第31話 淋しい人

 静子も腹が立っていた。

・・・この男も臭かった。


早朝、ドアーチャイムが鳴る。

店の入り口に笑顔の男が両腕を挙げたボディービルダーの形(ダブルバイセップス)で立って居た。

静子が、


 「いらっしゃいませ~」


男はその形を崩さず、


 「ママ! おはよう~。仁王(匂う)だぞー」


以前、店で一度見た事のある「変な客?」である。

今日は親しげに静子を『ママ』と呼んでいた。

静子はコンビニでママと呼ばれたのは生まれて初めてである。

静子は男性を睨んで、


 「ここは、お酒は置いてありませんよ」

 「ンなこと言うなよ~。オデン食いに来たんだよん」


静子はその言葉を無視して、雑巾でカウンターの上を拭き始める。

男は甘えた様な口調で、


 「マッマ! オ・デ・ン~」


静子は冷たく、


 「おでんはこちらです」


男は少しヨロケなら店の中に入って来る。

カウンターの隅の「おでんコーナー」に行き、両手を突(ツ)いて鍋の中を覗く。

そして「鼻クソ」をほじりながら、


 「ウ~ンと、チクワブ、・・・シラタキ、・・・タマゴ、あとー・・・」


男は酔いのせいで身体が前後に揺れている。

鍋の中のツミレを指差し、


 「コ・レ!」


男はうっかり鍋の中に指を入れてしまう。

鍋汁の熱さに、


 「アッチェ~!」


静子はそれを見て、


 「あ! ダメじゃないですか。指を入れたりして~。みんなが食べる商品ですよ。どうするんですか~?」


男の目が据わっている。


 「・・・何ッ!」

 「ナニじゃないです。衛生上の問題です。鍋の中に指を入れて品物を選んだ方は、オタクだけですよ! どうするんですか?」


すると龍太郎が売り場の騒がしさに気付き、事務所から出て来る。


 「どうした?」

 「ドウシタじゃないですよ。この人、おでんの中に指を入れちゃったんですよ」


龍太郎は驚いて男を睨(ニラ)む。


 「ユビ!? お客さん、ダメじゃないですか。全部買って貰いますよ」

 「そんな事言うなよ~、マスター」

 「マスター? ここは飲み屋じゃないです!」


男は少しシオラシク、


 「悪かった、謝るッ!」


と言いながら、また身体が揺れておでん鍋の中に指を入れてしまう。


 「アチ、アチ!」


静子は突然、伸びたゴムが切れる様に、おでん鍋の中のトングで男の指を力強く叩く。


 「イテーッ! 何すんだよ~・・・」


静子が怒って、


 「何すんだじゃありません。全部買って下さい!」


と怒鳴る静子。

男が、


 「ンな怒るなよ~。ねえ、マスター。金は有るんだ」


男はポケットの中からクシャクシャな千円札数枚と小銭を取り出し、鍋越に龍太郎に渡そうと差し出すと、


 「あッ!」


その声と同時に小銭と千円札が鍋の中に落ちる。

龍太郎はそれを見て、


 「あ!・・・ダメだ! もう売り物にならない」


男性も、


 「ア~アッ。・・・ワリッ! 釣は入らねえ。それ全部取てくれ」


男は謝りながら身体は揺れている。

静子と龍太郎は何と答えて良いのか分らない。

二人は渋い顔で男性を見詰める。

男性は、


 「ホントウにワリッ!・・・ワリーついでだけど、さっき言ったオデンと、熱いの一本!・・・此処で喰って行く」


静子は男を睨み、


 「ダメです! ここは立ち呑み屋じゃないです」

 「ママー、そんな固いこと言うなよ~。競馬で勝っちゃた。ママにも一万円、プレゼント!・・・ウイッ」


と男は尻のポケットから札束を出し、臭いゲップを吐く。

静子は苛立(イラダチ)ちを抑え、


 「アタシはママでは有りません!」

 「分かった。そんなに怒るな! みんな仲間じゃねえかあ。なあ、マスター」


と龍太郎を見る男。


 「ナカマ? 僕はアンタとは何の関係も有りません!」


静子は怒りながら、カウンターの後ろのケースからトレーを取り出しオデンの「ハンペンとチクワブ、タマゴ」を入れ、


 「ハイ!」


と、男の胸元に突き出す。

男は、


 「おお、ワリッ! 迷惑かけた。ママ、出来たら箸か何か・・・」


静子はカウンターの上に箸を力強く叩(タタ)き置く。

その音を聞いて、男が気合が入った声で、


 「シツレイしましたッ! 」


と、警察官の様な敬礼をする。

そう言いながら、箸を割ってカウンターの前でおでんを旨そうに食べ始める。

静子が、


 「ああ、ダメッ!」


 ドアーチャイムが鳴りお客が数人、店に入って来る。


龍太郎は丁重に、


 龍太郎「お客さん、オデンを持って家に帰りましょう。さあ、さあ」

 男 「此処で食わせてくれよ~、ママー・・・おれは『淋しいんだ』よ~」


と男が。

龍太郎は、


 「お客さん! 帰りましょう。オテントウ様がまぶしいよ。ハハハハ」


男は駄々(ダダ)をこねるように、龍太郎に連れられ店を出て行く。


 ダストボックスの上で『雉トラ猫』が夜勤が入れた、トレイのネコの餌(カリカリ)を食べて居る。


酒臭さが、鍋の周りに漂っている。

床には男の食べかけの「チクワブ」が一つ転がっている。


静子は思わずカウンターの後ろのダストボックスを力一杯蹴飛ばす。


 石田が出勤して来る。


 「おはよーございま~す」


静子が怒った口調で、


 「ナニッ!?」


石田は静子を見て、


 「?荒れてますね。何か遭ったんスか?」

 「冗談じゃないわよ。何がママよ。ふざけやがって」


石田が、


 「ママ? ああ、ここの客っスね。そんなの序の口ですよ。アタシなんてチャンネー、氷あるー!っスよ」

 「あ~あ、ヤダヤダ、こんな店!」

 「だから言ったでしょう。ここの店はマトモじゃないって」

                          つづく

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