先制パンチ(精神的)


 


 俺が教室でストレスフルで苦しんでいる頃、職員室でも担任教師が詰め寄られて苦しんでいた。


狩野かの先生! は一体どういうことなんですか?!」


 1時限の授業を行った数学教師の男が、怒鳴るように騒ぎながら、彼の席へと詰め寄っていく。


「い、いや、私もよくわからんのですよ。どうやら、二人は幼馴染のようでして」

「幼馴染?! ……あの二人が?! それは本当ですか? なんで、なんであの二人なんです?!」

「い、いやぁ、そこは流石に私に言われましても」

「何ですか? 一体」


 二人のやり取りを聞いていた、狩野の隣の席に座った妙齢の女性が、二人の声に不機嫌そうに度のきつい眼鏡を持ち上げながら睨んでくる。その声を聞いた狩野はビクリと肩を震わせ、数学教師は一瞬だけたじろいでから、事の経緯を話し始める。


「……そ、それがですね。今朝の転校生の城田葵の事なんですが――」


「ふむ。トランスジェンダーの彼女が普通にあの男子生徒の田中くんと……ですか」


 事情を話して行くうちに、冷静さを取り戻した数学教師は、はたと気づく。


 ……あれ? 田中って、男だよな。じゃぁ、城田のは自然で問題はないと……あぁ、違う違う! 不純異性交遊は……って、そもそも田中の方はどうなんだ? アイツはなのか? ……ん? うん? あれ?


 一人、思考の迷路で迷子になった数学教師の百面相を、狩野が「せ、先生? どうなされたんです?」と聞いている横で、妙齢の女性教諭が呆れ声で二人に話す。


「お二人共、取り敢えず落ち着きなさい。田中くん……は例の彼の事ですね」

「は、はい」

「……で、そこに城田さんがべったり状態で授業を受けていたと」

「へあ? あ、あぁはいそうです。幼馴染とは言え、あの状態は流石に」

「そうですか。ではまず教科書を準備しましょう、それから――」




◇◇◇



「ねぇねぇハルくん! お昼はどうするの?」


 午前中はもう最悪だった……。


 2時限目に入ってきた国語教師がどっさりと葵に教科書を渡して「これで机を寄せる必要はない」と言い、ホッとしたのも束の間「先生? 私は先週までジャパンに居ませんでした。なので、授業自体に付いて行くため、ノートを見せて貰う必要があります!」と抗弁を始め、最終的には折衷案として俺と反対側に座る女子に見せて貰うことになった。その後もブツブツと文句を彼女は言い続けていたが、最終的にはその子と仲良くなって授業を受けていたので良しとした(まぁ、俺に実害がなくなったので)


 ただ、休み時間のたびにベタベタされ、挙げ句クラス中の質問大会は続き。やっと昼休憩になった途端、葵は嬉しそうな顔で俺の机に飛び込んできた。


「え、あぁ、がくしょ――」

「学食! 憧れの学食!」


 言葉を遮るようにハイテンションで騒ぎ、椅子を引いて立ち上がろうとする俺を引き摺るように教室を飛び出していく。


「ちょ、おい!」

「イヤァ! ハリー! レッゴー!」




◇◇◇



 教室を出て学食までの道のりを、葵に腕を掴まれたまま歩いていると、やはりと言うか、当たり前のようにが集中して襲いかかってくる。ここ最近は俺の情報が出回ったため、そこまで酷くは無くなっていたが、何しろ今日は葵が居る。それでなくとも二人共にブレザー姿、パンツ姿で顔面だけは美少女なのだ。半ば、辟易しながら俯き加減で歩いていると、不意に小さい声で葵が呟いた。


「ハルくん、堂々として良いんだよ。ボク達は何も悪いことをしていないんだから」

「……葵」


 ニコニコと笑顔を見せ、胸を張って真っ直ぐ歩く彼女の姿を改めて見た途端、あぁそうかと気がついた。



 ――葵も俺と同じだったんだ。


 厳密に意味としては違うのかも知れない……。だけど、奇異の目で見られるという点においては同じだ。見た目が派手な分、それは目立ち、注目される。同じ人間だと言うのに……。


 女の顔を持っているだけで、男じゃいけないのか?


 女という性別に産まれただけで、女性らしくないといけないのか?


 女の名前を付けられただけで……。


 人は大多数と違うものを嫌い、それに合わせようと押し付けてくる……同調圧力だったか? 


