第26話 レクチャー アンド チャレンジ

 夕方の三時。

店の周りの『サバンナ』に、六〜七人の路上生活者達(プー太郎)が酒を飲んで騒いでいる。


そこに長身の黒い青年(モンサ・ギンボ)が、ランニングパンツで、走って店に入って行く。

プー太郎達は呆気に取られ見ている。


 ドアーチャイムが鳴り、ギンボが白い歯を見せてレジカウンターの前に立って一言。


 「キマシタ!」


静子と石田は目が点。


 「え? え? え〜!」

 「ギンボ デス。ヨロシク!」

 「チンボ? 」

 「チガイマス。ギンボ、『ギ・ン・ボ』デス」


ギンボが事務所に入って行く。

石田が、


 「?、店長、あの男、ウチの店で?」

 「働くみたいよ」

 「ハタラク? マジっスか!」


 龍太郎とギンボが事務所でダンボール箱を開け、『ユニホーム』を探している。


 「ちょっと、これを着てみな」


ギンボが着替える。


 「オーナー、小サイデス」


龍太郎が遠目でギンボを見て、


 「・・・そうだなあ。じゃ、これは?」

 「小サイ!」

 「困ったなあ〜、腕が合わない。そうだ。半袖だッ!」


龍太郎はロッカーの上の「半袖」と書いてあるダンボール箱を下ろす。


 「え~と、四Lだよなあ・・・。あ、有った。これ、着てみ?」


ギンボは半袖のユニホームに腕を通す。


 「・・・ワオ! ジャストフィット」


その場で一回転するギンボ。

龍太郎はそれを見て、


 「おお! 黒い肌に縦縞模様。合うね〜。格好良いじゃん。決まった! ただ下だな。下が『ジョギパン(短パン)』じゃダメだ・・・」

 「パンツは持って来ました」

 「来た? ソレは良かった」


ジャージのパンツである。

ランニングパンツの上からジャージを履くギンボ。

龍太郎は形(カタチ)が成ったモンサを見て、


 「オー、良いじゃない。何かアフリカのコンビニみたいだな」


龍太郎は冗談で、


 「ギンボ、ケニアのダンス踊ってみな」

 「ダンス? オーケー」


ギンボがピョンピョンと踊り始める。


石田がカウンターから事務所を覗いて、


 「店長。アイツ、跳ねてますよ」


静子は驚いて、


 「え〜ッ! 面接じゃないの?」


 暫くして、半袖のユニホームに着替えたギンボが、売り場に出て来る。

後を追うように龍太郎が。


 「石田サン、紹介しょう。モンサ・ギンボくんだ」

 「えッ! あ、ああ・・・」

 「それから、隣に居るのがマイ ワイフ」


モンサは静子を見て、


 「ワオ! キレイ デスネ」


静子は大きく咳払いをして、呆れた顔でカウンターを出て行く。

売り場で品揃えを始める静子。

石田の傍に近寄るギンボ。

ギンボと石田の『身長の差』があまりにも眩(マブ)しい。

ギンボが、


 「高校生?」


石田はムッとした顔で、


 「オトナッ!」

 「オトナ? 可愛イネ」


石田がギンボをキツイ目で睨む。


すると、店にあの『恍惚の老婆(咲子)』が入って来る。

奥の売り場から静子が、


 「いらっしゃいませ~」


恍惚の老婆はカウンターの半袖のギンボを見るやいなや、店を出て行ってしまう。


数人の悪ガキが店に入って来る。


 「いらっしゃいませ~」


悪ガキはカウンターの前を通り過ぎる。

ふと立ち止りギンボを見る。

ガキAが、


 「ビックリした。黒人じゃん」


ギンボは腕を後ろに組み、上から目線で、


 「イラッシャイマセ!」


するとガキBがギンボを見て、


 「いらっしゃいました~」

 「ワオ、ツメタイ『アイス』 ハ イカガデスカ?」


ガキ達が、


 「?」


競馬新聞を買いに来た客にギンボが、


 「ヤキタテ ノ『パン』ヲ ドーゾ」


客はカウンターの前の新聞挿しを見て、


 「あれ? まだ来てないの」


ギンボが、


 「何ガデスカ?」

 「?・・・」


客は何も言わずに店を出て行ってしまう。

茶髪の悪ガキ達が数人、店に入って来る。

ギンボは軽く右手を挙げ、


 「ハ~イ、オイシイ『カラアゲ』アリマスヨ」


ガキ達は、


 「?・!・?」


ギンボを見た途端、直ぐにUターンして店を出て行ってしまう。

外で悪ガキ達が集まり、ギンボを指差し話し合っている。


杏子と弘美が売り場に出て来る。

異常に背が高いギンボが売り場内をふらついている。

弘美がレジカウンターに入り静子に、


 「おはようございま~す」

 「おはよう。勉強してる?」

 「ハイ」


杏子はカウンターの前を通り過ぎながら、


 「おはようございまーす」

 「はい、おはよう。今日も頑張りましょう」

 「は〜い」


静子は杏子の服装を見て、


 「杏子サン、名札が曲(マガ)がってるッ!」

 「あッ、すいません」

 「ちょっと杏子サンも来て。新人サンを紹介するから」

 「は~い」


杏子がカウンターに入って来る。

静子が、


 「ギンボ! 来てー」

