第3話

でも、そうやってのぼりつめた先で見た景色は最高だった。



「まさか、奥の院まで行くわけじゃないよね? 俺、友達がいるんだ。勝手な行動はできないからね」



奥の院へ続く道に入ってしまうと、2人が良介のことを見つけられなくなってしまう。



そうなっては困ると良介が必死で声をかけたとき、不意に目の前に小さな鳥居が見えた。



それは身長145センチの良介でも頭をぶつけてしまいそうなくらいに小さい鳥居だ。



危うくぶつかってしまいそうになって、慌てて足を止めた。



そして眉間にシワをギューっと寄せる。



「え?」



こんな鳥居あったっけ?



警戒する良介の手を、少女は更に強く握り締めた。



少し痛いくらいの力に良介は驚いて少女を見つめる。



そして良介より10センチは背が低い少女はそのまま鳥居をくぐってしまったのだ。



良介は腰をかがめ、不振に感じながらも同じように鳥居を潜り抜けた。



1月1日はとくににぎわう場所だ。



なにかあれば大声を出せばすぐに大人が助けにきてくれる。



すぐ隣を歩く人が手を差し伸べてくれる。



その思いが、良介から恐怖心を奪い取っていた。



そして、鳥居をくぐった目の前に現れた光景は……。



「なんだこれぇ!?」



良介は目を見開き、大きな声を上げてその場に棒立ちになっていた。



自分はついさっきまで最上稲荷にいたはずだ。



すぐ近くに黄金色に輝く仁王像が立っていて、そこから階段を上がっていけば参拝場がある……はずだった。



しかし今良介の目の前にあるのは見たことのない町の景色だった。



町は全体的に薄暗く、目の前には最上稲荷の本殿らしきものがある。



その本殿も良介が知っているものよりも少し形が色合いが違う。



長い参道も、奥の院へと続く山道もない。



ここにはぽつんと本殿だけが立っていて、周囲を飾る仁王像もなければ手水舎も拝殿もない。



こんな場所、良介は知らない。



背中に冷たい汗が流れ落ちていく。



ガタンゴトンと大きな音が聞こえてきて息を飲む。



一体なんの音だと頭上を見上げてみれば、空中に浮かぶように銀色の線路がかかっており、その上を電車が走り抜けて行った。



「電……車?」



線路はどこまでも続いているようで、先を確認することはできなかった。



「電車だけじゃなくて、バスも車もちゃんとあるわよ」



少女は自身に満ちた声で答える。



しかし良介にその言葉は聞こえていなかった。



建物はどれも背が高く、ビルが両側から迫ってきているように見える。



良介が立っている丘から下を見下ろして見れば、そこから更に下へ下へと町が続いている。



ビルとビルとつなぐ端や道路。



どこに続いているのかわからない、長い長い階段。



そのもっともっと下に、提灯がかかった店がある。



その下にはベランダに干してある服を見つけた。



どこまでもどこまでも、上にも下にも誰かの生活があるみたいだ。



あまりの高さにゴクリと唾を飲み込んで手すりから身を引いた。



「こ、ここは……」



さっきまで幽霊かもしれないと思っていた少女に、すがるように聞いた。



今頼れるのは青いワンピースの少女だけだ。



「ここはパラレルワールド。あなたが暮らしている町とは随分違うけどね」



青いワンピースを着た少女が手すりの上に立ち、言った。



「あ、危ないよ!」



良介があわてて両手を伸ばすと少女はふわりと丘の上に飛び降りた。



その様子にホッと胸を撫で下ろす。



少女は良介の様子を見て笑った。



からかわれているのだとわかり、良介は少しだけ頬を膨らませた。



それでも聞きたいことはまだ残っている。



「で、えっと。パラレル……?」



良介は首をかしげて話に戻った。



「そう。平行世界とも言われているの。さっきまであなたがいた世界と同じ世界が存在しているの」



「同じ世界?」



良介は首をかしげた。



この世界と自分の世界が同じだなんて到底思えない。



良介の疑問に答える前に、少女は大人のように肩をすくめて見せた。



「パラレルワールドはそれぞれ少しずつ違っているんだけれど、あなたが暮らす世界と、あたしが暮らしているこちらの世界は随分とズレが生じてしまっているみたい」



「そうみたいだね……」



少女の説明を聞きながら良介は眼下に見える町をもう1度見下ろした。



大きなビルとビル。



その間を縫うようにして走っている空中道路。



ときときビルから伸びるようにして公園や芝生の丘などもある。



今自分が立っている場所も、もしかしたらビルの屋上とかかもしれない。



まるでとても狭い区間に大きな町を作った結果、こうなったように見える。



こんな町、物語の中でしか見たことがなかった。



更に上を見上げてみると、まだまだ建物は上へと続いているのがわかった。



歩道橋があちこちにかかっていて、人が歩いているのも見える。



どのビルも窓から光が漏れていて、時間が気になった。



英也たちと合流したのは朝の11時ころだ。



それから1時間も経過していないはずだ。



「今、何時?」



「たぶん、お昼くらいよ。どうしたの? お腹減った?」



「いや、お腹は大丈夫」



答えて、太陽の光がここまで届かないのだとわかった。



その代わりなのか、丸い発光体があちこちに浮かんでいる。



「あれが太陽……」



呟くと、なんとなく切ない気分になった。



良介にとっては天気のいい日に太陽の下で走り回るのは当然のことだった。



でも、こっちの世界ではそれができないんだ。



ここが自分の暮らしている町の平行世界だなんて、誰も信じないだろう。



「それで、どうして俺はここに……」



いいながら少女へ視線を戻したとき、金色の髪の毛から大きな耳が生えていることに気がついて思わず飛びのいた。



青いワンピースからは尻尾も生えていて、それは黄金色をしている。



そう、まるでキツネみたいだ



どちらもフワリフワリとやわらかそうに動いている。



動いてって……まさか、本物!?



ギョッとして目を見開いていると、少女はいたずらっ子みたいな笑い方をした。



「すごいでしょう? これ、本物なのよ」



そう言って耳とピクピクと動かしてみせる。



「キ、キツネ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る