第41話 杉浦が・・・

 出演者(イメージ・キャスト)

  百地龍太郎(オーナー) 草彅 剛

  百地静子(テンチョウ) 仲間由紀恵 


外もだいぶ暗くなってくる。


散らかった店内に突然ドアーチャイムが鳴る。


 音 「ピンポ~ン、ピンポ~ン」


素足に運動靴を履いた、みすぼらしい男が店の出入り口に立っている。

静子は売り場の床に這いつくばり、カウンターの下に「落し物」が無いかと覗(ノゾ)いている。

カウンターの下から運動靴を見て、


 静子「・・・あ、すいません。今日はお店、お休みなんですよ」


静子が顔を上げる。


 静子「? あ、杉浦クン! 杉浦クンじゃないの」

 杉浦「店長、ご無沙汰しています」

 静子「そうよ。本当に、ご無沙汰よ。あ、ちょっと待って。今、オーナーを呼んで来るから」


 事務所では石田が辞めて行ったアルバイト達の「ネームプレート」を机の上に並べて、懐かしそうに輪ゴムでまとめている。

静子が事務所を覗いて、


 静子「あら? オーナーは」

 石田「トイレに入ってます」

 静子「あ、そう。あ! 杉浦クンが来てるわよ」


石田は驚いて、


 石田「えッ! マジっスか?」


石田が急いで売り場に出て行く。

静子はトイレの中の龍太郎に、


 静子「アンタ! 杉浦クンが来てるわよ」


トイレの中から水を流す音が。

龍太郎が急いで出てくる。


 龍太郎「ええ? 杉浦が? そう・・・」


龍太郎はハンカチで手を拭きながら売り場に出て行く。


 龍太郎「よ~お、杉浦クン」

 杉浦「オーナー、お久しぶりです」

 龍太郎「久しぶりじゃないよ。みんな心配していたんだぞ」

 静子「そうよ、まったく~。突然居なくなっちゃうんだもの。元気でやってるの?」

 杉浦「大丈夫です。このとおり! 元気です」


石田は冴(サ)えない姿の杉浦を見て、


 石田「杉浦サン、今、何やってんスか?」

 杉浦「池袋のパチンコ屋で働いているんだ」


龍太郎はアルバイト達の噂で、何となく杉浦の居場所は分かっていた。


 龍太郎「やっぱりパチンコ屋か。おフクロさん心配してたぞ」

 静子「そうよ、まったく」

 杉浦「おフクロには時々連絡してます」

 静子「本当?」


龍太郎は杉浦の身体を見て、


 龍太郎「オマエ、少し痩せたな」

 杉浦「そうですか? そう言えば四キロ位痩せたかな」


石田は昔、杉浦のパチンコ仲間だった吉村の事を思い出し、


 石田「あ、吉村サンが会いたがってたっスよ」

 杉浦「吉村か。懐かしいな。でも、もう居ないんでしょう。就職したって、聞きましたよ」

 静子「そうよ。吉村クン、地下鉄の運転手やってるわよ。あの頃の人達みんな立派に成っちゃったわよ」


杉浦は淋しげに、


 杉浦「だろうなあ・・・」

 龍太郎「あ! そうだ。オマエの給料! まだ預かっているぞ」


杉浦の顔色が変わる。


 杉浦「ですよね。実は、それを貰いに来たんです」

 龍太郎「なんだ、そうだったのか。連絡が取れたなら俺が持って行ってやったのに。オマエがどうしてるか心配でな。ちょっと待ってな。今、持って来るから」


龍太郎は事務所に入って行く。


 静子「で、杉浦クンは今、どこに住んでるの?」

 杉浦「パチンコ屋の寮です」

 静子「パチンコ屋の寮? アンタずっとそんな生活するつもり?」

 杉浦「そんな。もうそろそろ辞めます。就職も決まった事だし」


杉浦は強がっている。

静子は杉浦の性格は知り尽くしている。

龍太郎が事務所から給料袋を持って出て来る。


 龍太郎「おお、お待たせ! 三日分と残業代。二万九千六百五十円。はい!」


龍太郎が杉浦に袋を渡す。


 龍太郎「開けて確かめてくれ」

 杉浦「はい。じゃ、失礼して・・・」


杉浦が渡された袋を開け、明細を見て札と小銭を確かめる。


 杉浦「はい。確かに」


袋を二つ折りにし、汚れたズボンの尻ポケットに入れる杉浦。


 杉浦「・・・オーナー、何か手伝う事は有りませんか?」

 龍太郎「残念だけどもう無いな。この店は、閉店なんだ」

 杉浦「みたいですね。入り口のドアーの貼り紙を見ました」


龍太郎は杉浦の顔を見て、


 杉浦「オマエ頑張れよ。良い男なんだから」


杉浦のはその一言で急に俯き、唇を噛みしめて涙をこらえる。


 杉浦「・・・すいません」

 龍太郎「いいよ。もう昔の事だ。オマエが辞めてからいろんなヤツが入って来たぞ」

 杉浦「でしょうね」

 静子「本当に良い思い出だったわ。杉浦クンもこの店の思い出、大切にしてね。もう無くなっちゃうんだから」

 杉浦「え! 無くなっちゃうって?」

 静子「そう。壊して、ホテルに成っちゃうの」

 杉浦「そうなんですか・・・。はい、大切にします。有り難う御座いました。じゃ」


杉浦が店を出ようとすると龍太郎が、


 龍太郎「杉浦クン!」

 杉浦「はい」

 龍太郎「これ・・・少ないけれど、餞別だ。靴でも買いな」


杉浦は龍太郎の気持ちに驚いて、


 杉浦「オーナー、それは貰えません」

 龍太郎「いいから持って行け。この店で会ったのも何かの縁じゃないか。パチンコなんかで使っちゃうんじゃないぞ」


龍太郎はティシュに包んだ餞別を無理やり杉浦の手に握らせる。

杉浦は龍太郎と初めて交わしたあの時の、あの暖かい『指切り』を思い出し、小指を差しだす。


 杉浦「オーナー・・・」

 龍太郎「おう。そうだったな」


龍太郎は小指を立て杉浦の小指にシッカリとからます。


 杉浦「有り難う御座います」


龍太郎は杉浦の目を見て、


 龍太郎「良いんだよ」


杉浦は俯きながら店を出て行く。

龍太郎と静子、石田の三人が表に出て杉浦の最後の姿を見送る。

龍太郎は杉浦の痩せた背中に、


 龍太郎「杉浦クン!」


杉浦が振り向き、


 杉浦「ハイ!」

 龍太郎「またお越しくださいませ!」


と深く頭を下げる。

杉浦は堪えていた涙が溢れ出す。


 杉浦「・・・有り難うございました」


杉浦は龍太郎と静子、石田に深々と一礼して去って行く。

石田は大粒の涙が止めどなく溢れ、店の中を走って事務所に行ってしまう。


 事務所で荷物を整理して居る石田。

龍太郎が机の引き出しを開け、古い書類をシュレッターにかけている。

石田が、


 石田「・・・オーナーってヤッパ良い男っスね」 

 龍太郎「なんだ、突然」

 石田「すッごく感動しました。最初に会った時からどっか違うなと思っていたんスけど。・・・うん。ヤッパ、尊敬します。オーナー、またこの近くで店やりましょうよ。アタシ、オーナーとならず~とついて行けます」

 龍太郎「そうか? でも俺は商売なんか向いてないよ」

                     最終回に つづく

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