 「ハ~イ」


弘美と杏子が顔を見合わせ、


 「チンボ?」


ギンボがカウンターの中に入って来る。


 「今日からここで働いてもらうアルバイトのモンサ・ギンボくんです。で、こちらが杏子サンにこちらが弘美サン」


杏子は上目づかいでギンボを見て、


 「・・・どこの国の人ですか?」

 「ケニア デス」


ギンボは二人を見て、


 「高校生デスカ?」


杏子は消極的に、


 「あ、イエスッ!」

 「ワオ、可愛イー 」


弘美は何か聞かれる事を恐れ、急いで雑誌コーナーに逃げて行く。

杏子も徐々にギンボから離れて行く。

弘美は雑誌を整理しながら、カウンター内の二人の会話を聞いている。

静子は、


 「杏子サン、いろいろ教えてあげてね」

 「え!? あ、はい」


杏子はおでん鍋の前で俯いて居る。

弘美が雑誌を持ってカウンターの前に来る。


 「店長、チャンピオンの表紙、破(ヤブ)けてます」

 「ええ! また~、ッたくー」


ギンボが弘美を見る。

弘美は急いで離れる。

ギンボが、


 「高校生デスカ?」

 「チンボさんは学生ですか?」

 「チンボ デハアリマセン。ギ・ン・ボ デス」

 「あ、すいません。ギンボさん」

 「ボクハ、大学生デス。大学 デ 『マラソン ト コンビニ』ノベンキョウ ヲ シテマス」

 「えッ! アスリートなんですか?」

 「箱根駅伝 ノ レギュラー デス」


静子が驚いて、


 「え〜ッ! そうなの」


 そこにドアーチャイムが鳴り続け、外に居た悪ガキ達が店に入って来る。

杏子は渋い顔で悪ガキ達を見て、


 「いらっしゃいませ~」


ギンボも、


 「ラッシャイマセ~。ヤッパリ カラアゲヲカイニ キタネ」


全員がレジカウンターの前に立ち止まりギンボを見る。

帰り支度を終え、売り場を通り過ぎる石田。

石田がカウンターの前に立ち尽くす一人の悪ガキの肩にぶつかる。

ガキC、


 「イテッ!」

 「ボーっとつッ立ッてんじゃねえよ。邪魔だ。ボケッ!」


石田の「迫力の啖呵」に驚き、


 「あ、すいません!」


悪ガキ達は通りを開ける。

静子、杏子、弘美は石田の迫力に目が点。

ギンボは石田の帰る背中に、


 「オツカレサマデス、ボス!」

 「おう、頑張れよ。チンボ!」


悪ガキ達は石田の最後の一言に、


 「チッ、チンボ〜!?」


カウンター内のギンボが悪ガキの一人を見て、


 「シヨウガクセイ?」


悪ガキAはムカついた顔でギンボを見上げて、


 「お・と・な・ッ!」

 「オトナ? 小サイネエ」


悪ガキ達は黙って売り場の奥へ行く。

龍太郎がバックルームから出て来る。

悪ガキの傍にそっと近寄り、


 「いらっしゃい。マ、セ〜ッ!」


悪ガキは驚いて、


 「ビックリしたー!」

 「何もビックリする事はねえだろう。それとも・・・」

ガキD(少女)が、


 「何でアタシ達の事を疑うんですか?」


ガキB、


 「お客だぞ」


龍太郎、


 「おお、チャント金払えばな」


ガキB、


 「・・・さっきあの黒いヤツ、踊ってたぞ」


龍太郎、


 「踊ってた?! あ〜、アレはトレーニングと言うのだ」


ガキA、


 「トレーニング?! ・・・オーナー、バイトやらせてよ」

 「ダメだ! フラフラして騒いでるヤツはウチの店では働けない。ジャマだ! 買わないなら出て行け」


ガキC、


 「クソジジイ」


龍太郎、


 「何か言ったか?」


ガキA、


 「分かったよ」


悪ガキ達が店を出て行く。


 店の外で、一人の悪ガキがギンボを見て『ストリートダンス』を始める。

ギンボはソレを見てポケットに両手を突っ込みカウンター内で飛び跳ねる。

キッズ達はそれを見てギンボに「V」サインを送る。

ギンボはポケットから両手を出して、両親指を横に立てガッツで踊る。

杏子がそれを見て、


 「カッコイ~!」


弘美はギンボを見て親指を立てて真似をする。


 龍太郎が店の外があまりにも騒がしいので、外に出て行く。


 「何してるッ! カエレ」


悪ガキAがカウンターのギンボを指差す。

龍太郎が店内を見るとギンボがカウンター内でピョンピョンと跳ねている。

龍太郎は急いで店内に戻り、


 「ユー、ダメッ! トレーニング ノウ」

 「オウ、スイマセン」

 「ここは大学じゃないんだ。カウンター内でトレーニングは絶対ダメッ!」

 「分リマシタ。オーナー、オコラナイデ クダサイ」


龍太郎はまた店から出て、


 「邪魔だ! 公共の道路をこんなに汚して・・・掃除して行けッ!」


悪ガキA、


「モモチさん、バイト~」

 「ダメ! 絶対に、ダメーッ!」


 ダストボックスの上で『雉トラ』が悪ガキ達を見ている。

                          つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る