 クソクソクソ! 俺は……俺たちは、望んでこうなった訳じゃないのに……。


 イラつきが募り、どんどん眉間にシワが寄り始めた頃、葵が不意に俺の顔を両手で挟む。


「な、何する――!」


 

 目が合ったと思った瞬間、息がかかるほどに彼女の顔が近くにあった。顔をしっかり抑えられていたせいで、抗議の声をあげようとした瞬間、言葉は彼女の唇で塞がれる。




 ~~偶々近くに居たクラスメイト(腐女子)の視点~~


 お昼になり、学食横の購買へパンを買いに行こうとした所、彼ら二人を発見した。どうやら、学食でランチと洒落込むらしい。二人は腕を組み、廊下を颯爽と薔薇の花弁を撒き散らしながら跳ぶような仕草で歩いている。思わずステルス行動に移行した私は、あのダンボール隠密野郎よろしく、柱の陰を利用しながら尾行していると、徐ろに彼女がその歩を止める。瞬間、後を追うようにしていたピンスポットが二人の空間を作り上げたかと思うと、彼女はその両手を彼の頬にそっと添え、彼の抗議の声を黙らせるように唇を重ねた。


 ――パカパーン!


 ――な、な、なんと尊い! 私は瞬時に脳内カメラを連射し、角度を変え、寄りを変え、フォーカスを絞って脳内フォルダにインスコしまくる。……あ、鼻血が。



 ~~普通に居た今時ギャル系クラスメイト(少女コミック大好きっ子)の視点~~


 今朝からあの陽菜君の事で盛り上がってたなぁと考えながら、昼休憩になったので、学食で駄弁だべりに行こうとスマホを見ながら歩いていると、最近ハマった令嬢モノの最新話の更新ポップが着てラッキー! と思っていると、前のほうが騒がしい。何だろと思ってつい癖で動画を撮りながら進んでいくと、廊下の真ん中で、陽菜君と城田さんがキスしてんじゃん! 呆気に取られてそのままスマホを向けて、気付くとSNSにあげちゃった。


 ――あぁ、あんな恋、私も何時かしてみたい!




~~~~~~~~~~~~~~視点終了



「……ぷぁ! あ、な、は? へ?」

「綺麗な顔がになるよ」


 突然の出来事に頭が完全に真っ白になる。


 ――今、俺、何された?


 ……いやいや、わかりきった事を言うんじゃねぇよ。


 ――キッスをされたんですよ俺。


 自覚した瞬間、顔から火が出たと思った。じっと見つめてくる葵の顔をまともに見ていられず、両手で顔を隠すと、俺はそのまま……逃げ出した。



********************



「……くそ、昼飯食い損ねた」


 ぼやきながら俺は一人、開放された屋上庭園に居た。……ここは元々普通の屋上だったのだが、今の生徒会長である高嶺たかみね先輩と、副会長をやっている乙梨おとなし先輩が、理事長と一緒に始めた園芸部の花達を展覧したり出来るようにと、改装され自由に出入りできるようになっている。昼時や放課後などは結構な人が居るのだが、花壇や植木鉢の合間にベンチなどが在り、ひっそり過ごすことも出来て、安らげる場所でもある。


「……田中くん?」


 偶々俺がぼやいた声が聴こえたのか、花壇の裏に居た男子生徒が漏斗じょうごを片手にひょっこりと顔を覗かせる。


「乙梨先輩……居たんですか」

「あはは……。存在薄くてごめんねぇ、なにせですから」

「は? 何いってんですか、生徒会副会長で、しかもあの、校内ナンバー1の『高嶺初華たかみねういか』生徒会長ののくせに」

「……うぐぅ」

「……あ、また何かやったんでしょう? それでここに逃げてきたんすね?」

「やめてぇ! 傷口に塩塗りたくるの辞めてぇ!」

「……いや、そこまでしませんよ」


 この高校に入学したての頃、俺はこの庭園に入り浸っていた。今でこそ、教室に居ても居ないもの扱いしてもらえているが、最初の頃は他クラスの連中や、つまらない事を言ってくる連中から逃げるために、ここをよく利用させてもらっていたのだ。その関係で乙梨先輩と出会い、会長である高嶺先輩とも会うことが出来て、校内でのつまらない事は収まった。


 ……ただ本当、この先輩、大人しいというか、地味と言うか……。偶に、なんであの高嶺先輩が彼女なんだと思うことがなきにしも……。


「変な事考えてない?」

「ふぁ?」

「目がジト目になってる」

「あははは! 気の所為ですよ。元々そんな目です」

「……はいはい、まぁ良いけどね。ところで、パン食べる?」

「え?」

「……いや、さっき『昼飯食い損ねた』って」

「あぁ、聴こえてたんすか。ってか、余ってるならください!」

「いや、余ってるっていうか、後ろ」


 乙梨先輩が俺の後ろを指差したので振り返ると、そこには購買で買ったであろう紙袋を抱えた二人の女性が立っていた。


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