第34話 松前漬けの男

 出演者(イメージ・キャスト)

  百地龍太郎(オーナー) 草彅 剛

  百地静子(テンチョウ) 仲間由紀恵


 晩秋の朝であった。


店の在るアーケードを少し歩いた所に、町の「集会場」がある。

今日は花輪が三つ上がっていた。


葬儀屋の男が集会場の周りを掃除していた。

龍太郎も店の周(マワ)りを掃除している。


 ダストボックスの上で『雉トラ猫』が顔を洗っている。


龍太郎が眼を上げると葬儀屋の男性の視線とぶつかる。

軽く会釈する龍太郎。

葬儀屋の男も会釈する。

龍太郎は急いで売り場に戻り、


 龍太郎「店長、不祝儀(ブシュウギ)あるよね」


静子が売り場の奥から、


 静子「有るわよ。また?」

 龍太郎「うん。まただ」

 静子「誰が亡くなったんでしょう」

 龍太郎「花輪が三つだから、老人の孤独死じゃないか」

 静子「花輪の名前、見た?」

 龍太郎「見ないよ。その内分かるんじゃない」


ドアーチャイムが鳴り、常連の「飯田さん」が前髪にカールを巻いて店に入って来る。


 龍太郎「いらっしゃいませ~」


飯田さんは龍太郎を見て、


 飯田「いや~ねえ、またお葬式。ご祝儀を出すためにパートに行ってるんじゃないんだけど」

 龍太郎「そうですねえ。うちも祝儀袋がなくなる事なくなる事。で、誰が亡くなったんですか?」

 飯田「それがね、そこの橋本マンションの土屋って人(シト)」

 龍太郎「ツチヤ?」

 飯田「そう。いつも松葉杖を突いて。あ、この店にも何回か来てたでしょう」

龍太郎は驚き、


 龍太郎「ええ! あのツチヤが!」

 飯田「そう。アタシは関係ないんだけど今年は班長でしょう。班長なんてやりたくないわよ~。立替ばっかりよ。集金するのが大変!」

 龍太郎「班長さんですか。それはそれは。で、土屋って方は何で亡くなったんですか?」

 飯田「病気ですって」

 龍太郎「あ〜あ、ビョウキね」


龍太郎は「あの時の事」を思い出す。


 龍太郎が土屋のポケットを触っている。


 龍太郎「・・・これは?」

 土屋「それは違うよ~」

 龍太郎「じゃ、この缶詰めは」

 土屋「缶詰め? そんなの知らねえよ」

 龍太郎「このソーセージ!」

 土屋「それは、ここじゃねえ」

 龍太郎「ウソ吐くなよ。みんなカメラに映ってんだから」

 土屋「カンベンしてくれよ。俺は足が悪りいし、病気だからよう」

 龍太郎「だから何だ! 一回や二回じゃねえだろう。足が悪(ワリ)い? 手は元気じゃねえか。ナメんじゃないよ」

 土屋「分ったよ~。もう二度とこの店には入らねえ」

 龍太郎「何ッ! フザケやがって・・・」

と。


 龍太郎が飯田サンを見て、


 龍太郎「病気ですか・・・」


静子がレジカウンターに戻って来る。

飯田サンを見て、


 静子「いらっしゃいませー」

 飯田「あら店長、お疲れ様。アンタ達いつも二人で良いわね」

 静子「そんな事ないですよ。いつも喧嘩ばっかり」


龍太郎は静子を見て、


 龍太郎「土屋が死んだんだってさ」


静子は驚いて、


 静子「ツチヤ?・・・ええッ! ツチヤってあの松前漬けの?」


石田が休憩を終えてレジカウンターに出て来る。

石田は飯田サンを見て、


 石田「いらっしゃいませー」

 静子「イッちゃん、土屋さんが亡くなったんですって」


石田も驚いて、


 石田「ツチヤ? ええ! 『松前漬け』が? 信じられない。ああ云うのは死なないと思ってたのに」

 静子「今夜、お通夜ですって」


石田は信じられない様子で、


 石田「通夜? 本当に死んだんスか、ちょっとアタシ見て来ます」

 静子「よしなさいよ」

 石田「いや、うちの店もあれだけヤラレたんだから。ちょっと・・・」


石田が走って店を出て行く。


 静子「あ!イッちゃん」


飯田サンは静子を見て、


 飯田「ヤラレた?」

 静子「あッ、いや、こちらの話しです」

 飯田「いやーね~」


と言い残し、飯田サンは店の奥に不祝儀袋を選びに行く。

