第36話 末期高齢者の犯罪

 出演者(イメージ・キャスト)

  百地龍太郎(オーナー) 草彅 剛

  百地静子(テンチョウ) 仲間由紀恵 


 人間あんまり忙しいのも「ナン」である。

二十四時間、三百六十五日休み無し。


龍太郎が事務所で発注をしている。

ストコンに向って深いため息を吐き。


 「あ~あ。・・・懲役(チョウエキ)の方がマシだ~」


 それは、ある昼下がり事であった。


 具流氏がいつもの様に週刊誌を立ち読みしている。


静子はレジカウンターを拭いて居る。

石田がバラバラになった雑誌を整理している。


そこに、いつもきまって「この時間」に店にやって来る、身なりの整った『白髪の老紳士』。


 静子「いらっしゃいませー」


老紳士はいつものように紙袋を手に奥の「チルドコナー」に向かう。

静子は以前からこの老紳士がどうしても気に成ってしょうがない。


 静子「イッちゃん! ちょっと」

 石田「は~い」

 静子「悪いけど、レジ見てて」

 石田「え? どうかしたんスか」

 静子「うん? ちょっと・・・」


静子はバックルームに入って行く。

マジックミラーに貼り付いて、老紳士を観ている静子。

老紳士は「紙袋」を床に置く。

いつもの『漬物』を、いつもの様に一つ右手に取る老紳士。

そしていつもの様に、もう一つを左手に。

暫らく見比べて、一つを元の場所に戻す。

老紳士は漬物の一つを持ってカウンターに向かう。

静子は勘違いかと売り場に出て、もう一度その老紳士が戻した漬物を見る。


 静子「あら?・・・無い」


今、確かに戻した漬物が、


 静子「無い・・・。あッ、あの袋! アレだ」


静子は急いで出入り口に先回りをする。

何気ない素振りで雑誌を整理している静子。

それとは知らず老紳士がレジを済ませると、そそくさと店を出て行く。

すかさず静子は老紳士を追いかけて、


 静子「お客様!」


老紳士は驚いてその場に立ち尽くす。


 静子「お客様、今、お買い求めになった商品!」

 老紳士「え? あ〜あ、この漬物ですか?」

 静子「そうです」

 老紳士「ここのコレは美味しいですねえ」

 静子「有難う御座います。で、もう一つ袋に入っていませんか?」


老紳士の顔が蒼ざめる。


 老紳士「え?」

 静子「ちょっとすいません。袋の中を見せて頂けます?」

 老紳士「ど、どうぞ」


すると、袋の一番上からパックに包まれた「漬物」が顔を出す。


 静子「この漬物は?」

 老紳士「あ、それは他の店で買ったものです。何か?」

 静子「いえ、ちょっと気に成ったものですから」


老紳士が怒り、


 老紳士「アナタ、変な言い掛かりを付けないで下さい!訴えますよ」

 静子「いや、それは別に良いんですけれど。確か~、うちの商品は〜、容器の後ろにマジックで〜、・・・印(シルシ)が付けて有るんですよ。あら? これ、・・・これ付いてますよ。ほら」


