第四話 赤い糸伝説

 城山玲子先生と俺たちは、赤坂駅の前で別れた。

俺、織畑正義と早乙女沙月は丸の内線の赤坂見附駅までの夜道を歩くことになった。


「正義さん、今日は色々ありがとうございます」

「いえいえ、俺の方が助けられていました」


「正義さんは、赤い糸伝説を信じますか」

「占いとか、スピリチュアルとか、わからないけどさ、

ーー 運命って、あるような気がするね」


「わたしも、運命的な出来事には興味があります」


 街灯に照らされた沙月の顔がお酒でも飲んだように赤くみえた。

正義は喉の渇きを覚えて躊躇いながら沙月に尋ねた。


「沙月さん、赤坂はお店も多いからちょっとお酒でも飲みませんか」

沙月は少し考える仕草をしたあと笑いながら正義を見上げた。


「わたしも喉が渇いていたのでそう思っていました」


 赤坂一ツ木通りひとつぎどおりの途中にある居酒屋の暖簾のれんをくぐり二人は中に入る。


「沙月さん、今、二十一時だから、ちょっとだけにしよう」

「そうね、明日も仕事ですし」


 二人は、ビールと枝豆を注文した。


「じゃあ、とりあえず、沙月さんの赤坂デビューに乾杯」

「まあ、デビューなんて大袈裟ですね。乾杯」


「今朝の夢では、沙月さんが登場してね。

ーー 楼閣ろうかくで消えてしまったんですよ」

「まあ、わたしが、消えてしまうんですか」


「夢は、そこで終わっているから、その先は分からないけどね」

「でも、その夢、長崎なんですね。確か」


「今度の社員旅行と被りますが・・・・・・」

「デジャブかもしれないわ」

「デジャブって、俺、知らないけど」


「それはね、過去に経験したことがないのに

ーー 経験したような錯覚になることよ。

ーー 日本語では既視感きしかんとも呼ばれているの」


既視感きしかんって、どんな漢字ですか?」

すでにと書いて、るは視力のね」


「なるほど、既にに見ている感覚か」


「人間の無意識はアカシックレコードに繋がっているのよ。

ーー そこには時間も存在しない映画のフィルムみたいなの。

ーー その一コマが今なのね」


「沙月さんって、詳しいんですね」

「女の子って、少女漫画から入って、

ーー 占い、スピリチュアルって流れが多いからね」


「俺なんか、最近はともかく、運動ばっかりしていたので全然ダメ」

 正義は照れ隠しに坊主頭ぼうずあたまをボリボリとく。


「運動って何ですか」

「ハイキングとか登山ですよ」


「山、好きなんですか」

「ええ、ちょっとだけ」


「私も山に興味があるの」

「そうなんですか?」


「今度、連れて行ってもらえますか」

「初めてですか?」

「ええ」


「じゃあ、次の週末に登山ショップに寄りましょう」

「じゃ、正義さん、よろしくお願いしますね」


 正義は、名刺を取り出して携帯番号を書いて渡した。


「分かったわ、ここに連絡するのね」

「留守電あるから、俺に伝言残して」


「そうするわね」

「じゃあ、今夜はそろそろ退散しますか」


 二人は丸の内線の赤坂見附駅から四谷に出て別れた。


 週末、神田駿河台下の歩道を歩く、早乙女沙月さおとめさつき織畑正義おりはたせいぎ

双子の姉の紗央莉は用事で来られない。


 沙月はブルージーンズに水色のブラウス姿で、ポニーテールをしていた。

背丈は正義よりも低いが女性としては平均身長以上に見える。


 アイスクリームのような入道雲が遠くに湧き出ていた。

正義は空を見上げまぶしそうな表情をする。


「沙月さん、登山用品って、お金かかるけどいいんですか」

「OLって、みんな蓄えているから心配ないわよ」


「じゃ、今日は、ウエア、靴、靴下、帽子、リュックサック、手袋など最低限だね

ーー 水筒、コップも必要、忘れていた」

「沢山、あるわね。持てるかしら」


「大丈夫、俺が近くまで持って行くから」

「正義さんがいて助かるわ」


「さー、到着。ここなら何でもあるから」

「本当、登山用品のデパートみたいね」


 正義と沙月が店内に入ると空が急に暗くなって、雷鳴がとどろき激しい雨が降り出した。


「通り雨だね。ゆっくり買い物しましょう」

織畑正義の言葉に早乙女沙月が微笑ほほえんでいる。

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