第九話 早乙女姉妹のお部屋で乾杯!

 早乙女沙月と紗央莉と別れた織畑正義は、自宅のある東中野のマンションへの帰路に着いた。

快速電車の止まらない東中野に行くには地下鉄とJRジェイアールの二つがある。


 この日、正義は、何故か地下鉄を選び、神保町まで歩いた。

御茶ノ水駅への上り坂を避けたに過ぎない。


 双子の早乙女姉妹は、御茶ノ水に行くと言って、登山ショップの出口で別れている。



 正義は、靖国通り沿いを歩き、沙月と歩いた時のことを思い出し武者震いに似た感覚を覚え否定した。

神保町駅のホームは反対側にある。

 正義は、靖国通りの大きな交差点を渡り反対側にでる。

駅の中でぐるぐるするのを嫌った。


 駅の階段を降りて、都営新宿線の自動改札を入る。

ホームはかなり離れているから正義はこの選択を後悔した。

 再び階段を上り一番線のプラットホームに出ることが出来た。


 神保町駅が都営新宿線、都営三田線、半蔵門線の乗り換え駅であるため、乗り降りの乗客が非常に多い。

正義は、あまり慣れていないため、来た電車の真ん中に乗ることにした。

新宿駅での乗り換えリスクの分散を無意識に考えた。


 新宿に到着して都営地下鉄の大江戸線に乗り換え東中野を目指した。

東中野駅は、六本木駅と同じくらい地下深くにプラットホームがある。

この駅も総武線東中野駅との乗り換え駅になっている。

長いエスカレーターを乗り継ぎ自動改札を出て更に二回エスカレーターを乗り継がないと地上には出れない。

 


 正義は、地上に出て高層マンションの一階にあるスーパーマーケットに寄った。

買い物カートを慣れた手付きで取り、酒のつまみを探しに奥まで移動して、割引シールのあるまぐろのお刺身を手に取り悩む。


正義の後ろから、女性が声を掛けた。


「何かお探しですか」

「いやね、柵か切り身か迷ってね」


女性が笑って口を押さえている。


「正義さん、まだ気付かないの」

正義は、振り向いて声を上げた瞬間、二人の香水に気付く。


「あっ、沙月さんと紗央莉さん」

紗央莉が口を尖らせている。


「そうじゃないでしょう。

ーー紗央莉さん沙月さんの順じゃないかしら。

ーーまあいいわ。こっちに決まっているでしょう」


「ええ、よくわからない」

「柵の方が量は多いし、切っていないから劣化も遅いのよ。

ーーその関係で賞味期限も長いわ」


「ええ、そうなんですか?」

「そうに決まっているでしょう」


「姉さん、あまり正義せいぎさを虐めないでね」

「沙月は、甘いんだから」


「ところで、正義せいぎさん、なんでここにいるの?」

「俺の自宅、東中野なんだよ」


「ええ、知らなかったわ」

「沙月さんだって、前に四谷で別れたじゃないか」


「総武線に乗り換えただけよ」

「で、沙月さんも東中野なの、そうよ。このマンションに住んでいるわ」


 正義は、驚きながら答えた。

「実は、俺も同じなんです・・・・・・」


 しばし沈黙があって紗央莉が口を開く。


「正義さん、じゃ今夜は飲み会をしよう。

ーー酒の肴は私たちが用意するから・・・・・・。

ーーお酒は正義さんが用意してください」

「紗央莉さん、分かったけど、どこで飲むの・・・・・・」


「そうね、女が未婚の男の部屋には上がれないわ。

ーーだから、私たち姉妹の部屋がベストね」


「なんか、変な理屈だけど、そうするね。

ーー酔った二人を部屋まで送らなくて済むしね」


 正義は、新潟県の地酒から純米吟醸の一升瓶を選び奮発した。

紗央莉は、お刺身の柵とお豆腐を三人分購入。

沙月は、野沢菜、ハム、チーズを購入した。


 三人は、それぞれ会計済ませてスーパーを出る。

三人とも登山ショップの買い物袋とスーパーの袋で通勤帰りには見えない。



 エレベーターを降りて、紗央莉が正義を案内する。

「正義さん、ここよ」

「わー、うちより広そうだ」


 正義は、紗央莉の案内を受けて中に入る。

天然アロマの香りに混ざって女の匂いが正義の鼻をくすぐる。


「正義さん、どうかしました・・・・・・どうぞ上がって」

「ええーーお邪魔します」


 後ろで沙月が笑っている。

「正義さん、緊張していない」

「俺、女性の部屋ーー入ったこと初めてですから」


 紗央莉が正義を見ながら揶揄からかう。


「じゃあ、まさか奥手?」

 正義は顔を赤くして話題を変えようとした。


「沙月さん、日本酒、何処に置きますか」

「じゃあ、とりあえず、冷蔵庫に入れて置きますね」


 沙月は、正義から一升瓶を受け取り抱えるようにしてキッチンに移動した。

紗央莉は、キッチンでお刺身の柵をあけて準備をしている。


「俺、なんか手伝うことありますか」

「そうね、そこのグラスとお猪口をテーブルに並べてもらえますか」


 紗央莉は小皿にお刺身を並べている。

沙月は、野沢菜を分けていた。

それぞれが分担をこなして飲み会の準備が整う。



「正義さんも、新潟県の地酒がお好きなんですか」

「沙月さん、そじゃないけど、新潟のお酒ってハズレが少ないと思っているだけ」


「さすが、山男はリスク管理が出来ているわね」

「俺、損したくないから石橋を叩く癖があって」


 正義の言い訳に紗央莉がクスクスと笑っている。


「姉さんだって、山ガールじゃない」

「最近は、変な言い回しが増えて困るわね。

ーー私は、山がそこにあるから登るだけで山ガールじゃないわよ」


「なんか、どこかの有名登山家の台詞せりふみたいですね。紗央莉さん」

「あら、嫌だわ、知っていたの」


 三人はお腹を抱えて笑いながらグラスにビールを注いだ。


「じゃあ、今日は、みんなお疲れ様、乾杯!」

紗央莉の掛け声の後で三人のグラスが綺麗な音を奏でる。


「この音、クリスタルガラスですね」

「ええ、そうよ。ソーダガラスが好きじゃないだけです」


「紗央莉さんって、面白い言い方しますね」

「姉さんは、素直じゃあないのよ」


 沙月が冷蔵庫から正義が買った地酒の一升瓶を運んで来た。

「これで、お刺身が引き立つわね」

「紗央莉さん、酒の肴は、やっぱりお刺身ですね」


 正義は紗央莉が切った切れ身を口に入れ舌鼓したつづみをする。

「あっ失礼、紗央莉さん、このお刺身美味しい」


「そうでしょう。そうでしょう。

ーー私、腕がいいから。

ーーお姉様が教えてあげるわ」

「姉さん、お酒飲むと悪ノリするから気にしないでね」

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