第13話
すぐ後ろから稲荷がついてくる。
「やめろぉ!」
良介は声を上げて生徒たちの体を押しのけていく。
昨日見た英也ほどの力があったらどうしようかと思ったが、生徒たちは簡単に押しのけられて行く。
中央でしゃがみこんでいた自分に手を伸ばす。
涙目になっている自分はキツネのお面に驚いた様子だが、良介の手を握り締めた。
その腕をグイッと引き上げて立ち上がらせ、駆け出した。
後ろからまるでゾンビのようになった灰色の目をした生徒たちが追いかけてくる。
しかしそのスピードは遅い。
「よかった。大人数を一気に動かそうとすると、力や動きが鈍くなるみたいね」
近くの公園まで逃げてきたとき、もう誰も追いかけてきてはいなかった。
「今のもモヤの力ってわけか」
良介は大きく息を吐き出してベンチに座り込んだ。
「あ、あの……」
こっちの世界の自分がオロオロとした様子で良介と稲荷を交互に見つめる。
「もう知ってると思うけど、私は稲荷。いつもおいしいお稲荷さんをありがとう」
稲荷がそう言うと、良介は不安そうな表情のままうなづいた。
2人はすでに面識があるみたいだ。
「俺は……キツネ面」
適当に自己紹介してからネーミングセンスのなさに稲荷に笑われてしまった。
良介は軽く咳払いをして自分を見た。
こっちの自分は信じられないくらい情けない顔をしている。
毎日誰かから命を狙われたり、イジメられたりしていれば自然とこんな風になってしまうのかもしれない。
そう思うと胸の奥が痛んだ。
同じ顔をした自分にこんな顔をしていてほしくはない。
「いつからこんな風になったんだ?」
質問すると、自分は空中に視線を漂わせた。
「最初はこんなことにはなってなかった。ただ、ちょっとイジメに似たことがあっただけだったんだ……」
☆☆☆
それが始まったのは今から5日ほど前のことらしい。
「おはよう英也、大輝」
いつものように5年1組の教室に入って挨拶をした瞬間、2人から嘲笑とのとれる笑いが漏れた。
いつもの悪ふざけだと感じた良介は自分の机にカバンを置くと2人に近づいた。
「何の話してたんだよ?」
軽い感じで話しかける。
いつもならこれで普通に返事がくるはずだった。
でもなぜかこのときは違った。
良介が近づいた瞬間2人は笑みを消し、睨みつけてきたのだ。
その目が灰色に濁っていることに気がついた良介は後ずさりをした。
咄嗟にそれを怖いと感じていた。
「ど、どうしたんだよ」
それでも昨日まで普通に話をしていた友人たちだ。
良介は後ずさりしたその場所から更に言葉を投げかけた。
その途端2人は同時に立ち上がっていた。
身長差なんてほとんどないはずなのに、このとき2人の体がやけに大きく感じられた。
近づいてくる2人に逃げ腰になる良介。
「お前さ、なんか変だよな」
そう言ったのは大輝だった。
とにかくなにかしゃべってくれたことにホッとして、良介は引きつった笑みを浮かべた。
「変ってなにが? なにも変わってないと思うけど」
自分の姿を見下ろして答える。
その時、大輝が良介の体を突き飛ばしていた。
それほど強い力ではなかったが、油断していた良介は体のバランスを崩してしりもちをついてしまった。
2人はそんな良介を見下ろす。
まるで獲物を見つけたハイエナのような2人の目に、良介は背筋が寒くなるのを感じた。
それから良介へのイジメははじまった。
本当に唐突に、これと言った原因もなく。
最初は同じ1組の中だけで収まっていた。
それも「なにか変だ」「あいつだけなにか違う」という、あやふやな声をかけられることが増えた程度だった。
でもそれはたった数日で急加速した。
今では他のクラスや学年の生徒たちも良介を攻撃するようになった。
さっきのように取り囲まれたことだって、1度や2度じゃない。
どうにか自力で逃げ出していたけれど、さっきは怖くて足がすくみ少しも動くことができなかった。
そして、それは自宅にいても安心できなくなっていた。
英也たちの態度が変化して2日目。
良介は自宅の部屋で宿題をしていた。
そのときだった。
突然リビングの方でガラスが割れる音が響いたのだ。
お母さんがグラスでも割ったのだろうと思ってかけつけたとき、良介が見たのが割られた窓ガラスだった。
リビングの床には拳くらいの石が転がっている。
誰かがこれを投げつけたのは明白だった。
「ちょっと、どうしたの?」
トイレに入っていたお母さんが驚いた様子でかけつけてきた。
一体誰がこなことを?
窓の外を見ても、そこには誰もいなかったのだった。
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