第八話 再び駿河台下の登山用品店に
神田駿河台には、大病院、大学、予備校、書店、楽器店が軒を並べている。
その中に登山専門書店があって、織畑正義はよく足を運んでいた。
手持ちの地図も古くなり、国土地理院の最新の地図、二万五千分の一を正義は探していた。
一般の登山地図との違いは範囲が狭いことだ。
会社の帰りに地図を入手した正義は、お茶の水駅から自宅への帰路に着いた。
ベストセラー作家の
自宅に戻り購入した地図を器用に折って登山中に見れるように工夫した。
登山道は、稀に自然災害などで閉鎖されている場合がある。
北アルプスなどで
丹沢の夏は、名前が示す通り沢が多いが決して安全ではなかった。
初心者が知らないで沢に入れば大怪我では済まない。
稀に落命も発生している。
遭難事故の報告は丹沢山塊の沢沿いでも多数起きていた。
織畑正義は、大自然の怖さを登山を通じて知った。
群馬県の谷川岳方面では、スズメ蜂に刺されて一命を取り止めたと言う話を山仲間から聞いている。
正義は、国土地理院の地味な地図にイエローのマーカーを入れるのが楽しみだった。
ザックを押し入れから取り出し、折った地図をビニール袋に入れ、ザックのポケットにしまった。
方位磁石、雨具、傘、水筒、非常食、鈴を順に入れて準備を始めて正義は気付いた。
携帯を鞄から取り出して、早乙女沙月の携帯に連絡を入れる。
「もしもし、沙月さん、正義ですが、今、話出来ますか」
「正義さん、大丈夫よ。なに?」
「先日、雨具を言いましたが言い忘れたことがあって・・・・・・」
「ええ」
「山では、雨具でいいんですが、都心部では傘が必要です」
「言われてみれば、そうね」
「と言う訳で折りたたみ傘もお持ちください」
「正義さん、明日の会社の帰り、この間の駿河台下のお店に行きませんか」
「沙月さんが、よければ俺は大丈夫ですが」
「姉の紗央莉も、足らない装備をチェックしてみるって」
「そうですか、じゃあ、三人で寄りましょう」
「時間は、八重洲口地下改札に五時半で如何ですか」
「ちょっと厳しいけど、遅れないようにします」
「じゃあ、正義さん、明日もよろしくお願いします」
「じゃ、おやすみなさい」
正義は携帯をテーブルに置き、ザックのパッキングを直し始めた。
万が一に備えて着替えは最低枚数入れる。
[あとは、何かなあ・・・・・・]
正義は、シャワーを浴びて冷蔵庫から季節限定のビールを取り出して飲んだ。
スマホで週間天気予報を確認して天気図をチェックして独り言を漏らす。
[とりあえず、悪材料はないから多分大丈夫だなあ。俺は
山の天気は一般的に午前と午後ではまるで違う。
午前中に安定していても午後に急変することは山屋の常識だった。
正義は午前中に山頂に到着して正午過ぎの下山を逆算から計算していたが・・・・・・。
東京駅八重洲口の地下改札口には、紺色のパンツスーツの早乙女沙月と紗央莉が織畑正義を待っている。
紺色のスーツ姿の正義が二人に手を振りながら近づいた。
「正義さん、遅いわよ」
「すまない、遅れて」
「姉さん、目くじら立てないでね」
「分かったわ。沙月の顔を立てるけど時間は大切よ」
「すまない、紗央莉さん」
三人は中央線の快速ホームに移動してお茶の水駅に向かう。
聖橋口に出てしまい円盤の形をした青銅色のニコライ堂の屋根が正面に見えた。
正義たちは大学と大学の間のビルの谷間の長い坂道を駿河台下まで下ることにした。
「悪いね。出口を間違えてしまい」
「大丈夫よ。私なんかしょっちゅうよ」
「紗央莉さんは、そう見えないけどね」
「姉さん、昔から方向音痴なのよね」
「沙月、あんたも変わらないじゃない。
ーーでも、こっちの道の方が混雑していないからいいわね」
「俺も、お茶の水口より、こっち側の聖橋口の方が人が少なくて好きです」
「沙月、今日は、夕焼けが綺麗ね」
沙月と紗央莉の顔に夕陽が差して光って見える。
カフェの前を抜け稲荷神社の角を右折して、次の角を左折して駿河台下の交差点に出る。
靖国通りは帰宅ラッシュ時間で渋滞しているが徒歩の三人には無関係だった。
「正義さん、今、何時かしら」
正義はスマホを取り出して時刻を見る。
「ちょうど、十八時ですが、お二人は、何を探しに来ました」
沙月が先に口を開く。
「わたしは、折りたたみ傘が壊れていて軽くて小さいのを探しに・・・・・・」
紗央莉が沙月に続いた。
「登山用のソックスが古くなって新しいのを買うわ。非常食もね」
「紗央莉さん、俺も非常食と靴下を買うよ」
正義は二人の話を聞き登山用品店の大きな玄関に入ってお店の店員に尋ねた。
「それなら、エレベーターで五階になりますが・・・・・・」
三人は五階で降りて、各々の目的の品物を探しに散った。
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