暫くして、石田が店に戻って来る。

静子を見て、


 石田「アイツです。棺おけの上に松葉杖が載(ノ)っかってましたから」

 静子「そう。可哀想に・・・。喪主は誰なんでしょう」


飯田サンが不祝儀袋を持って、カウンターに来る。


 飯田「それがねー、喪主さんは居ないみたいなのよ」

 龍太郎「居ない? 居なくても葬儀は出来るんですか?」

 飯田「出来るのよ~。町会費払ってるから」 

 龍太郎「ああ、そう云う事か。町葬ですね」


変な葬儀である。


 飯田「オーナーさんも送ってやれば」

 龍太郎「え? あ、そうですね・・・。百二十九円です」

 飯田「はい。百三十円!」

 龍太郎「有難うございます。一円、お返しです。またおこし下さいませ」


飯田サンは三人を見て、


 飯田「じゃ~ねえ」


店を出て行く飯田サンん。

静子はレジカウンターを見詰めて、


 静子「あの土屋さんが居なく成っちゃったの・・・」


龍太郎は静子を見て、


 龍太郎「送ってやればって言われても。ねえ」


静子も土屋が最後に店に来た時の事を思い出す。


土屋が入り口のドアーを松葉杖で叩く。


 音 「ゴン、ゴン、ゴン!」

 土屋「お~い! この間は悪かった」


静子と石田が、カウンターから土屋を睨(ニラ)む。


 土屋「松前漬け取ってくれよ。オレは出入り禁止だからよ〜」


静子は売り場の奥に『松前漬け』を取りに行く。

と・・・その日は松前漬けが「欠品」している。

静子は店の入り口に来て土屋に、


 静子「ごめんなさい。今日は松前漬けは無いんですよ」

 土屋「ねえ? 何でねえんだよ。俺は足がワリーんだ。アキヨシ(食料品屋)迄は遠くて買いに行けねえよ。誰か買って来てくれよ。金はやるからよお」

 静子「困りましたねえ」


石田が静子の所に来て、

小声で、


 石田「ほっとけばいいっスよ」

 静子「でも~・・・」


土屋は入口で、


 土屋「頼むよ~お」


静子は何となく土屋さんが哀(アワ)れになり、


 静子「アタシ、ちょっと行って来るわ」


石田が、


 石田「いいスよ~お、あんな男」

 静子「でも~」


石田はシブい顔で舌打ちをして、


 石田「チッ、分かりました。買ってくればいいんでしょ」


ユニホームを脱いで店を出て行く石田。

土屋が入口で石田とすれ違いざま、


 土屋「ネエチャン、ワリーなあ」


土屋を睨(ニラ)む石田。

石田は自転車のスタンドを上げて、急いで『松前漬け』を買いに行く。

土屋はレジカウンターの静子に、


 土屋「俺は、北海道の生まれでよお、ガキの頃からいつも『松前漬け』喰ってたんだ。温かい銀シャリにかけてよ。毎日な」


静子は黙って聞いている。


 土屋「この間は悪かったな。オレはこの店が好きなんだよ」


静子はまだ黙っている。


 土屋「チュウキで足が悪りいしよ」


静子は土屋を睨み、


 静子「足と万引きは関係ないです」

 土屋「だから、俺の手が悪りいんだよ」

 静子「? 手もチュウキなんですか」

 土屋「ウンな事言うなよ。勘弁してくれよ、ネエさん」

 静子「ネエさん?・・・お客さん、あっちこっちでやってるんでしょう」

 土屋「ここの店だけだよ」

 静子「何、それ!この間と話が違うじゃないですか」

 土屋「あん時は捕まったからだよ。誰だって捕まったら嘘(ウソ)吐くだろう」

 静子「そんなの理由にならないですよ」

 土屋「だから、勘弁してくれって言ってんだろう。金は払うから。この財布から好きなだけ取ってくれよ」


土屋は首から提げた財布を見せる。


 静子「いらないわよ」

 土屋「そう言うなよ、ネエさん」


静子はだんだんムカついて来る。


 静子「アタシはアンタの姉(ネエ)さんじゃありません!」


静子が怒る。


 石田サンが白い袋を自転車のハンドルに提げて戻って来る。

土屋は腐った様な笑顔を浮かべ石田を見て、


 土屋「悪り~いな」


石田は土屋の言葉を無視してカウンターの静子に袋を渡す。


