第30話 組合の人

 龍太郎は腹が立っていた。


 『・・・ナメヤガッテ・・・』


その客は杖を突いた『年配の男』であった。

男は必ず店の空(ス)いた時間にやって来る。

いつもの様に「毎日新聞」と「東京スポーツ」を買って売り場を一周して出て行く男・・・。

だがその日は少し違っていた。

男は売り場の奥へ行ったまま出て来ないのである。

龍太郎は不審に思い、カウンターから奥の売り場を覗く。

すると「線香の煙」の様なものが一筋、天井に上がった。

暫くするとニコチンの、あの嫌な臭いが店内の新鮮な空気を切り裂く。

男は売り場内で、「タバコ」を旨そうに吸って居ではないか。

龍太郎は男の傍に近付き、


 「お客さん、タバコはよしましょうヤ」


男は龍太郎を一瞥、無視。

そしてまた旨そうにタバコを一服吸う。

龍太郎はたかぶる気持ちを抑えて、


 「お客さん! 店内は禁煙ですよ? タバコは外でお願いします」


すると男は吸いかけのタバコを売り場の床に「ポイ」。


更にそのタバコをサンダルで踏み消し、スタスタと店を出て行く。

龍太郎は怒るべきか一瞬迷う。

が、やはり「この結論」に達した。

急いで店の外に男を追いかける龍太郎。

男の背中越しに、


 「オイ、こら、待て! ここは俺の店だぞ。あの床の焦げ跡、どうしてくれんだ」


男は立ち止って振り向き、


 「焦げ跡? オメーが吸うなと言ったから捨てたんじゃねえか。ナンカ文句あんのか?」

 「何だと、変なイチャモン付けやがって。オマワリ呼んで話聞いてもらおうか」

 「ウルセー!」


その杖の男は一言吐いて、そそくさと立ち去って行く。

龍太郎は完全に切れてしまう。


 「こら待てー! オマエ、名前、何て云うんだ! 今、警察呼ぶから待っとれ!」


石田が外が騒がしいので店から出て来る。


 「オーナー! 何やってんスか?」

 「おう、イシダ。オマワリ呼べ! ふざけやがって。待て、コラ!」

 「?また万引きっスか?」

 「器物破損だ! いいから早く呼べ!」

 「キブツハソン?・・・はい」


石田が売り場に戻り、静子に、


 「オーナー、外で喧嘩してますよ」

 「ケンカ!?」

 「何か、警察呼べッて」


静子は急いで店の外に出て来る。


 「アンタ、何やってるの!」


龍太郎が、


 「あのオヤジ、営業妨害と器物破損だ! 警察呼んでくれ」


龍太郎は男を追いかけ腕を掴む。


 「おい! 逃げるな。きっちり話をつけようじゃねえか」

 「何の話をつけんだ? 俺を誰だと思ってる」

 「ダレ? だから名前を言えって聞いてるんだ」


ドロッとした目で龍太郎を睨む、杖の男。


 「・・・俺の一言でこんな店潰す事なんてワケねえんだ」

 「何だと?」

 「山谷の組合を呼ぶぞ」

 「サンヤのクミアイ? 何だそれは!」


男は渋い声で、


 「断酒組合だ」

 「ダンシュクミアイ??」


石田が店から出て来て、


 「オーナー、一応、オマワリ呼びましたよ」


龍太郎は男の腕を掴み、


 「ダンシュクミアイって何だ!」


男は龍太郎の手を振り切り、『酒臭~いため息』を吹きかける。


 「う!」


龍太郎の得も言われぬ顔を。

男は杖を突きながら去って行く。


 「おい、コラ、クソオヤジ! 二度と来るな。ッたく~、腹が立つなあー」


 ダストボックスの上で『雉トラ猫』が龍太郎を見ている。

                     つづく

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