第39話 中井くん

 出演者(イメージ・キャスト)

  百地龍太郎(オーナー) 草彅 剛

  百地静子(テンチョウ) 仲間由紀恵  


 龍太郎は今日も事務所で静子に気合を入れられている。


 静子「アンタがしっかりしないから、この店もだらしなくなっちゃうのよ。分かるでしょ」


静子は龍太郎にアタり散らしている。


 龍太郎「分かってるよ・・・」

 静子「ッたく。腹が立つわ」


怒りながら事務所を出て行く静子。

一人になった龍太郎。


 龍太郎「あ~あ、嫌だ嫌だ。こんな商売、ホントウにイヤだ」


龍太郎は「独り言」を言いながらストコンで商品を発注している。

すると、また疲労と心労で『睡魔』が襲って来る。

暫くすると、静子が発注台帳を取りに事務所に戻って来る。


 静子「? あ! また寝てる。あんた! アンタ!」

 龍太郎「うん? あ、つい考え事をしてしまった。ごめん、ゴメン」

 静子「なに言ってんの。この前みたいな発注ミス、しないでよ」

 龍太郎「この前?」

 静子「オニギリッ!」

 龍太郎「オニギリ? ああ、鮭の。あれはビックリしたな。鮭が七、昆布六って入力したつもりが、鮭七六って打ち込んだヤツね。あんな事も有るんだなあ。ハハハ」

 静子「笑ってる場合ですか」

 龍太郎「スイマセン! しかし、あんなにオニギリが来るなんて。俺、オニギリに追いかけられる夢を見ちゃたよ」

 静子「アンタ、本当に極楽トンボね。あの後、アタシがどれだけ苦労した事か」

 龍太郎「いや~、俺はシーさんが居なくてはダメだ」

静子「なに言ってんの! しっかり個数確認して下さいね」


龍太郎は静子のその一言で「理性のバランス」が音を立てて崩れて行く。


 龍太郎「ウルサイ! 俺はもう限界だ。ロボットじゃないんだぞ! こんな訳の分からない商売なんてやってられるか! ハエだ、万引きだ、ピンボケ老人に、人質強盗。それに先月は『お目見え強盗』。挙句のはてには覚せい剤事件。この次はいったい何だ! 自分の時間も作れない、ゆっくり考えようと思っても疲れが先っ立って寝てしまう。懲役食らった方がよっぽどマシだ。俺は明日から店には来ないからな。オマエ一人でヤレ!」


静子も思い詰めたものをここぞとばかりに吐きだす。


 静子「? 何言ってんの。アンタは一つの仕事をやり遂げた事あるの? ちょっと落ち着いたかと思ったら直ぐ辞めちゃう。自分がいつも正しいと思って居る。ここに来るお客さん達をよ~く見なさい。皆それなりに精一杯生きてるのよ。そう云う人達が、・・・こんな店だけど、この店を頼りにして来るんじゃない。アンタだって少しは頼りにされているのよ。バイトの子達だって、ああ見えてもアンタの事が好きで、アンタを信じて付いて来てるんじゃない。情け無い、ッたく!」


