第35話 エンペラーのマサオ

 出演者(イメージ・キャスト)

  百地龍太郎(オーナー) 草彅 剛

  百地静子(テンチョウ) 仲間由紀恵 


 土屋が逝(イ)った後、『集会場』に立て続けに風呂屋の若主人、隣の酒屋の若旦那の花輪が揚がる。

やはり、「あの世行きのエアバス」は満員になってから飛び立つものなのかと龍太郎は思った。


そして年も押し迫った頃、夕勤の女子アルバイトが突然、店に来なくなった。 


龍太郎は、急いで「沢田正男(サワダ・マサオ)と云う青年を夕勤に入れた。


  履歴書から。

 名前 「沢田正男」

 年齢 「二八歳」

 住所 「春日部」

 現在 「ビジネス専門学校」

 希望要項 「車のローン返済のため」

 趣味 「バイクとクルマいじり」

 その他 「賞罰等 なし」


 龍太郎の所見。

 印象 「身長百八十、体重八十キロの堂々たる茶髪男」

 性格 「先輩を立て、声も大きく、豪快に笑う。明るい性格」

 合否 「採用!」


『マサオ』が仕事を始めてから一週間ほど経った、ある日の夕方の事であった。

いつものように店の前には少年(悪ガキ)達がたむろしている。

すると、アーケードの入り口の公道に数台の改造バイクと『車体が地面に着きそうな白いセダン』が静かに停まる。

バイカー達は皆独特な黒いユニホームを着用、日の丸の鉢巻している。

路上生活者や少年達はダベリを止め、急いでアーケードから移動する。


 ダストボックスの上で『雉(キジ)トラ猫』が黒いユニホームの男達を見ている。


 ドアーチャイムが鳴る。

身体の大きい「バイカーの男」が礼儀正しく店に入って来る。


 男 「失礼します!」

 石田「いらっしゃいませ~」


男は店の中を見回す。

そして石田をジッと見詰めて、


 男 「沢田先輩おりますか」

 石田「サワダ? ああ、マサオっスか」


男達は先輩を『マサオ』と呼び捨てにされた事に腹が立ったのか、目の色が変わる。

その目にたじろぐ石田。

石田は急に言葉を改める。


 石田「あ、サワダさんは今休憩中です」


男は石田を睨み、


 男 「・・・ちょっと、いいっスか」

 石田「あッ、い、いいっスよ。ちょっと待って下さい」


男達は気合いの入った挨拶を返す。


 男 「ウッス!」


石田は受話器を取り「内線ボタン」を押す。


 龍太郎が事務所内でストコンに向かい、商品の発注をしている。

静子とマサオは缶コーヒーを飲みながら楽しそうに話をしている。

静子はテーブルの上の置いたマサオの写真を見て、


 静子「ええ!これが彼女? 信じられない」


龍太郎は思わず発注をやめて、机の上の写真を見る。


 龍太郎「おいおいおい、いい女じゃないか。小西何とかって云うタレントに似てないか?」

 静子「小西真奈美(コニシ・マナミ)? そう言えば、似てるかも」

 マサオ「そおっスよねー。オレにはモッタ無いっスよ~」

 龍太郎「どこで知り合った?」

 マサオ「ダチの紹介っスよ」

 静子「歳は?」

 マサオ「オレより二つ上っス」

 龍太郎「二つ上? 良いじゃないか」

 静子「仕事は何してるの?」

 マサオ「デルモっス」


龍太郎は写真を手に取り、


 龍太郎「ほう、デルモかあ。・・・新宿?」

 マサオ「シンジュク? いや、モデルっス」


龍太郎と静子は驚いて、


 二人「モデル!?」


と、内線コールが鳴る。


龍太郎は受話器を取る。


 龍太郎「何?」


石田の声。


 石田「サワダさんに面会っス」

 龍太郎「面会?」


龍太郎と静子、マサオがモニターを見る。


 龍太郎「あれ? あれって、暴走族じゃない?」


マサオが驚いて、


 マサオ「あッ! 何だよ~、来るなって言ったのに~。すいません、ちょっと・・・」


マサオが急いで事務所を出て行く。


龍太郎がモニターを見ている。

身体の大きいバイカーの男がペコペコとマサオに頭を下げている。

すると、「背の高い女」が店に入って来る。

女はマサオと何か話をしている。

龍太郎は静子サに、


 龍太郎「行ってみようか」

 静子「そうねえ」


二人が売り場に出て行く。


マサオと話をしている女は、あの「写真の女」であった。

この店には合わない、まさに「掃き溜めに鶴」の様な『良い女』である。

マサオは龍太郎を見て、


 龍太郎「あ!オーナー、俺の彼女っス」


龍太郎は驚いて、


 「え? あ! モモチです。これが妻の静子です。お世話に成ってます」


龍太郎はワケの分からない応対をする。

女が、


 女 「突然すいません。マサオくんの働いている所を見たくて」


バイカーの男達はボディーガードの様に女を囲んでいる。

男達は皆、腕を後ろに組み直立不動の姿勢である。

男達の代表が女の前に出て、


 男 「失礼します!」


マサオが男達を睨んで、


 マサオ「なんだよ、オマエ等~。来るなって言ったろうが」

 男 「すいません。ネエさんが」

 マサオ「オマエ等、何で止めなかったんだよ」

