第40話 閉店のお知らせ

 出演者(イメージ・キャスト)

  百地龍太郎(オーナー) 草彅 剛

  百地静子(テンチョウ) 仲間由紀恵 


龍太郎が店の出入り口のガラスドアーに、

 『閉店のお知らせ』

の貼紙をしている。


『平素は格別なるご愛顧を賜り厚くお礼申し上げます。さて、この度アミーゴ下町店は、都合により十二月一日午前七時をもちまして閉店させて頂きます。長い間ご利用頂きまして有り難う御座いました。当店閉店後はお近くのアミーゴをご利用頂きますよう宜しくお願い申し上げます』


貼り終えて、感慨無量の表情の龍太郎。


 龍太郎「・・・、よし! 終わった」


龍太郎が店に入ろうとすると、


 声 「オーナー!」


驚いて振り向く龍太郎。

と、・・・痩せ細ったパジャマ姿の木村が「微糖の缶コーヒー」を片手に立っている。


 龍太郎「おう、久しぶり」

 木村「・・・、オエ(俺)、もうここにコエ(来れ)ない」

 龍太郎「何?」

 木村「アヒタ(明日)、アヒ(足)を切る」


龍太郎は木村の突然の「その言葉」が理解出来ない。


 龍太郎「足を切る?」

 木村「そう。だからもう、会えない・・・」


龍太郎は木村の『足』を見る。

指先に包帯が何重にも巻いてある。

龍太郎は心配そうに、


 龍太郎「どうした?」

 木村「・・・腐った」

 龍太郎「クサった!?」

 木村「味噌付けてウ(いる)」

 龍太郎「ミソ!?」

 木村「そう。モカシ(昔)、ヒロポン打ち過ぎた」


夢遊病者の様な木村。


 龍太郎「ヒロポン?」

 木村「そう」


木村は少し寂(サミシ)しそうに、


 木村「糖尿!アヒタ(明日)、足をチョン切る。アカラ(だから)、もう、コエナイ(来れない)。・・・アバヨ(さようなら)」


木村はそう言い残し、缶コーヒーを片手に去って行く。

龍太郎は呆気に取られて木村の後ろ姿を見ている。

木村が缶コーヒーを飲みほし、路上に投げ捨てる。 


 音 「カラン、カラン、カラン」


町に乾いた音が響く。


龍太郎が事務所に戻って来る。

石田がロッカーをの中を片付けている。


 石田「今、木村が来てたでしょう」

 龍太郎「うん? ああ」

 石田「売り場に入らなかったっスね」

 龍太郎「うん」

 石田「最後の挨拶っスか」

 龍太郎「うん・・・」

 石田「本当スか?」

 龍太郎「木村はもう来れない」

 石田「来れない? 何スか? それ」

 龍太郎「明日、足を切るらしい」

 石田「え??・・・。指、ツメルんじゃないンすか?」


 龍太郎は寝床代わりに使っていたダンボールをたたみ始める。

石田は静かにロッカーの扉を閉めながら


 石田「・・・オーナー、この店本当に無くなっちゃうんスか?」

 龍太郎「うん」

 石田「オーナーと店長は、この後(アト)どうするんスか?」

 龍太郎「そうだなあ。農業でもやるか」

 石田「ノウギョウ? 百姓っスか!」

 龍太郎「うん」

 石田「シブイっスね」

 龍太郎「この店で随分たくさん弁当やオムスビを捨てて来たからな。罪滅ぼしでもしないとな」

 石田「どこでやるんスか?」

 龍太郎「そうだなあ~、・・・どこか遠い島でも行くか」

 石田「シマ?」


龍太郎が机の上の「書類ケース」の引き出しを開ける。

ケースの中から『白い封筒』を見つける。


 龍太郎「うん? 何だこれ。・・・有賀良子、ああ、これは!」

 石田「誰っスか? 有賀良子って」


そこに静子が、おでんの鍋を持って事務所に入って来る。


 静子「このおでんの鍋って何かに使えそうね」


龍太郎は静子に封筒を見せる。


 龍太郎「店長! ・・・これ」

 静子「あッ! 忘れた」

 龍太郎「なんだよ~、可哀想に」

 石田「何スか、その手紙?」


龍太郎は机の上に封筒を置いて、


 龍太郎「有賀くんの姉(ネエ)さんだ」

 石田「有賀の姉さんて、あの蒸発した有賀っスか?」

