第2話
と思ったときにはすでに2人の姿は見えなくなっていた。
そんな、ずるい!
良介もすぐにわき道へ向かおうとするが、後ろを歩いていた若い女性から「ちょっと、ちゃんと歩いてよ」と文句を言われて、タイミングを失ってしまった。
これじゃ完全に良介の1人負けだ。
英也のやつ、最初からあっちの参堂を使うつもりだったな。
大輝のやつもうまく英也について行ってしまった。
さっきまで一番嫌そうな顔をしていたくせに、調子のいいやつだ。
面白くなくてチッと小さくしたうちをすれば、前を歩いていた男性が振り向いて睨んできた。
なんだよ、おもしろくないなぁ。
そう思っても、もう遅い。
良介の体は参拝客たちのよって邪魔され、横道へそれることもできずにのろのろと前へ進むしかなくなっていた。
これで俺の負けが確定だ。
ガックリと肩を落とす。
地面を見ると悲しそうに歩く自分の靴が見えた。
靴紐がほどけかけているが、少しずつでも進んでいるから立ち止まって直すことは難しい。
靴紐を直している間にまた後ろの女性から文句を言われるかもしれない。
踏まないように気をつけて歩かないといけない。
気をつけて下をみながら歩いていると、膝には昨日できたばかりの傷を治すための絆創膏が見えた。
12月最後の日だった昨日も良介は2人と遊んでいた。
昨日は雪が降ったから、3人で自転車を出して飛行機場へと向かったんだ。
最上稲荷もそうだけれど、飛行機場も3人の遊び場のひとつだった。
雪が降る中を飛び立つ飛行機を見に行こう!
そう言って自転車に飛び乗ったものの、途中の山道で派手にこけてしまったのだ。
そのとき英也と大輝は心配を口にしながらも、顔には笑みを浮かべていた。
自転車でこけてケガをすることは。すでにかっこ悪いことになっていた。
昨日の出来事を思い出していたときだった。
うつむく視界の中に素足が見えて思わず立ち止まった。
すぐに後ろから文句が飛んでくると思ったが、良介の横を女性がなにも言わずに追い越して行った。
人の流れで参道に少し余裕ができていたみたいだ。
良介は誰にも邪魔されず、その素足を不思議な気持ちで見つめた。
触れたらフワリとしていそうな、白い足。
ここまで歩いてきたはずなのに、少しも痛そうじゃない。
その足は境内へ向かう流れとは逆に向いていて、更に良介の目の前にあった。
おかしいな
俺の前を歩いていたのは男の人だったのに。
疑問に感じた良介が視界をあげると青い服が見えた。
それは透き通るような青で、しかしよく見ると奥のほうに宇宙が見えてくるような不思議な色合いをしていた。
スカートらしきそれを見て相手が女の子だと気がついた良介は、一気に顔を上げた。
その瞬間息が止まる。
透き通るような、それでいて宇宙のような深い色をしたワンピース。
そこから伸びている白い手足。
なぜか靴は履いていなくて、この真冬に半そで姿だ。
金色のふわりとやわらかそうな髪の毛は胸の下まで伸びていて、赤い唇が笑っていた。
少しも寒そうじゃないのが、また不思議だった。
行きかう人々は立ち止まっている少女にぶつかることなく歩いていく。
しかしその視線は少女に視点が合うことなく、その奥の参道を見ているようだった。
見えていない……?
一瞬背筋がゾクリと寒くなった。
良介のほうは時々誰かにぶつかられたり、邪魔だと舌打ちをされたりしている。
そんな中で平然と立って微笑みを浮かべているのは、やっぱり普通じゃない。
まさか、幽霊?
でも足はちゃんとついているみたいだし。
幽霊なんて見たことがないから、実際はこんなものなのかもしれない。
そんな風に思考をめぐらせていたとき、少女が赤い唇を開いた。
なにか言われる!
そう思って背筋が伸びて、体が緊張した。
「来て」
不意に少女が鈴の音のような声で言い、良介の腕を掴んでいた。
掴まれた腕に電流が走るような感覚がした。
でも実際に電流が走ったわけではなく、良介の中にそれほどの衝撃が走ったのだった。
「え、あの……」
咄嗟のことで反応できないままの良介を案内するように歩き出す。
少女の手はとても冷たくて、やはり幽霊なのではないかと、そればかりが気がかりだ。
「ちょっと、待って、うわっ!」
少女はまるでそこに人なんていないかのように、するすると合間を縫って移動する。
良介はそれについていくのがやっとだった。
何度も足をもつれされて転びそうになる。
しかし少女は立ち止まる気配も見せない。
ここで良介が転んだら、手をつないでいる少女まで巻き添えになってしまうと思い、必死で体勢を立て直す。
そしてあっという間に黄金色に輝く仁王増の前に到着していた。
良介は両膝に手を当てて大きく肩で呼吸をした。
いつものように参道ダッシュをしたわけじゃないのに、ひどく疲れて汗が滲んでいる。
手の甲で汗をぬぐい、英也と大輝の姿を探そうと周囲を見回してみるが、2人ともまだいない。
どうやら良介が一番最初に到着したみたいだ。
とうことは、2人が到着するまでこの少女と2人きり。
良介はゆっくりと視線を上げて、少女を見た。
少女は相変わらず微笑んでいて、少しも息を切らしていない。
「あ、あの、君は?」
勇気を出して質問してみたのだけれど、少女はそれに答えず再び良介の手を掴んで歩き出した。
立ち止まっているわけにもいかず、良介はしぶしぶ歩き出す。
狭い参道を抜けても人の多さは変わらない。
少し歩きやすいと感じる程度の境内を、目の前の少女に不振なまなざしを投げかけながら歩いていく。
少女は時々立ち止まって振り向くと「こっちよ」と、良介に声をかけてまた歩き出す。
「どこへ行くの?」
「向こうよ」
「向こうって?」
良介は首をかしげる。
最上稲荷の境内は広い。
英也たちと3人で奥の院まで行ってみたことがあるけれど、あれはまるで登山だった。
登っても登ってもたどり着くことができない。
途中までは参道ダッシュと同じように走っていたが、半ばまで行かずに全員力つきてしまった。
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