老紳士は何も言えなくなり、倒れ込むように傍の電柱に身体(ミ)を崩す。

静子は焦って、


 静子「あッ、どうしました? しっかりして下さい! 石田サン、石田サ〜ンッ! オーナー呼んで~」


石田が店から飛び出て来る。

二人を見て、


 石田「あ、ヤッベ~!」

 静子「急いでオーナー呼んで来て!」

 石田「はい!」


龍太郎が寝ぼけた顔をして店から出て来る。


 龍太郎「何だよ~、疲れてるんだからー」


龍太郎は電柱の傍にうずくまる老人を見て、


 龍太郎「あ、どうした! お爺さん! しっかりしろ! おい! とにかく事務所へ。オジイーサン、歩けるか?石田サン、救急車!」

 石田「はい!」


 事務所で「老紳士」が椅子に座って俯いている。

静子と龍太郎が老紳士を見詰めている。


 静子「お爺さん、何であんな事したの? 今回だけじゃないでしょう」


老紳士は黙って、床の一点を見ている。


 静子「お爺さん、名前は?」


老紳士は急に観念したかのように姿勢を正し、


 老紳士「はい! 藤田平八郎、八五歳、独身ッ!」

 静子「独身はいいんですけど。八五歳にしてはお若いですね。何か身分を証明出来る物はお持ちですか?」

 藤田「はい! 有りません。・・・あッ! 有ります」

 静子「どっちですか?」

 藤田「有ります。年金手帳が!」

 静子「年金手帳? ああ、確かに証明は出来ますね」

 藤田「すいません。あの、もうやめますから許して下さい」

 静子「ヤメル?」


龍太郎はひとまず、売り場に出て行く。

藤田は俯きながら、


 藤田「アタシ・・・、病気なんです」

 静子「ビョウキ? どこか悪いんですか?」

 藤田「すぐ手が出ちゃうんです。この手が、この手が! 本〜当に、悪いんです」


藤田は自分の手を叩きながら咽び泣く。

泣きながら、奇妙な事を話し始める。


 藤田「・・・ワタシ、むかし浅草演舞場で手品師をやってまして・・・」

 静子「それと手と関係あるんですか?」


藤田は涙を浮かべながら、突然、手の中から千円札を出す。

静子は驚いて、


 静子「えッ? どこから出したんですか? そのお金」


すると、手の中からもう一枚出て来る。

静子は真剣に手を見ている。


 龍太郎が売り場から戻って来る。

龍太郎が静子を見て、


 龍太郎「どおした?」


すると藤田は龍太郎に、


 藤田「ハイ、店長サンにも」


手の中から千円札が出て来る。


 龍太郎「何ですか、それ?」

 静子「何だかこの方、むかし浅草の舞台で手品師をやってたそうなの。で、手がひとりでに動いちゃうみたい」

 龍太郎「それと万引きと関係あるの?」

 静子「だから、この手が悪いんだって」

 龍太郎「そんなの理由にならないよ」


藤田は天井を見てまた涙を流し始める。


 藤田「ああ、私はもうダメだ・・・。あの世で妻に顔向け出来ない。本当にダメな男だ。死んだ方がましだ」


そう言いながら、また思い切り手を叩き始める。

それを見て、


 龍太郎「まあ、そこまで自分を責めなくても」

 藤田「いや、許される事では有りません。どこへでも突き出して下さい。如何なる仕打ち、罰も受ける覚悟です」


 暫らくして、店の前に救急車が静かに停まる。

後部のドアーが開き、中からストレッチャーを引き出す救急隊員。

ストレッチャーが店の中へ。

後からもう一人の救急隊員が、黒いハードケースを持って店に入る。

店の周りには野次馬が集まって来る。

救急隊員はカウンターの石田を見て、


 隊員「奥ですか?」


石田がニコっと笑い、


 石田「そうっス」

 隊員「じゃ失礼します」


と救急隊員達が事務所に入って行く。

狭い事務所にストレッチャーが運び込まれる。

救急隊員は静かな事務所内に一瞬戸惑う。


 隊員「あれ? こちらで良いんですよね」

 龍太郎「あ、すいません。忙しいところ」

 隊員「で、救急の方は?」


静子が藤田を指さし、


 静子「この方なんですけど」


龍太郎は藤田の顔を見て、


 龍太郎「元気に成ったみたいです」

 隊員「あ、そうですか」


救急隊員の一人が藤田の傍に膝まずいて、血圧計を取り出し、


 隊員「念のため、血圧を測ります。腕をまくって下さい」


藤田は腕をまくり、血圧を測ってもらう。


 隊員「大丈夫ですか? 頭が痛いとか吐き気がするとか?」


藤田は何も喋らない。

救急隊員は静子に、


 隊員「で、どういう状況でした?」

