第14話 街道の大猪

 奇妙な鬼の少女を仲間に加えて、私たちは一度御狐領の街へと向かうことにした。

 香菜さんもついていきたそうだったけど今回はお断りしておきました。

 危ないしね?


「いやぁ、人の世界の道は久々だなぁ」


 私たちは特殊な結界に隠された鬼人族の村へ続く道を辿り人間さんたちが使う街道へと出ました。

 日ノ本の街道は結界が張られているので魔物や悪鬼が入りこむことはありません。

 ですが、時々壊れていることがあるので要注意だそうです。

 一応見た目で判別できるそうですけどね。


「にしても結構人間通ってるんだな」

「そうみたいですね。荷物運んでる人がいたり武装してる人がいたりして見ていて飽きないです」

「御狐領は結構栄えている土地でもありますからね」

「へぇ~」


 御狐領へと続く街道は土の道ではあるものの硬く整備されていて歩きやすいものでした。

 そういえば道路敷設支援とかで土の入った麻袋を敷いて、その上に土を被せて整えるという技法があったと聞きます。

 2000年代の地球ではアフリカなどで行われていたらしいです。

 おそらくそれに近い方法で整備しているのでしょう。


「今は個人の商人が多いようですが、大規模な商団が通るときは護衛の数も多くなりますので危険度はぐっと下がりますね」

「そういや普通の魔物や悪鬼狩りしてる連中は【風来人(ふうらいにん)】ってんだろ? 昔は素浪人とか言われてたらしいけどよ」

「【風来人】?」

「よくご存じですね。今荷物を背負って歩いている人の前を歩いているのが【風来人】です。革製の防具をつけて刀や槍を装備しているのが見えますか?」

「ん~?」


 私たちの目の前のちょっと先には確かにそのような二人組の男性がいました。

 なるほど、彼らが【風来人】ですか。


「なるほど」

「彼ら風来人にはいくつかの特権があります。まずは護衛中や依頼を受けている最中は関所を抜ける時には優先的に審査してくれます。その際関所にある【事務方】の事務所で依頼の報告や補給を受けることができます」

「ふむふむ」

「それと、街道の結界が壊れていて魔物が侵入した際の緊急対応で戦闘した場合、討滅した分の報奨金も受け取ることができるんです。この制度のおかげで戦乱が終わって太平の世となっても武芸者は仕事にあぶれることはなくなったというわけです」