 静子「ご苦労さま。いくらだった?」

 石田「二三〇円と交通費五百円!」

 静子「交通費?」


土屋が聞こえてらしく、


 土屋「いいよ、いくらでもこの財布から取ってくれ」


静子が石田に、


 静子「交通費はアタシが出すわ。二三〇円ね」

 石田「店長、それはないスよ。店長から交通費は貰えないっスよ〜」


土屋が、


 土屋「おい、早くしてくれよ。俺はもう金なんていられねえんだ。先がねえんだよ。いくらだってかまねえ」

 静子「はいはい。二三〇円ですって」

 土屋「この財布から取ってくれ」


静子は土屋の傍に来て、『松前漬け』の入ったレジ袋を松葉杖に縛(クク)り付ける。

首から提げた財布を開ける静子。

中に、「病院の診察券」とバラ札で六千五百円が入っている。


 静子「じゃ、五百円お預かりしますね。今、おつりを渡しますから」

 土屋「ツリなんていらねえ。千円取ってくれよ。迷惑かけているんだから」

 静子「うちは、そんな商売はやっていません。お金は大切にしなさい」

 土屋「ネエさん、良い女だねえ。気に入ったよ」

 静子「バカ言ってるんじゃないですよ」


静子は自分のポケットから財布を取り出し、オツリを見せて土屋の財布に入れる。


 静子「はい! 二七〇円入れたわよ」

 土屋「悪りいなあ。ついでに、あっちのネエチャンにそっから千円抜いて渡してやってくれよ」

 静子「ええ?」


静子は石田を見る。


 石田「・・・いいっスよ。足や手の悪い男から金は貰えないっス」


静子は土屋を見て、


 静子「ッて言う事です。もう無理して万引きはやらないで下さいね。体に良くないですから」

 土屋「分かったよ。『松前漬け』はいつも入れといてくれよな。俺は足が悪りいんだから」

 静子「分かりました。いつもアタシが注文しておきます」


土屋は石田を見て、


 土屋「ネエちゃん、世話掛けたな。オメーも良い女だったよ」


石田は土屋を見て、呆れた顔でため息を吐き、


 石田「気を付けて帰んな」

 土屋「おう!」


土屋は袋のぶら下がった松葉杖を突きながら帰って行く。

静かに成った店内。


 石田「店長って、優しいッスね」

 静子「何言ってんの。お得意さんじゃない」

 石田「はあ~?」


 翌日から静子は毎日『松前漬け』を入れておく。

が、・・・土屋は来なかった。

数日経った北風が吹く昼下がり。

静子は何気なくレジカウンターから外を見ている。

と、久しぶりに土屋が松葉杖を突いて店の前を通り過ぎる。

静子が、


 静子「あら? あの人、松前漬けいらないのかしら」


石田が静子のその言葉を聞いて外を見る。


 石田「ああ、飽きたんじゃないっスか」


静子は妙な予感がして表に出る。

土屋は「クスリ袋」を松葉杖にくくり付け、淋しそうに歩いて行く。

静子が土屋に声を掛ける。


 静子「あの~・・・」


土屋は振り向きもせず、痩せた脇の下に松葉杖を挟(ハサ)んでマンションの中に消えて行く。


 静子が土屋を見たのは『その日が最後』であった。

静子はレジカウンターで、


 静子「アンタ、行ってやんなさいよ。可哀そうじゃない」

 龍太郎「うん?」


ため息を吐く龍太郎。


 龍太郎「喪服は?」

 静子「その格好で良いじゃない。『松前漬け』を祭壇に挙げて来てね。あの人、好きだったんだから」


石田が突然、


 石田「アタシも一緒に行きます」

 静子「え?」


静子は石田を見詰めて、


 静子「そう。じゃ」


静子が香典袋を売り場から持って来て、


 静子「イッちゃん、打っといて」

 石田「はい」


静子はポケットから財布を取り出し、中から五千円を出す。


 静子「アンタ、これを入れて『アミーゴ下町店一同』で挙(ア)げてらっしゃい」


石田はそれを見て、


 石田「店長って格好良いっスね」

                     つづく

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