 男 「いや、まあ・・・」

 マサオ「バカ野郎ッ!」


男達は声を合わせ、


 男達「ウッス!」


マサオは男達に向かって、


 マサオ「神聖な職場だ。オマエ等も早く仕事見つけろ!」

 男達「ウッス!」


石田がマサオの隣で、口を開けてこの「場面」を観ている。


数人のお客が店に入って来るが「場違い」の雰囲気に直ぐ出て行ってしまう。


マサオが女に向かって、


 マサオ「おい。営業妨害に成るから帰ってくれよ。オレ、仕事してるんだから」

 女 「ごめんなさい。じゃ、みんな帰ろう」

 男か「ウッス!」

 女 「オーナーさん、店長さん! マサオくんを宜しくお願いします」


龍太郎はなぜか恐縮しながら、


 龍太郎「あッ、はい。いや、こちらこそよろしくお願いします」


女は店を出て行く。

男達がそれに続く。

石田が丁寧に、


 石田「またおこしく下さいませ!」


入れ違いに常連の糖尿病の「木村」が店に入って来る。

木村は痩(ヤ)せた肩を怒(イカ)らせ、派手な女性用サンダルを履き、ポケットに手を突っ込んで店に入って来る。

木村はロレツの回らない言葉で、


 木村「オーナー、トーフ!」


龍太郎はそっけなく、


 龍太郎「奥(オク)!」


木村は売り場の奥に入って行く。

すると今、店を出て行った「マサオの彼女」が戻って来る。

マサオを見て、


 女 「ねえ、マサオくん~。今夜はから揚げで良い?」


マサオがハニカミながら、


 マサオ「え〜え? うん。良いよ」

 女 「そう、じゃッ! ガンバッテ」

 マサオ「う? うん・・・」


静かに成った店内。

木村が豆腐を持ってカウンターに来る。


 木村「・・・いい女だ」


石田はきつい目で木村を睨(ニラ)み、


 石田「百二十九円!」


木村が百三十円をカウンターに置き、


 木村「ツリはそこ」


と募金箱を指さす。

龍太郎は唐揚げを揚げながらマサオを見て、


 龍太郎「な〜だ、沢田くん、暴走族だったの」

 マサオ「えッ! あ、いや~、元(モト)ですよ」


木村が二人の会話が聞こえたのか振り返る。

マサオをチラッと見て、


 木村「俺、元ヤクザ」


龍太郎は素っ気無く、


 龍太郎「ああ、そうですね。木村サンは、昔ヤクザ屋さんでしたよね」


木村は痩せた肩を怒らせて、


 木村「そう。金町一家。親分に可愛がられた」

 龍太郎「ほう。昔はハバを効かせてたんでしょうねえ」

 木村「そう、昔、高橋貞二に似てるって言われた」


龍太郎は木村を見て、


 龍太郎「?」

 木村「ショウチク(松竹)の役者! 今はジャイアンツ(巨人)」


と、急に派手なシャツを捲って、ベルトのバックルを龍太郎に見せる。

ジャイアンツ(巨人)のシンボルマークの入った「バックル」である。

木村の話は「支離滅裂」である。

龍太郎は呆れて、


 龍太郎「そうですか。さすが木村サンだ。ありがとう御座います。またおこし下さいませ」


木村は昔を思い出したように更に肩を怒らせ、女性用のサンダルを鳴らしながら店を出て行く。


 石田「ありがとう御座いま~す」

 

無視する石田。


 石田「へえ、サワダさんて『ゾク』だったんスか」

 静子「暴走族でもあの雰囲気は、マサオくんて相当上の格じゃなかったの?」

 マサオ「いや、ただのパシリっスよ」

 石田「サワダさん。あのゾクの服って、どっかで見た事がある!」

 マサオ「ああ、撮影された事ありますよ。DVDが出てるんじゃないっスか」


石田は驚いて、


 石田「あ、ヤッパシ! あの?」

 マサオ「違う違う。俺は、ただのOBっスよ」


龍太郎はつくずくとマサオを観て、


 龍太郎「オマエ、たいしたした男だな」

 マサオ「そんな事ないっスよ。オーナー、仕事しましょう」

 龍太郎「うん? うん」


 暴走族が去って、また少年(悪ガキ)達の自転車と、路上生活者達がチューハイの缶を片手に集まってくる。

少年A(ガキ)が店に入って来て、


 少年A「オーナーさん!」


龍太郎は少年Aを見て急いで事務所に入って行く。

と、少年Aが、


 少年A「あッ、オーナー、バイト!」


店の奥から龍太郎の声が。


 声 「ウルセー! 子供はダメ〜ッ!」


*『金町一家』とは。

山谷地区一帯を縄張りにしている手配し集団(暴力団)であります。 

その他、この地区には住吉会(暴力団・博徒集団)浅草地区には松葉会(暴力団・テキヤ集団)が混在して居ます。

当アミーゴ店にも、アーケードの入り口に不似合いな「白いベンツ」が毎週停まり、ジャンプ、マガジン、チャンピオン等、すべての漫画を各一冊ずつ買い求めて行く『若い衆』が居(オ)りました。

勿論、通りの向こうのマンションでは『発砲事件』も発生しています。

龍太郎氏も商品を入れ間違え「組」に呼び出され、説く説くと『説教』されたと言ってました。

                     つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る