第8話
「逃げて!!」
電車が目前まで迫ってきたとき、稲荷の声が聞こえてきてようやく我に返った。
ハッと目を見開き、次の瞬間には体を回転させて遮断機の外へと脱出していた。
その直後、ゴーッと風の音を響かせて電車が走りぬけていく。
想像以上の突風にキツネのお面が飛ばされてしまいそうになり、良介はそれを両手で抱きかかえて身を丸くした。
「大丈夫ですか!?」
顔を上げるとすでに電車は通りすぎていて、稲荷が隣にしゃがみこんでいた。
「あぁ……なんとか」
よろけながら立ち上がり、遮断機のあがった線路を見つめる。
あのスピードでぶつかっていたら、確実に命はなかっただろう。
今更ながら体が小刻みに震え始めた
「よかった。これであなたを救うことができました」
安堵したため息と共にそう口にする稲荷。
しかし良介は目を見開き「いや、それは違う」と、呟いていた。
「え?」
稲荷は首をかしげる。
「これはイジメじゃない……俺を、殺そうとしたんだ」
英也たちは少し悪ふざけが過ぎることはある。
だけど今みたいに命の危険にさらされるようなことはありえなかった。
今のは確実に自分の命を狙った行動だった。
「それに、あの目を見たか?」
「目?」
良介はうなづく。
あの2人が近づいてきたとき、良介ははっきりとその目を見ていた。
2人の目は白目と黒目が混ざり合ったような、全部が灰色になっていたのだ。
あれは2人であって、2人じゃない別人だ。
うまく言葉にできないけれど、良介はそう感じていた。
「俺はもうしばらくこっちの世界に残る」
一度目の危機は回避できたけれど、このまま帰るわけにはいかなくなってしまった。
稲荷は驚いたように瞬きをして、そして大きくうなづいたのだった。
「こちらです」
稲荷につれられて来たのは大きな本殿だった。
この世界に来たときにチラリと見た建物で、それは最上稲荷ととても良く似た形をしていた。
4段ほどの木製の階段の前で靴を脱ぎ、稲荷について中へ入っていく。
開けられた扉の奥には黄金色に輝くご本尊が置かれているはずだが、
それよりもきらびやかな宴が開催されていた。
「これはこれはよく来てくださいました。さぁどうぞ! 宴はもう始まっていますよ」
そう言って良介を中へ促したのは二本足で立っているキツネだった。
稲荷のような服は着ていないが、流暢な日本語で少しだけ酒のにおいをまとわせている。
「遠慮せずにどうぞ」
それでも躊躇していた良介に稲荷が後ろから声をかけていた。
恐る恐る足を踏み入れると、そこかしこにいたキツネたちが一斉に良介を見た。
手に杯を持っていたり、食べかけのお稲荷さんを持っていたりする。
本殿の床には赤色の豪華な絨毯が敷き詰められていて、中央にはウエディングケーキのようにそびえ立つお稲荷さん。
それを囲むようにしてキツネたちが座っている。
「あ、あの……」
キツネたちの視線を一心に浴びて固まってしまう良介。
その時近くで酒を飲んでいたキツネがピョンと立ち上がると「良介さん、よくいらっしゃいました!」と、声をあげた。
稲荷は踏み切りの手前で足を止めて、植木に身を隠した。
良介も同じようにして植木の裏に回って身をかがめた。
肩が稲荷と触れ合ってまだドキッとしてしまう。
良介は少しだけ体をずらして、稲荷から距離をとった。
それでもぬくもりが伝わってきて、なんだか落ち着かない気分だ。
「顔が赤いけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ」
良介はそう言って自分の頬に触れた。
いつもより少し熱くなっている体温。
こんなことでドキドキしている場合ではないと、心の中で自分を叱咤した。
熱くなった頬を軽くつねって、植木の向こうの道路を見つめる。
今から自分と英也と大輝の3人が来ると思うと心臓が早鐘を打ち始める。
これからどんなことが起こるのか。
うまく自分を助けることができるのか。
不安が胸の中に渦巻いていくのを感じて唾を飲み込んだ。
自分を助けることができるのは、自分だけだ。
もう1度自分にそう言い聞かせて、気合を入れなおした。
「どうして踏み切りだと思う?」
稲荷に聞かれて良介は首をかしげた。
「え?」
「いつもいつもお稲荷さんを持ってきてくださってありがとうございます」
「そうそう。良介さんが持ってきてくれるお稲荷さんはとってもおいしいのよね」
あちこちから声をかけられて、良介は誰に返事をすればいいかもわからず愛想笑いを浮かべる。
とにかくキツネたちに歓迎されているということだけは理解できた。
キツネたちは良介と稲荷のために場所を開けてくれて、そこに座ることになった。
赤い座布団はフカフカで、まるで高級ソファのよう。
出される料理はお稲荷さん。
「さぁ、好きなだけ食べてください」
そういう稲荷は隣ですでにお稲荷さんを口に入れている。
その時腹の虫がグーっと鳴った。
非現実的なことが起こりすぎて空腹を忘れていたけれど、今はもう夜が近い。
それに素飯のいい香りがして、良介はお稲荷さんをひとつ口に放り込んだ。
その瞬間驚いて目を見開いた。
その味は良介の母親が作るものと瓜二つだったのだ。
「この味、なんで……」
「なんでって、良介さんが持ってきてくれるお稲荷さんだから、その味になるのは当たり前でしょう?」
稲荷にそういわれたら、そうなのかと納得するしかない。
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