第5話

そっか、こっちの世界でも自分の担任の先生になってくれていたんだ。



そのことが嬉しくて、自然と笑顔になった。



「先生ばかり見ていても、解決しないわよ?」



稲荷にわき腹をつついて言われて、我に返った。



そうだった。



まずは自分を見つけて、どんな状況にいるのか把握しなきゃいけない。



それでもしばらくこっちの世界の先生に見とれてから、他の生徒たちへ視線を移動させた。



クラスの中には知らない顔も多くいたけれど、その中に自分と英也と大輝の姿を見つけることができた。



3人で固まってドッヂボールのボールから逃げているところは、変わりない。



「なんだ、別にかわったところはないじゃん」



こっちの自分はやっぱり英也と大輝の2人と一番仲がいいみたいだ。



さっきからずっと一緒に走り回っていて、何度もボールの標的にされている。



ドッヂボールは固まって逃げている生徒のほうが狙いやすいからだ。



「しっかり見て」



稲荷に言われてよく観察していると、3人の雰囲気が少しだけ違うのがわかってきた。



3人で固まって逃げているように見えるけれど、2人が良介の後ろに隠れるようにして移動している。



良介が2人から離れようとすると、それを許さないように腕を引かれ、盾にされている。



それを見て良介は眉を寄せた。



なんだろう、なんだかすごく嫌な予感がする。



胸にモヤモヤとした言いようのない感情が浮かんできて、服の上から自分の胸を押さえた。



自分の世界でもドッヂボールはしているけれど、盾にされたことなんて1度もない。



やがて体育の授業は終わり、先生の合図で教室へ戻っていく。



モヤモヤとした気持ちになっただけで、決定的ななにかを見つけることはできなかった。



生徒たちはみんな教室に入ってしまうから、自分のことを観察することもできない。



結局なにもわからなかったか……。



そう思って落胆しかけたときだった。



「おい、放課後踏み切りに来い」



それは英也の声だった。



聞こえてきた声に良介は息を飲んでいた。



こっちの自分へ向けられたその言葉はとても冷たくて、友達へ対するものではないと瞬時に理解できたからだ。



聞いているだけでも全身に緊張が走り、拳に汗が滲んだ。



英也に声をかけられてこちらの良介はビクリと肩を震わせ、青ざめている。



「おい、返事くらいしろよ」



英也は拳で良助の肩を殴る。



良介が痛そうな表情を浮かべたが、それも意に介していない様子だ。



そんなの断っちまえよ!



怖いんだろ!?



良介は心の中でこっちの自分に話かける。



しかし、その気持ちは届くことがなかった。



「わ、わかったよ」



明らかにおびえていて顔色も悪いのに、拒否することができないのだ。



震える声で答えてうなづいている自分を見て、良介は愕然とした。



どう見ても嫌がっているのに、それを口に出すこともできないなんて。



良介と英也たちの関係はこんなものじゃなかった。



嫌なものは嫌だと、ちゃんと言える関係だった。



大輝はそんな2人を見て粘つく笑みを浮かべている。



こちらの自分を助けようとしない大樹に胸の奥がムカムカしてきた。



一歩踏み出して文句を言ってやろうと思ったが、右手を稲荷に掴まれてしまった。



振り向くと稲荷が険しい表情で左右に首を振った。



その間に3人は校舎へと戻って行ってしまった。



チッ。



心の中で舌打ちをして、大きく息を吐き出す。



「行こう」



稲荷が小さな声でそう言い、良介の手を掴んだまま、歩き出したのだった。


☆☆☆


「俺はイジメられてるんだな」



学校の近くの公園のベンチに座り、良介は稲荷へ聞いた。



「えぇ……」



稲荷は気まずそうに良介から視線を外す。



まだ学校が終わっていない公園はひと気がなくて、寒々しさを感じた。



滑り台に砂場にブランコ。



誰も使っていない遊具は、自分の世界でも見覚えのあるものばかりだ。



「どうしてイジメられてるんだ?」



その質問に稲荷はうつむいたまま左右に首を振った。



「最近まで仲がよかったはずなのに、どうしてこうなったのかわからないの」



「じゃあ、稲荷が言ってた、こっちの俺がピンチっていうのはイジメのこと?」



「えぇ」



稲荷はようやく顔を上げてうなづいた。



幼い顔立ちをしているのに、やけに大人びて見えてドキッとする。



「そっか……」



良介はイジメられていた自分の姿を思い出して胸が痛くなった。



もしも自分が同じようなことをされたら?



想像しようと思ったけれど、まさか、そんなことあるはずない。という気持ちが先立ってしまってうまくいかなかった。



英也も大輝も友達だ。



とても想像できないことだった。



これ以上考えたら余計に胸が痛くなりそうだったので、話題を変えることにした。



放課後踏み切りへ行けばこっちの世界の自分たちにまた会えるのだから。



「それにしても、どうして稲荷はそんなに俺のことを気にかけてくれるんだ?」



イジメられている子はきっと他にも沢山いる。



特にこちらの世界は子供数が多そうだから、その分問題も増えることだろう。



その質問に稲荷はパッと顔を上げて明るい笑顔を見せた。



「こっちの世界のあなたは、いつも私にお稲荷さんを持ってきてくれるの。あなたは違うの?」



首をかしげて質問されて、良介は「あっ」と、呟いた。



確かに良介は最上稲荷へのお供えものを頻繁にしていた。

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