 龍太郎「そう」

 石田「ヤバイ手紙じゃないスか?」

 龍太郎「そうかな?」

 石田「開けてみましょうか」

 静子「だめよ。そう云う事は犯罪よ」


石田は机の上の封筒を取る。


 石田「あれ? これ口が開いてるジャン」


龍太郎は驚いて、


 龍太郎「え! 誰が開けたんだろう?」

 石田「夜勤っスよ、きっと」

 龍太郎「ダメだなあ、ッたく」

 石田「誰か先に読んでんだから犯罪じゃないっスよ」


石田は封筒から便箋を取り出す。


 龍太郎「あッ!」


石田は便箋を広げ、読み始める。


 石田『ゼンリャク!ヒロシへ。十二日にも来たんだけど、おらんかったね。足の怪我は順調に治っとんの。風呂はどうしとる。父ちゃんから博にって、内緒で五万円送って来たけん、渡そう思って。父ちゃん、ああ見えてもお前んこつ、いっちょん心配しとるよ。たまには、電話くらいしてやらにゃいけんよ。姉ちゃんは来月嫁に行くけん。姉ちゃん、お前んこつが心配でならんたい。今度、出て来たら絶対にクスリなんかに手を出したらいけんよ。もし、そげな事ばしたら、姉ちゃんはアンタに代わって死ぬけんね。皆は博んこつ親不孝もんち言うちょるが、姉ちゃんだけはアンタの見方よ。牢屋に入っても、姉ちゃんや父ちゃんに手紙ば書くんよ。姉ちゃんいつでも会いに行ってやるけんね。父ちゃんは、あげなカラダに成ってしもうたけど、アタマだけはしっかりしとる。二度と父ちゃんに心配掛けるような事をしたらいかんばい。この手紙ば読んだら必ず姉ちゃんに電話くれるように。身体に充分気をつけて、風邪をひかないようにね。じゃ、良子』。あ~あ、やっと読めた。どこの言葉っスかこれは?」


龍太郎は目に涙を溜めながら、


 龍太郎「博多弁たい」


石田は怪訝な顔で龍太郎を見て、


 石田「? 泣いてんスか」

 龍太郎「いや・・・」

 石田「随分、ンて言葉が入ってますね。で、何スか、このクスリっちゅうのは?」

 龍太郎「クスリ? あ、それは・・・」


すると石田が最後の一枚の便箋を見て、


 石田「あれ? ここにも何か書いてある。読みます!『追伸 郵便局の口座に十二日付けで、五万円入れた。大切に使いなさい』」


石田は龍太郎を見て、


 石田「何だ、これだけ? 以上!」


龍太郎は俯いて一言も喋れない。

静子は涙を拭きながら、


 静子「イッちゃん、読むのが上手ね」


龍太郎はあの時の事を思い出し、コブシを握りしめ、


 龍太郎「ヒロシもバカなヤツだ。もう少し早くこの店で会えていたら、俺がアイツの人生を変えてやったのに」


石田は二人の感激度に、


 石田「そ~すか? アタシってそんなに読むのが上手いスか? で、このクスリって?」


静子は急いで取り繕って、


 静子「あ、クスリね! あれは有賀くん、風邪薬飲み過ぎて肝臓壊したの」


石田は驚いて、


 石田「ええ! それで突然店に来なくなったんスか? 林から聞いたんスけど、有賀サン、女にフラレて蒸発したって言ってましたよ。それが何で『牢屋(ロウヤ)』なんスか?」


龍太郎は石田から便箋を取り上げ、


 龍太郎「ああ、ここの行(クダリ)ね。これは前後の文章から察するに、牢屋じゃなくって病院だな。間違えたんだろう、多分」

 石田「タブン? そ~すか。しかしヤバイくないっスか? この間違。・・・クスリって怖いっスね」

 静子「怖いわよ。イッちゃんも飲み過ぎには充分、気を付けてね」

 石田「え?・・・ハイ」


静子は龍太郎を見て、


 静子「その手紙どうしましょう」

 龍太郎「ええ? どうしょうって言っても・・・、アイツは入(ハイ)ちゃってるしなあ」

石田は驚いて、


 石田「ハイってる?」


石田は合点の行かない顔で二人を見て居る。

                     つづく


 *ヒロポン(メタンフェタミン)昔の「覚せい剤」である。

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