第6話

家が近いし、遊び場にしていたからだ。



最上稲荷へ行くと言うと母親がお稲荷さんを作って持たせてくれたりもする。



良介はそれをお供えものにしていた。



「こっちの自分もお供えをしてたんだ……」



そう思うとなんだか少し嬉しくなった。



全く違うように見える世界でも、やはり少しずつ共通点はあるみたいだ。



そういえば、こっちの自分も膝に絆創膏をはっていたっけ。



そこも共通点だ。



良介はヒザの絆創膏を指先でなでた。



「こっちの世界で私は消え行く存在。そんな私を気にしてくれているあなたは、特別な存在なの」



そう言われるととても照れくさくて、頬が熱くなってしまってうつむいた。



稲荷はキツネだけれど、今は可愛い女の子の姿をしているから余計だ。



「そ、それなら君がこっちの世界の俺を助けてくれたらいいだろ?」



何気なく言った言葉だった。



稲荷が直接こちらの良介を助けてくれれば、パラレルワールドからつれてこられるような、回りくどいことはしなくてすんだはずだ。



しかし、稲荷は悲しそうに左右に首を振った。



また、質問してはいけないことだったろうか?



不安を感じたとき、稲荷が口を開いた。



「それはできないの」



その声はとても苦しそうだった。



まるで、酸素がない世界で必死に声を発したような感じ。



かすれて、重々しい声。



「どうして?」



「私は神様の遣いだから、勝手な行動はできない。ただ、平行世界への行き来は許されていたから、こうしてあなたを連れてきたの」



「じゃあ、神様に指示を出してもらうようにお願いしてみたら?」



良介の言葉に稲荷はまたうつむいてしまった。



「できないの。私たちが忘れられるということは、神様も忘れられるということよ」



良介は一瞬目を見開き、そして左右に首を振った。



「まさか、この町の神様はもういなくなってしまった?」



「まだいる。だけどその力は昔よりずーっと弱くなっていて、私たちに指示を出すこともままならない」



稲荷はそう言うと下唇をかみ締めた。



稲荷にとっては自分の生死が関わっている危機的状況みたいだ。



それなのに自分のことを気に欠けていることが、余計に不思議だった。



「それに、こちらの世界のあなたになにかが起これば、あなた自身にもなにかが起こるかもしれない。そんなの嫌でしょう?」



稲荷は気を取り直すように話題を戻した。



「あぁ、そうだね」



そう言われるとうなづくしかなかった。



膝の絆創膏は同じ場所にあった。



こちらの世界の自分がひどい目に遭えば、自分自身にも降りかかってくるかもしれない。



それを阻止するのは、自分自身。



どうやら自分がここから逃げることはできないようだ。



稲荷の巧妙なやり口にため息を吐き出して「わかったよ。俺が俺を助ける。それでいいんだろう?」と、聞いた。



稲荷は満面の笑みを見せて、うなづいたのだった。



この世界の電車はあらゆる場所を通っている。



上り線下り線以外に、地下線、上空線などがあり東京の駅よりも更に複雑になっていた。



稲荷の案内がなければ約束の踏み切りにたどり着くことはできなかったと思う。



こちらの世界の良介が約束場所に指定されたのは、学校の近くの踏み切りだった。



空中を這うようにして作られている線路は端が見えないくらい遠くまで伸びている。



「こんな町にいて、よく迷子にならないな」



前を歩く稲荷へ向けて良介は本気で関心して言った。



「慣れよ、慣れ。この町で生まれて何百年も何千年も暮らしているんだもの。もう自分の家の庭みたいなものよ」



稲荷は振り向いて自信満々に言って見せた。



「何千年って……」



「当たり前でしょう? 私は稲荷なんだから」



目を丸くした良介に、稲荷は当然のように言い放った。

 


そうか、稲荷は最上稲荷と同じだけの時間を生きているということか。



それじゃ俺の大先輩じゃないか。



年下の女の子の外見をしているから、つい年下扱いしそうになってしまう。



「ここら辺で待ってみましょう」



「学校の近くには公園や広間がある。今まではそこで遊ぶことが多かったみたいなのに、どうして今日は踏み切りなんかに」



そう言われれば、学校帰りの約束場所としては少し妙かもしれない。



学校の近くの公園からここに来るまで歩いて10分はかかった。



そんなところで待ち合わせをするよりは、学校が終わってすぐ集合してそのまま遊びに行ったほうが早い。



「嫌な予感がする」



良介は呟いた。



そして、嫌な予感とは当たるものだと祖母が言っていたことを思い出していた。



「念のためにこれを」



そう言って稲荷が差し出してきたのはキツネのお面だった。



縁日なんかでよく見かけるやつだ。



「自分と鉢合わせするのを防ぐためよ」



そう言えば、鉢合わせしてしまうと世界が壊れてしまうんだっけ。



お面をかぶって誰だかわからなくすれば大丈夫みたいだ。



「ありがとう」



俺はキツネのお面をありがたく受け取り、視線を道路へと戻した。



今立っている道路もビルからビルにまたがるように、空中にかけられているものだ。



自分の世界で言う橋のような道があちこちにかかっている。



見るものすべてが新鮮だったが、犬を散歩されている人とか、公園でグランドゴルフをしている老人とか、ベランダの洗濯物は何一つ違わない。



基本的な生活は同じなのだということがわかった。



こっちの世界の自分はどこの部屋に暮らしているんだろう?



ふと、興味が沸いた。



こっちの世界では学校や博物館と言った大きな建物以外はすべてビルの中に入っているようなので、良介の家族もビルのどこかに暮らしているはずだ。



お父さんもお母さんも、それからおばあちゃんも。



こっちの世界ではどんな風になってるんだろう?



1度見てみたいかも。



そう思ったときだった。



「来たわ」



稲荷に言われて我に返った。



植木の隙間から確認してみると道路の置くからとぼとぼと1人で歩いてくる自分の姿を見つけた。



念のために良介はキツネのお面をかぶった。



イジメから助けるということは、目の前に飛び出していくこともあるかもしれない。



こちらの世界の自分は背中を丸め、ランドセルがとても重たそうに見える歩き方をしている。



もう少し背中を伸ばして歩けないのかと、見ていてガッカリしてしまいそうになるが、それもこれもイジメが原因のはずだ。



その原因を突き止めてとめさせるのが自分の役目。



良介は気を取り直すように大きく息を吸い込んだ。

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