静子はこらえていた涙が目から溢れ出て来る。


 龍太郎「うるさい! 俺はこの店に居ると気が変になる。俺はオレの道を行く」

 静子「そう。行ってらっしゃい」

 龍太郎「? 良いんだな。こんな仕事もオマエも大嫌いだ!」

 静子「じゃ、別れましょう」

 龍太郎「なにッ!」


騒がしい事務所をそっと覗く石田。


 石田「あの~・・・」


静子は石田をきつい目で睨みて、


 静子「何!」

 石田「あッ、いや。今、咲子の妹が荷物を取りに来てるんですけど」

 静子「咲子の妹? うちは洗濯物の一時預かり所じゃない!って言っときなさい!」


静子が怒鳴る。


 石田「・・・ハイ」


静子は「咲子の忘れ物」と書いてあるダンボール箱をロッカーの上から引きずり下ろす。


 静子「何でアタシがこんな事しなくっちゃいけないの。どうしてこの店は『変な客』しか来ないんでしょうね。もうッ!」


龍太郎は、静子の咲子婆さんの洗濯物をたたんでいる姿を見て、


 龍太郎「ああ、嫌だイヤだ。もう俺はダメだ! ちょっと外に出て来る」


龍太郎は事務所を飛び出て行く。

静子はそれを見て、


 静子「公園に行くの?」

 龍太郎「うるさいッ!」

 静子「明日は新商品の展示会ですからね!」

 龍太郎「わかってる。バカッ!」


龍太郎の声が店内に響く。


 公園で落ちこぼれの少年達が集まってサッカーをやっている。


「吉松のブルーテント」の中が賑やかである。

テントの中では龍太郎と吉松、それともう一人の『仲間?』が楽しそうに缶詰めをつつき合っている。


 龍太郎「ヨッさん達は良いよなあ」

 吉松「ハハハハ、そうかなあ。でもよ~、見た目にはそう見えるが、こう云う生活もこれはこれで大変なんだぜ」

 龍太郎「そ~お?」

 吉松「そうだよ。ワシ等は明日なんて無いんだ。今日一日、精一杯生きるだけだ」


吉松はテントの中に作った「床の間」を指差し、


 吉松「あれが、ワシ等の座右の銘だ」


龍太郎は吉松のユビを指した方を見る。

良く整理された「床の間?」である。

そこにはこのテント小屋には不似合いな「掛け軸」が掛っている。


 龍太郎「え?『一球入魂』・・・ほ~う」


と龍太郎が感心する。


 吉松「あれは今年の正月、皆で相談して気合入れて書いたんだ。なあ、中井くん」


すると、段ボールに寄り掛かって片膝(カタヒザ)を立てて座っている男(中井)。


 中井「です~」


よく店に納豆とシラスを買いに来る男である。

中井は「栃木訛り」である。


 龍太郎「書初めですか」

 吉松「そう。お、そうだ! 今度、この中井くんが念願叶って待望のサラリーマンに成るんだ。アンタも祝ってやってくれないか」


龍太郎は驚いて、


 龍太郎「ええ! 就職が決まった? そりゃあメデタイや。で、中井さんも例の『派遣切り』の残党ですか?」

 中井「ハケンギリ? あ〜。まあ、です~」

 龍太郎「どんな仕事やってたんですか?」

 中井「え?・・・築地で・・・、魚屋です」

 龍太郎「サカナ屋?」


中井は俯いてしまう。

吉松さんが、


 吉松「もう聞かんといてやれや。なあ、中井くん。中井くんは精一杯やったんだ。ハローワークにだって百八回も通ってやっとこの幸運を勝ち取ったんだぞ」


吉松は掛け軸の隣のカレンダーを見る。

龍太郎もつられて、カレンダーを見る。

中井がボソッと一言。


 中井「・・・母親が病気なもんで薬代が」

 龍太郎「ビョウキ?・・・そうですかあ・・・」


と龍太郎は中井を見詰める。

カレンダーには、

「ハロ」・「面」・「×」 、「ハロ」・「面」・「×」、「ハロ」・「面」・「×」・・・。

と無数に書いてある。


 吉松「見ろあれ。百八回だぞ。除夜の鐘じゃあるまいし、なあ。思い出すなあ、君と最初に出合った時の事・・・」


中井は思わず目に涙が。


 吉松「あれはこの公園だった。そこの教会主催の第三百回目の炊き出しパーティーの時だったな」

 中井「・・・です~」

 吉松「君は、確か一番最後に並ん居たんだ」

 中井「です、です~」

 吉松「そして、あの日は君の所まで炊き出しが回らなかったんだっけか?」

 中井「ああ。です、です・・・」

 吉松「ワシはそれを見て、あんまり可哀想なんでこのハウスに呼んだ。なッ?」


中井は黙ってしまう。


 吉松「で、サバの缶詰めと焼酎、メシをご馳走して・・・だっけ?」


中井は俯いて目に涙。


 中井「・・・です」

 吉松「いろんな事が遭(ア)ったなあ」

 中井「はい。です・・・」

 吉松「それが、来週から花のサラリーマンだ。七倍だぞ! 七倍もの難関を通る強運が中井くんにはまだ残っていたんだ。あん時は君の前で炊き出しが切れてしまった。が、神父の言う『神は見捨てたもんじゃない』な。姿、形じゃないって言ってんだよ。希望を持つッ! なあ、中井くん」


と吉松さんが中井の肩を力強く叩く。

中井は急に元気を取り戻し、


 中井「です。・・・です!」


吉松は酔っている。


 吉松「飲めッ! 社長。今日はアンタとゆっくり呑みたい」


と吉松は龍太郎に紙コップを突き出す。


 龍太郎「いや、今日は。この後(アト)、夜勤なんですよ」

 吉松「夜勤? あんな恐ろしい仕事をまだ続けて行くつもりか、キミは!」

 龍太郎「いや、まあ、それは・・・。で、そうですか。それはメデタイ」


中井を見る龍太郎。


 龍太郎「で、今度はどんな仕事を?」


中井はハニカミながら、


 中井「清掃業務です」

 龍太郎「清掃?」

 中井「はい。浅草寺の草取りと参道のゴミ収集です」

 龍太郎「浅草寺の草取り?」

龍太郎は驚ぎ、缶詰めの鮭を喉に詰まらせる。


 龍太郎「ゴホ! え、ええ?」


龍太郎は五年前の『失業時代』の事が急に頭を過ぎる。

吉松が突然、龍太郎を見詰め、


 吉松「ところでヨ、アンタん所(トコ)の店の近くにホテルが建つって云うのは本当かい」

その一言に驚く龍太郎。


 「ホテル?」

 「なんだ、聞いてないのか。町内の人は皆知っているぞ。隣りの米屋も立ち退きだってよ」

龍太郎が驚き、


 龍太郎「えッ!」

                     つづく


 *お目見え強盗(警察用語)

内側から職員、社員、アルバイトに成りすまし職場に入り込み金庫やレジ、ロッカー等から金品を盗み取って行く詐欺強盗」である。

亀戸店や港区のコンビニ、その他のコンビニから合計八百万もの金を盗んで「高輪署より指名手配犯」が『この店』で逮捕された。龍太郎は高輪警察署から表彰状の授与連絡が入るが、店が忙しく出席出来ず。やむを得ず、高輪署の捜査課長がこの店まで「表彰状」を持参。龍太郎は片手で受け取って、カウンターの隅に置き忘れていた。二ヶ月後、林が「忘れ物」と言って龍太郎にこの表彰状を渡す。


 *中井伸二

痩せて背が高く、どことなく『エグザエルのメンバー』の様な男。

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