第7話
こちらの世界の自分が踏み切りに近づき、足を止めた。
ひっきりなしに周囲を見回していつ2人が来るかビクついているのがわかった。
そんな怖いなら約束場所になんて来なければいいのに。
そう思うのはきっと自分がイジメられていないから。
一方的に押し付けられた約束でも、それを破ったらどうなるか、こちらの世界の自分はその後の恐ろしさを理解しているのだ。
「俺、ちょっと行ってくる」
「え、ちょっと!?」
驚いて引きとめようとする稲荷を置いて、お面をかぶった良介は植木から飛び出した。
イジメを止めるために英也と大輝の2人を待っている必要はない。
こちらの世界の自分のおびえている姿だって、これ以上見て痛くなかった。
良介は真っ直ぐ自分へ向けて歩き出した。
お面さえしっかりとつけていればなにも心配はいらない。
足音が聞こえてきたことに驚き視線をこちらへ向ける自分。
英也と大輝じゃなかったことに安堵しつつも、キツネのお面をつけた良介に怪訝そうな表情を浮かべた。
邪魔にならないよう、こちらの自分が一歩横へよける。
そのしぐさひとつにとっても自分とはかけ離れているように感じられた。
ビクついている自分を見るのは腹立たしくて、そして悲しかった。
良介は迷うことなく自分の前まで歩くと足を止めた。
正面から向き合う形になり、こっちの世界の自分がたじろぐのがわかった。
「だ、誰?」
英也たちの差し金だと思っているのか、警戒心をあらわにしている。
「英也たちの友達だよ」
そう答えると、自分は一歩後ずさりをした。
やっぱり英也の仲間なんだ。
今日は2人ではなく、この仮面をつけたヤツも入れて3人にイジメられるんだ。
そんな心の声が聞こえてくるようだった。
「英也と大輝、来られなくなったみたいだよ」
良介はいつもよりも声のトーンを高くして言った。
できるだけ、こっちの自分が怖がらないように。
「え?」
こっちの良介が瞬きをして聞き返す。
「今日の約束はキャンセルだって」
そう伝えると自分は一瞬目をうろうろさせて、それから「そう」と呟くように言い、良介に背を向けた。
良介の言葉を信用したのかどうかはわからない。
しかし、これは逃げられるキッカケになったと感じたのだろう、こっちの良介はまさに逃げるように帰って行ってしまった。
良介はその後姿が見えなくなるまで見送ると、キツネのお面を外した。
仮面の奥は息がしづらくて熱がこもっていた。
仮面を外した良介は大きく深呼吸をした。
そのタイミングで「よぉ、逃げずに来たんだな」と、英也の声が後方から聞こえてきた。
来たな。
振り向くと英也と大輝が粘ついた笑みを浮かべて立っていた。
それはどう見ても良介のことをさげすんでいて、こんな風な顔を毎日見せられていたらどんな人でも精神的にまいってしまうと感じた。
こっちの良介が約束場所から逃げることができなかった理由も、わかる気がする。
そう思いながら、良介は体を反転させて2人に向き合った。
その瞬間カンカンカンと、踏み切りが下がってくる音が聞こえてきた。
まるで見計らったかのようなタイミングで電車が来るみたいだ。
しかし、このとき良介はその違和感に気がつかなかった。
どうして踏み切りが約束場所なのか。
どうしてこのタイミングで電車が来るのか。
目の前にいる2人に気を取られてしまっていた。
「用事ってなに?」
自分の声が踏み切りの警報音にかき消される。
2人がは何も言わずに距離を縮めてくる。
相変わらず顔には笑みを貼り付けていて、気味の悪さを感じて後ずさりをした。
良介の背中のすぐ後ろは線路だった。
「返事くらいしろよ」
電車が近づいてくる音と良介の声が混ざり合う。
英也が口を開き、何かを言った。
しかし唇がグネグネと動くばかりで聞き取れなくて、良介は眉を寄せる。
「なんだって?」
聞き返した次の瞬間だった。
良介の体は2人に突き飛ばされて遮断機にぶつかっていた。
遮断機が大きく揺れる。
腰あたりにぶつかった痛みに顔をしかめて良介は2人をにらみつけた。
「なにすんだよ!」
叫び声をあげ、体勢を立て直そうとする。
しかし、体勢を立て直す前に更に体を押され、踏切内に倒れこんでしまった。
砂利に手をつき、痛みが駆け抜ける。
「っ」
声にならない声を上げて手のひらを見つめる。
とがった石が刺さり、血が滲んでいた。
途端に頭に血が上るのを感じた。
こっちの世界の英也たちはやっていいことと悪いことの区別もつかないみたいだ。
「お前らっ!」
声を上げて立ち上がろうとしたその瞬間、右手からすごいスピードで電車が迫ってくるのが見えた。
線路からゴーッ! という、タイヤの振動が伝わってくる。
思わず息を飲んで、動きを止めてしまった。
早く逃げないといけないと思うのに、体が動いてくれない。
一瞬にして全身から汗が噴出していた。
唖然としている間に2人は良介に背を向けて歩き出す。
それはまるで何事もなかったかのように。
なにもしていないかのように。
とても自然な動きだった。
嘘だろ。
こんなの何かの冗談だ。
すべての時間が停止してしまったように感じられる。
すぐに逃げないとと思う自分と、それに反応できずにいる自分。
走ってくるのは蒸気機関車によく似ているけれど、少しだけ線路から浮いているところまでちゃんと見えていた。
それなのに反応できずに座り込んでいる
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