第32話 死んで居た人

 この日ぐらい『衝撃的な日』はなかった。


夏の暑い朝。

『具流氏』がブックコーナーで立ち読みしてるいる。


ドアーチャイムが鳴り常連の「飯田さん」が店に入って来る。

と、カウンターの前に来て小声で、


 「店長、そこの空き地で人が死んでるみたい。イヤーね~」


静子は驚いて、


 「ええ! 死んでる?」


客の一人が、


 「ああ、公園の隣の空き地でしょう。あの人(シト)、死ンでんの?」


石田が、


 「ヤベ! またかよ。見て来ます」


石田は走って店を出て行く。

龍太郎が発注を終えて事務所から出て来る。


 「いらっしゃいませ~」


静子は龍太郎に小声で、


 「人が死んでるみたいよ」


龍太郎は驚いて、


 「死んでる?」


石田が息を切らせ店に戻って来る。


 「店長! 死んでます。下半身ハダカで」


静子は驚いて、


 「カハンシン、ハダカ?」


石田は、


 「暑いからじゃないスか?」

 「そんな・・・。オーナー、警察に連絡した方が良いんじゃない」

 「そうだな。僕もちょっと見て来くる。どこ?」

 「公園の隣の空き地っス」

 「ヨシッ! ちょっと行って来る」


静子は龍太郎を見て、


 「直ぐに帰って来てよ。忙しいんだから」

 「分ってるよ」


店を出て行く龍太郎。

暫くして龍太郎が戻って来る。

龍太郎は石田に、


 「公園の隣の空き地だよねえ。・・・誰も居ないぞ」

 「居ない? どッかに行ったんじゃないスか」

 「死人がか? ンなバカな、寝てたんじゃないのか?」

 「あんな草ン中で寝てる人なんていないっスよ」

 「じゃー、どうしたんだ?」

 「知らないっスよ」


と、何気なく外を見る龍太郎。

店の前をのんびりと「白い自転車」が通り過ぎて行く。

下谷署の『安倍巡査長』である。

その後を、トボトボと一人の男が付いて行く。

この店の周囲の環境からすると、ごく自然な光景である。

龍太郎は目を逸(ソ)らそうとした瞬間、視線が固まってしった。

男の上半身は垢(アカ)で汚れた肌着一枚。

下半身は「無垢(ムク)で裸足」である。

龍太郎が思わず、


 「あ~!」


飯田さんが龍太郎の傍に来て、


 「あの人じゃない、空き地で死んでた人って」


静子と石田が龍太郎の視線を辿(タド)って行く。

石田が驚いて、


 「ええ~、マジ!」


静子は急いで視線を逸らす。

客が、


 「あの人ですよ。やっぱり寝てたんだ」


静子が、


 「でも、良かったじゃないですか。生きてて」


飯田さんは通り過ぎる男を見ながら、


 「そうよね~」


・・・すると通り過ぎた白い自転車が、いつの間にか店の前に戻って居る。

自転車のスタンドを下げる音が。

安倍巡査長が店の前で男と何かを話している。

暫くすると男が店に入って来る。


 『具流氏』は急いで店を出て行く。


客達は蜘蛛の子を散らす様に店を出て行ってしまう。

安倍巡査長が、


 「店長! すいませんね~。何か欲しい物が有るらしいんですよ」


静子は巡査長の問い掛けを無視して、そそくさと事務所へ消えて行く。

石田も売り場の奥へ。

巡査長は男に距離を置き、背中に向かって、


 「迷惑は掛けるなよ」


男は無言で売り場の中を徘徊する。

下半身の裸尻が、龍太郎の目の前を通り過ぎって行く。

売り場の奥で逃げ遅れた客の悲鳴が聞こえる。


 「キャ〜ッ!」


安倍巡査長の厳しく叱咤する声が、


 「ほら、迷惑を掛けるなあ~」


男はドリンクコーナーの前で来ると固まってしまう。


 「うん? 欲しいのか? コレか?」


巡査長が「オロナミンC」を取る。

男は無視して、「ウーロン茶」を手に取る。


 「ああ、それか。じゃあ、それを買って帰ろう」


男はウーロン茶を持ってレジカウンターに来る。

龍太郎が、


 「いらっしゃいませ~」


安倍巡査長は男と距離を置き笑いながら、


 「店長、すいませんねえ。それを一つ」


制服のポケットから小さなガマグチを取り出して、小銭をカウンターの上に置く。


 「ありがとう御座います。大変ですね〜え」


安倍巡査長が、


 「いや~仕事ですから。さッ、もう帰ろう」


男はウーロン茶のペットボトルを持って店を出て行く。

巡査長が後を追って白い自転車にまたがる。

と、また男と何か話している。

暫くすると男が、店の入り口の柱に寄り掛かり、カウンターの龍太郎を見ている。

安倍巡査長が、


 「おい、行こう。もう良いだろう。あまり迷惑掛けるな」


すると、男はウーロン茶を飲み始める。

そして龍太郎に裸尻を向け、お茶の缶を床に置き、入り口に横たわる。

安倍巡査長が一瞬、焦って、


 「あッ、おい、コラッ! 立て、何をしている」


客の一人が店を出ようと試みるが、臭さと気持ち悪さで男をまたぐ勇気が出ない。

巡査長が、堪忍袋の緒が切れる。


 「おいッ! 営業妨害だぞ。立てッ!」


巡査長の怒鳴り声を無視して「寝たふり」をする男。

安倍巡査長は汚いものでも触るかのように警棒で男の尻を突く。


 「ピシッ!」


男は抵抗するかのように寝返りをうつ。

安倍巡査長が革靴の先で男の尻をこずく。

男はこれにも抵抗するかのように、寝たまま汚れた上半身の肌着を脱ぎ捨てる。

素っ裸で、母の胎内に居るような形で丸くなる男。

安倍巡査長が、


 「コイツ! こら、いい加減にせんか! 抵抗するな。立てッ!」


男は返事をするかのように放屁(オナラ)をする。


 「あッ! キサマ、本官をバカにしたな。こら、立てッ!」


安倍巡査長はキレル。

巡査長は警棒で男の尻を更に強く叩く。

丸裸の男は諦アキラめたのか、ようやく立ち上がった。

巡査長はカウンターの龍太郎と静子に軽く敬礼して、


 「失礼しました。・・・さあ、行くぞ」


安倍巡査長は白い自転車にまたがり、丸裸の男と共に消えて行く。

が、数分してまた、白い自転車と丸裸の男が店の前を行ったり来たり。


 ダストボックスの上で『雉トラ猫(招き猫)』が裸の男を見て居る


飯田さんが、


 「暑くなると裸が一番かもねえ~。イヤーね~」


龍太郎と静子は開いた口が塞がらない。

                          つづく

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