 静子「それが、あまりの動揺で目眩(メマイ)がしたらしいんです」

 隊員「ドウヨウ?」


静子は藤田を見て、


 静子「・・・万引きがバレテしまって」


救急隊員が驚いて、


 隊員「え!」


藤田は突然、救急隊員にすがり付く。


 藤田「いや、私は病気です。とても悪い病気なんです。連れて行って下さい」


救急隊員達は呆れた顔で、


 隊員「お客さん、困るんですよ。最近こういうケースが多くて。歩けるんでしょう?」


藤田はまた泣き出す。


 藤田「歩けます。大丈夫です。また大勢の人に大変な迷惑を掛けてしまった。私はもうダメです。すいません。本当にすいません」


うなだれる藤田。

救急隊員がテーブルの上に書類を広げる。

そして藤田と静子、龍太郎を見て、


 隊員「あの~、一応現場に来たと云う事で、この店の住所とオタクの名前、それと立会人の名前をここに書いてくれますか」


 藤田「分かりました。藤田平八郎、八五歳! 独身です」

 隊員「いや、フジタさん! 名前と住所を自分でココに書くんです」

 藤田「あ、すいません。本当に迷惑ばっかりかけて」

 隊員「それと、こちらに店長さんの名前と店の住所を」

 静子「あ、はい。ここですね」


書類に名前を書き始める静子。

救急隊員が、


 隊員「フジタさん、もうお歳なんですからあまり無理しない方が良いですよ」


藤田は急に椅子を立ち、


 藤田「すいません。本当に面目ない」


救急隊員が書類をケースに入れて、


 隊員「じゃ、これで失礼します」


龍太郎と静子が椅子を立って、


 二人「お騒がせして本当に申し訳ありませんでした」


龍太郎は恐縮しながら隊員達に、缶コーヒーを入れたコンビニ袋を渡す。

隊員が恐縮して、


 隊員「あ、すいません。店長も大変ですねえ」


龍太郎が救急隊員と事務所を出て行く。

龍太郎の声が通路に響く。


 龍太郎「まったくやんなっちゃいますよ。あんなのバッカ!」


 静かになった事務所内に藤田と静子が残る。

すると藤田がまた突然、大泣きを始める。


 藤田「ワー、私はどうしたら良いんだ」


静子は困り果て、


 静子「分かりました。じゃ、この紙に『もう万引きはやりません』と書いて下さい。それから住所と氏名、年齢も一緒に書いて下さい。そこに貼っときますから」


藤田が静子の指差した壁を見る。


 藤田「え!こんなに私と同じ病気の方が?」

 静子「困ったもんですよ」


藤田が背広の内ポケットから大きなワニ革の財布を取り出し、おもむろに五千円札を一枚取り出す。


 藤田「あの~・・・、少ないですけどこれで」

 静子「何ですかこれは?」

 藤田「いや、これはほんの罪滅ぼしで」

 静子「ツミホロボシ? あのフジタさん。私、お爺さんを見ているとオカシイと思うんです」

 藤田「何かお気に障りましたか?」

 静子「何で二百六十円の物を盗って五千円も出すんですか?」

 藤田「いや、ほんの気持ちですから」

 静子「気持ち?・・・はっきり言って気持ち悪いです! 帰って下さい。で、うちの店には出来るだけ来ないで下さい」


そこに龍太郎が戻って来る。


 龍太郎「どうしました?」


藤田が龍太郎を見て、


 藤田「いや~、ご主人! 大変、タイヘン、お騒がせしました。このと~り、このト~リです」


藤田が龍太郎に頭を深々と下げ、五千円札を両手で高々と献上する。


 龍太郎「何ですか? これは」

 静子「フジタさん! いい加減にして下さい。今度は警察を呼びますよ! 帰って下さい」


藤田は突然気合の入った旧軍隊式敬礼をして、


 藤田「はい! 失礼しました。藤田平八郎、帰ります!」


龍太郎は藤田を見て優しく微笑み、


 龍太郎「フジタさん。・・・また来なよ」

 藤田「えッ? 良いんですか?」

 龍太郎「手が悪いんでしょう」


藤田はまた、大粒の涙を流し龍太郎に握手を求める。

龍太郎は小指を突き出す。


 藤田「何ですか? これは」

 龍太郎「指切りです」

 藤田「ああ、・・・分りました。約束します! この店では絶対に病気になりません! 針、千本でも万本でも飲みます」


藤田は龍太郎ときつく「指切り」をする。


 龍太郎「フジタさん。長生きしなさい」

 藤田「はい! 頑張ります。すいませんでした」


藤田は元気良く帰って行く。

                     つづく

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