックリしすぎた葵は泣き止み、理事長は「あん! もう少しだったのに!」などとほざきながら二人に連行され、出てきた部屋へと連れ戻されていく。


「……先輩、もう良いです。シリアスになれそうでなれなくてが続くと、流石にもう疲れました」


 ……正直、もう何が何やらで、張ってた気はとうに緩み切ってしまっていた。二人も未だ紙袋を抱えていたので、一緒に皆で食べようと声を掛け、こたつを囲んで皆で少なくなった休憩時間をパンを貪って過ごす。


「……ほれれそれでふはひはほれはらほうふるほ二人はこれからどうするの?」

「――初華さん、口に物を入れたまま話すのはだめです」

「……んっぐ。細かいなぁ傑は」

「あらあら、ウフフ」

「……別にどうもないですよ、葵……城田とは幼馴染ですし――」

「キスしたんでしょ?」

「ブフォッ!」

「……汚いなぁ乙梨先輩」

「あららぁ……ふぅ、お茶が美味しいですねぇ」

「私はハルくんのこと、今も大好きですよ」

「ば! だから! 今ここで言うな!」

「きゃー! やっぱり!? やっぱりそうなんだぁ!」


「「……理事長先生」」



 ――はぁ、なにがどうしてこうなった?



 


 

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