第29話 モニカの人

 最近また、変んな客が常連に成った。


ある日。それは「午前中」の事であった。

朝の賑わいも一段落した頃。

龍太郎がカウンターを整理している。

静子と石田が売り場で品出しをしている。


すると外で『モニカ』と云う「吉川晃司の曲」を「バスの音域」で歌う男がいる。

龍太郎は耳を澄ましていると、その歌声は徐々にこの店に近付いて来る。


 「セックス、セックス、セックス、セックス! ハッ、モ~ニカー。セックス、セックス、セックス、セックス、ハッ!モニ~カー。モ~ニカ、たら、ハッ、モニカー、モニモニモニモニ、ハッ! モニカ~。ハハハッ、ハ〜!」


龍太郎は嫌な予感がして来る。


・・・声が止む。


 ダストボックスの上の『雉トラ猫』が飛び降り、急いで逃げて行く。


予感は的中した。

それは、異常に『大きい人(男)』であった。

もう少しで、店の入り口に頭がぶつかる様である。

龍太郎と静子、石田は目が点になり、その大きな男を見上げている。

男は首を曲げて店に入って来た。


黒の革靴を履き眼鏡を掛け、身なりこそ「こざっぱりとした男」である。

石田は急いでバックルームに逃げて行く。

龍太郎は男を見て、


 「いらっしゃいませ~」


男は龍太郎の声を無視して、カゴを持って雑誌コーナーに行く。

静かに立ち読みを始める大男。

暫くすると数冊の週刊誌、漫画、「キティーちゃん」の絵柄のお菓子をカゴに入れ、レジカウンターに持って来る。

石田はバックルームの奥から男の様子を伺い、そっとカウンターに出て来る。


 「・・・いらっしゃいませ」


男は小さな石田を上から見下ろす。


と、突然「バスの利いた低音」で歌う様にカゴの商品の数(カズ)を数えながらレジカウンターの上に置いて行く。


 「週刊新潮が一~冊、文春が一~冊、現代が一~冊、ビジネスが一~冊、ポストが一~冊、経済と朝日が一~冊、碁が一~冊、チャンピオンとジャンプが一冊ずつ~、それと、ケテーのお菓子が二つ~。全部で十二点~!」


石田は恐ろしさのあまり「たじろぎ」ながら商品をスキャン、カウンターに並べ、レジ袋の中に入れて行く。

そして最後に「キィテーちゃんのお菓子」を袋に入れる。


 「十一点で三千八百七十七円になります」


男は、


 「?・・・?。十二点で四千二十円じゃないの?」

 「えッ! あ! すいません、もう一つ有った」


石田は焦って袋の中の「キティーのお菓子」を取り、スキャンする。

すると男が、スイッチが入った様に店内で大声で歌い始める。


 「ああ~? 間違えた?・・・マチガエタ。マチガエタたらマチガエタ、マチガエタ~」


石田は、たまらなく恐ろしくなりカウンターの後ろに張り付く。

男はオペラ歌手の様な声で、


 「キィテーのお菓子をマチガエタ~、キィテーのお菓子をマチガエター!」


歌いながら小さな古びたサイフから四千百円を取り出す。

石田は震えた両手で丁寧に代金を受け取り、お釣を渡す。

が、焦っているせいか、お釣が十円足りない。

男はそれを見て、


 「? 八十円のお釣じゃないの?」

 「あッ! スイマセン、すいません」


石田は急いで十円を渡す。

男はまた発狂したように、


 「キテーと、お釣を間違えた! キテーとオツリをマチガエタ! キテーとオツリをマチガエタ。マチガエタたらマチガエター・・・」


大声で歌いながら店を出て行く男。

町内に響き渡る声。

暫く静かになる町内。


と、突然、遠くでまたあの強烈なバスのきいた大声が。


 「マチガエタゾー、バカヤロー。セックスだー!ブチコンデヤレー! バカヤロオ~! ハハハ。ハッ、モ~ニカ~!」


ドアーチャイムが鳴り、常連客の「飯田さん」が店に入って来る。


 「いやーね~、あの人」


静子は飯田サンを見て、


 「あ、いらっしゃいませ~」

 「あの人、呉服やさんの若旦那よ。子供の頃は頭が良くて、そこの芸大を出たんだけど。この時期(春)になるとオカシクなるみたい。子供も居るのよ」

 「えッ! そうなんですか?」

 「普段は、とっても静かな人なの」


龍太郎が売り場の奥から出て来て、


 「ああ、やっぱりねー・・・」

                          つづく

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