第28話 黒いコートの人

 日も暮れてアミーゴの店の看板にも灯りが点る。

常連の客達の出入りも激しくなる。


 具流氏がブックコーナーで立ち読みしている。


すると・・・。

店の外を通り過ぎる一台の「台車」。

『黒いコートを着た男』が台車を押している。 

台車には荷物が山のように積んである。

龍太郎は何気なく、通り過ぎる台車を見ている。

暫くすると台車が戻って来た。

店の前に台車を停めて、黒いコートの男性は消えてしまう。

前髪にカールを巻いた常連の女性客(飯田さん)が店に入って来る。


 「だ~れ、あそこに台車置いた人(シト)~。邪魔ねえ。お店に入れないじゃない。オーナー、何とかしてちょうだい」

 「あ、すいません」


龍太郎は急いで店を出て、入り口をふさぐ台車を移動する。

と、突然、通りの前の駐車場から黒いコートを着た小柄な「老人?」が出て来る。

老人は龍太郎が台車を移動した事に腹を立てているようである。

そして、・・・何か怒鳴った。


 「うーう。ウガ、うが、うがーッ!」


男は龍太郎に近づいて来る。

もの凄い「臭い」が、男の周囲に漂っている。

龍太郎は後ずさりしながら店に入って来る。

龍太郎に続き、男も店に入って来る。

一瞬、客と店員はその男の姿と臭いに驚き身構える。

男は売り場のあらゆる所を触(サワ)り始める。

静子は我に返り、


 「あ、い、いらっしゃいませー・・・」


男が売り場の奥に入って行く。

龍太郎は距離を置いて、


 「お客さん。何かお探しですか」


男は黙って菓子コーナーに行き、何かを漁っている。

龍太郎がもう一度、


 「お客さん、あの~、何か・・・」


男は一言、


 「クッパエビセン(カッパエビセン)!」

 「あ、エビセンですか。エビセンはこちらです」


龍太郎は急いで棚から「カッパエビセン」を取ってカウンターに持って来る。


 「お客さん!こちらにお持ちしました」


男はまた怒り始める。


 「ココぬぃ置いどげー」


龍太郎は老人の言葉を無視して、


 「お客さ~ん、こちらー」


男は無視された自分の言葉にプツンと切れたらしく、垢だらけの手でいたる所を触(サワ)り始める。

龍太郎は、


 「あ、お客さん、ダメ! 勘弁してくださいよ~。このカッパエビセン、差し上げますから、どうぞ、どうぞこちらへ」


龍太郎はドアーの方に手招きをする。

男はカウンターに行き、垢だらけの手で杏子に代金を渡す。

杏子は後ずさりしながら手を伸ばし、指先で小銭をつまむ。

静子、モンサ、弘美達は、男に距離を置きながら固まって杏子と男を観ている。


 「ア・リ・ガとうございます」


杏子も急いで男から離れる。

男は大声で、


 「フクローッ!」

 「あ、すいません。はい!」


杏子がカウンターの下から小さなレジ袋を取り出し、手を伸ばして渡す。

男は更に大声で、


 「ディカイノー!」


杏子も大声で、


 「は~いッ!」


杏子は急いで「L袋」に換えて、カウンターの上に投げる様に置く。

男は袋を握り締めてレジカウンターに寄り掛かり、身体を翻(ヒルガエ)す。

両手をカウンターの上に載せ、垢だらけの手で「ペタペタ」と叩き始める。

『恐ろしい男』である。

男は、観ている客達を酔った目でゆっくりと一周する。

客達は一瞬たじろぐ。

男は「ゲップ」を一つ吐き、深いため息を吐く。

龍太郎が店を中々出て行かない「この客様」に、


 「お客さん!さあ、帰りましょう」

 「ウン?・・・ガッパイビセン!」


男が怒る。

龍太郎が優しく、


 「こちらに有りますよ」


とエビセンの袋を見せる。

男が龍太郎に近付き、エビセンの袋を奪い取る。


 「あッ!・・・ありがとうございます」


エビセンの入った袋を「台車」のハンドルにくくり付ける男。

台車にはあらゆる「生活道具」を載せ、ハンドルには酒、鍋、コップなどが、ぶら下がっている。

男は龍太郎の顔を見て、


 「ウルへーッ!(うるせー)」


と一言。

物凄い「臭い」を残して、台車を押しながら道路に消えて行く。

龍太郎は台車が去って行く事を確認、男の背中

に、


 「ありがとうございま~す。また起こし」


急いで、店に戻る龍太郎。

呆気に取られている杏子と弘美。

龍太郎が、


 「何を見惚れている。早くカウンターを拭いて!お待たせしました。お客さま~、どうぞ~」


もとの賑わいに戻った店内。

飯田がカウンターに来て、杏子に、


 「大変ねえ。でも、お客サンですもんねえ。高校生?」

 「はい」

 「あら~、エライワ~。頑張ってねー」

 「あ、はい!」


飯田はカウンターの上に豆腐を置く。

杏子をジッと見て一言。


 「今夜は、湯豆腐にしょうかと思って」

 「え? はあ。まあ。百八円になります」


飯田はエプロンのポケットからサイフを取り出し、


 「はい!」

 「ありがとう御座いま~す」


モンサが休憩を終えて売り場に出て来る。

飯田はモンサを見て静子に、


 「あら、外人さん入れたの?」

 「ああ、ギンちゃんですか?」


飯田はモンサを見て、


 「あら~、ギンちゃんて云うの。アメリカの人?」

 「ハイ。モンサ・ギンポ デス。アフリカ デス」

 「アフリカには、ああいう人居ないでしょう?」

 「アアイウ人?」

 「そう。ホームレス!」

 「オウ、ケニア ニハ沢山居マスヨ」

 「あらー、ケニアに? 日本語、上手ねえ。エライワ~、じゃねー」


飯田が店を出て行く。


 静子がスプレーと雑巾を持って、男の手が触れた所の『手垢』を拭き取っている。

                          つづく

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