「面白い雇用対策ですね」


 年齢は様々なんでしょうけど、そんな背景がある制度。

 彼らにとってはいい仕事なのかもしれません。

 そんなことを考えているとき、突然大きな声が聞こえてきたのでした。


「大猪だ!! 結界が攻撃されてる! 手を貸してくれ!!」


 見てみると複数人の【風来人】と思しき人たちが武器を抜いて小山ほどもありそうな大きさの猪と対峙していました。


「大猪だって!? そいつぁてえへんだ! おい、行くぞ!」

「商人さんすんません、少し待っててもらえますか」

「あいよ、気をつけていってきてくんねぇ」


 早速と言わんばかりに目の前のいた二人組も応援に駆け付けに行ってしまいました。

 残ったのは私たちと商人さん、それと数名の一般人と思われる人。

 さらに後ろからは馬に乗ったお役人さんと思しき人が駆けつけて来ています。


「者ども! 結界を守れい!! 討滅は【風来人】に任せよ!!」

「いけ! いけ!!」


 甲冑に身を包んだ人たちが数人、急いで結界石の周囲を取り囲みます。

 目と鼻の先には暴れる大猪。


「かー、こええ。俺たちで討伐できねえもんかな」

「無理に決まってんだろ? 【風来人】は【風来印(ふうらいいん)】を持ってるから倒せてるんだぜ」

「番所や関所の防衛隊にもくれてもいいのによ」

「代わりに俺たちには【防人印(さきもりいん)】があるだろ? そのおかげで結界があるうちは魔物の攻撃にも耐えられるし、関所近くなら倒すこともできるんだからよ」

「遠出して魔物を倒せるけど防御面の面倒は見てくれない【風来印】か範囲は限定的だけど攻守面倒を見てくれる【防人印】のどっちかかぁ」

「大名家の軍はまた別だろうけどな」

「この辺りの大名家というと悪鬼狩りの御狐家かぁ」


 駆けつけて来たお役人さんたちは関所を守る【防人(さきもり)】の人たちのようです。

 意外にも仕事が分かれているんですね。


「狐っ娘。そういえば名前名乗ってなかったな。オレは【御山楓(みやまかえで)】ってんだ」

「狐宮雛菊です」

「私はラティスと言います。改めてよろしくお願いします」

「おうよ。ところで物は相談なんだが、あの猪倒しに行っていいか?」


 そういえば私たち、まだ自己紹介していませんでしたね。

 でも自己紹介するに至った理由が理由だけに納得いかない感はありますが。


「でも私たちが討滅しても報酬はもらえませんよ? 彼らが山分けするだけです」

「それでもいいんだよ。オレは戦ってみてえんだ」

「仕方ありませんね。私も少しだけ手伝いますよ」

「ご主人様もやる気ですか。わかりました。ちょっと話してきます。ついてきてください」


 ラティスはそう言うと大猪との戦闘現場へと向かう。

 私たちも急いでその後を追います。


「誰か応援呼んで来い! おらぁ!!」

「盾持ちは前に出てくれ! 遠距離は飛んでくる破片にだけ気をつけろよ!」

「癒術師誰かいねえか!」


 現場はなかなか大変な様子でした。

 吹き飛ばされる盾持ちの人がいれば飛んでくる破片をよけ損ねてのたうち回る弓持ちの人。

 厚い皮に阻まれ刀や槍が通らない前衛の人、なかなか苦戦している様子です。


「【癒術】なら使えます。登録はまだなので報酬はいりません。3人で手を貸しますがいいですか?」

「おう。オレも登録はまだだが魔物の討滅なら任せろ。手貸すぜ」

「支援くらいならなんとかやれます」

「あ? 未登録で討滅? 鬼人か!? ありがてえ!!」


 未登録ということで怪訝な顔をされたものの、楓さんの角を見た刀持ちの人は喜んで迎えてくれました。


「小さい嬢ちゃんは髪色は変わってるがすごい力以ってそうな雰囲気があるな。後ろのさらに小さい嬢ちゃんは……狐人!? 狐人の支援なら百人力だ! ありがてえ!!」


 刀持ちの人は私たちを見るなり歓迎ムードです。

 そういえば私に限らず東方世界の狐人族は攻守共にいける万能種族です。

 単純な力こそ鬼人には劣りますが、人間と比べるとその差は歴然。


「鬼人の嬢ちゃんは大猪に攻撃通せるか?」

「あったりまえよ! 見せてやるよ!」


 楓さんは問いかけにそう答えると、どこからともなく六角形の金棒を取りだし、大猪へと突っ込んでいきました。

 そしてーー。


「おらあああ!! ぶっとべぶた野郎!!」

「ピギィイイイイイ!!!」


 大きなその鼻に金棒の一撃を加えるといとも容易く吹き飛ばしてしまいました。


「す、すげぇ……」

「おらおら、ピクピク痙攣してんじゃねえぞ! 立てやこらぁ!!」

「そしてこえええ……」


 闘志満々な楓さんの背後には蜃気楼のような揺らめきが見えます。

 鬼が戦闘態勢に入った証拠の闘気です。

 この状態になると、敵対者は鬼の威圧にさらされることになり戦闘力が大幅にダウンしてしまうのです。


「怪我をした人は今から癒しますね」

「あ、ありがてぇ」


 ラティスは怪我人の治療に当たっているようです。

 癒術という回復術を掛けられた人は感謝の言葉を口にしています。


「じゃあ私もっと。【来たれ。常世を守りし衛士】」


 私がそう唱え手を掲げると地面に黒い穴が現れます。

 するとそこから顔に白い布を付けた白装束の男性が現れました。

 手には美しく輝く刀を持っています。


「【御剣(みつるぎ)】、あの猪を切り伏せなさい」


 私がその白装束の男性にそう命じると恭しく一礼し、大猪に向かって跳躍しました。


「楓さん、そっちに私の配下が行きました! 巻き込まれないように注意してください!」

「あいよっと、おおう!? なんだこいつ!?」


 大猪前にいる楓さんをそのまま飛び越え、御剣の刀が転がって痙攣している大猪の首をすっぱりと斬り落としました。

 久々に呼び出しましたが腕前は衰えていないようで安心しました。


「すげぇ。なんなんだあの武士(もののふ)」

「ああも軽々と切り伏せちまうなんてただものじゃねえな……」


 背後にいる風来人からはそんな声が聞こえてきます。


「おい雛菊、あいつなんなんだ? オレの獲物をかっさらった挙句すっぱりと首を切り落としちまったぞ」


 私に駆け寄ってきた楓さんも驚いた様子です。


「彼は御剣。私の配下で常世の国の衛士ですよ。つまり死人です」

「は?」


 私の説明を聞いた楓さんは困惑した顔をしていました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る