第11話
「なんとか答えろよ!」
怒鳴った瞬間、英也が低い声でうなりをあげた。
「ぐるるるるるっ」
それはまるで獣のうなり声で、良介は一瞬ひるんだ。
その瞬間手の力を緩めてしまい、英也は逃げ出した。
「あ、待って!!」
稲荷が声をかけるが英也の姿はあっという間に見えなくなってしまったのだった。
☆☆☆
「まるで獣みたいだった」
長い石段をあがりながら良介は呟く。
もうキツネのお面は外していた。
英也の上げたうなり声は人間のものじゃなかった。
「やっぱりあのモヤが関係しているのよ。じゃなきゃ人殺しなんてあんなに簡単にできるものじゃないもの」
稲荷の言葉に良介はうなづいた。
良介もそう思う。
だから今からもう一度、あの裏鬼門へ行ってみるつもりだった。
あのモヤの正体を掴むことができれば、英也と大輝を元に戻すことができるかもしれない。
外にあるグリーンに塗られた非常階段を上がりきった時、階段を上がってくる足音が聞こえてきて2人はまた貯水槽の影に身を隠した。
屋上のドアの開閉音が聞こえてきた後、そっと顔をのぞかせる。
そこにいたのは白いエプロンをつけ、三角巾を巻いた女性だった。
どうやら下の階のパン屋さんみたいだ。
屋上に干していたタオルやふきんを取り込みに来たみたいだ。
女性は鼻歌を歌いながらお店使う布類を洗濯籠に放り込んでいく。
と、その時。
女性が動きを止めて割れている岩へと視線を向けた。
岩の割れ目からは今も少しずつ黒いモヤが出てきていて、それは空気中に溶けていっているように見えた。
「あら、この岩割れていたっけ?」
首を傾げて岩に近づく女性。
良介は嫌な予感が胸によぎった。
あの岩に近づかないほうがいいんじゃないか?
稲荷もそう感じたのだろう2人して顔を見合わせたそのときだった。
突然バタンッと音がして、女性へと視線を戻した。
するとさっきまで鼻歌を歌って元気そうだった女性が、その場に倒れこんでいるのだ。
「大丈夫ですか!?」
良介はすぐに書水槽の影から飛び出した。
稲荷も後ろからついてくる。
倒れた女性の肩を揺さぶると女性は「ううん……」と、声をあげてうっすらと目を明けた。
よかった、気絶してただけだった。
ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、良介は女性の目が灰色になっていることに気がついた。
それは英也たちと同じ目の色だった。
「あれ、私……」
女性が呟くと同時に良介と視線がぶつかった。
その瞬間女性の両手が良介の首に伸びてくる。
咄嗟のことでよける暇がなかったが、間に稲荷が入り込んで女性の手をはたいていた。
「逃げなきゃ!」
稲荷に手をつかまれ、非常階段を走って降りる。
カンカンカンと2人分の足音が響いて来る中、女性は屋上からジッと良介のことを見ていたのだった。
どうやらあのモヤを吸い込んだ人はみんな同じようになってしまうらしい。
「あのモヤについて調べれば、元に戻るかもしれない」
良介の言葉に稲荷はうなづいた。
「だけど今日はもう帰りましょう。真っ暗よ」
そう言われて狭い空を見上げると、確かに夜になっていた。
この町はいつでも丸い球体が太陽の代わりをしているので時間の感覚がなくなってきてしまう。
「でも、もう少しでなにかわかるかもしれないじゃないか」
周囲はまだ明るいし、このまま帰るのは忍びなかった。
しかし、稲荷は首を縦には振らなかった。
「ダメよ。ここももうじき夜になる」
その言葉の意味がわからなかったが、稲荷が視線を向けた先に目をやると球体の明かりがどんどん消えていっていることがわかった。
その途端町から光が消えて真っ暗になる。
歩道も道路も線路も、もうどこにも人の姿はなくて真っ黒な闇に包まれていく。
ビルからもれ出る明かりだけが頼りになるらしかった。
「さぁ、早く帰りましょう」
稲荷に言われて、良介はうなづいたのだった。
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