第25話 募集の貼り紙

 静子は不安であった。


有賀の件も一段落して、龍太郎はまた奇妙なアルバイトを採用した。

・・・「人間好き」にもほどが有る。


 ダストボックスの上で『雉トラ猫』がのんびりと寝ている。


その日、龍太郎はドアーの貼り紙を指差し、


 「林クン、アレ、反応はあるの?」

 「あ〜、アレっすか? ハハハ。早朝、ランパン(ランニングパンツ)の黒いヤツが見てますよ」

 「ランパンの黒いヤツ?」

 「そおッす。毎朝、アーケードん中、良い感じで走ってます」

 「良い感じで走ってる・・・」

 「アイツ、東マラ(東京マラソン)にでも出るンじゃないすか?」


 翌朝。

店内でランニングパンツの『黒豹の様な青年』が「ミネラルウォーター」を片手に立っていた。 


龍太郎が出勤して来る。


 「オーナー。アイツ、オーナーに用事が有るんですって。アレっすよ。『募集の貼り紙』見て走って行くヤツ」


龍太郎はその青年に下手くそな英語で、


 「Do you want to work ?(仕事を探しているの)」

 「ハイ」

 「ワ〜オッ! ユー、日本語、喋れるの」


青年はニッコリ笑い、


 「ハイ」

 「普段は何をしているの?」

 「大学ニ行ッテマス」

 「ダイガク? 留学生?」

 「ソウデス」

 「どこに住んでるの?」

 「三ノ輪デス」

 「三ノ輪? な〜んだ、直ぐそこじゃないか。そこから走って来るの?」

 「ソウデス」

 「毎朝?」

 「ソウデス。浅草の周りを五周してます」

 「五周? ワ~オ、そうだったの。そのランニングのマークはOK大学かな?」

 「ソウデス」

 「じゃ、働いてみる?」

 「本当デスカ? ヤッター!」


ガッツポーズをする黒い青年。


 「ただし、履歴書を書いて持って来なさい。あッ、それと身元保証人の欄は必ず書いてね。印鑑も押してもらって、その人の電話番号も忘れずに書いて来る事。後で確認するから」

 「オーケー! アシタノ朝、持ッテ来マス」


青年は走って店を出て行く。


 ダストボックスの上で『雉トラ』が異常に背が高い「黒い青年」を見ている。


石田が出勤して来る。


 「おはようございま〜す」


石田を見て林は退勤のため事務所に。

龍太郎が石田を見て、


 「おはよう」

 「今、走って出て行った黒いヤツは何すか?」

 「あ〜、バイトやりたいんだって」


石田は驚いて、


 「バイト!? ウチの店で?」

 「貼り紙、見たんだって」

 「ハリガミ? 雇うンすか?」

 「うん? 一応、オーケー出した」

 「出した? 何者ッすか?」

 「留学生だ」

 「何でランパンなンすか?」

 「走ってるんだって」

 「あ〜あ、アスリートすか」


静子が出勤して来る。


 「おはようございま〜す」


石田が静子に近づき、


 「バイト決まったらしいすよ」


静子は驚いて、


 「決まった?! どんな人?」

 「背が高くて、アスリート」

 「背が高くてアスリート? わー、早く見たいわ。このお店のイメージに合うかしら?」


 翌朝、満面の笑みを湛えた、「青年」が店にやって来る。

歯の白さがやたら際立(キワダ)つ。

青年はカウンターの静子を見て、


 「コンニチハ」

 「いらっしゃいませ〜」


石田が静子に近づき耳元に、


 「あのヒトですよ」


静子はその青年の風体(フウテイ)を見て驚く。


 『ランニングパンツに、OKマークがプリントされたランニングシャツ』


 「あの〜・・・どちら様?」

 「面接ニ来マシタ」

 「メンセツ!」


するとバックルームから龍太郎が出て来る。


 「ハ〜イ。来たね。練習中だね?」

 「ハイ。表通リハ アブナイ デスカラ」

 「ああ、それでこのアーケードを」

 「ハイ。雨デモ走レマスカラ」

 「そうだなあ」

 「店長、履歴書持ッテ来マシタ」

 「オウ、ノウ。私ハ、オーナー。アソコノ女性ガ店長」

 青年「ワ〜オ、失礼シマシタ。オーナー」


青年は静子を見て片手を上げ、


 「テンチヨウ、ハジメマシテ」


静子が振り向くと、青年は丁寧にオジギをする。

静子は、


 「?」

 「ハハハ。じゃ、事務所で面接でもしましょうか」


静子が、


 「オーナー、ちょと!」

 「え?」


龍太郎が静子のそばに来る。

静子が小声で、


 「あの人、黒人じゃない」

 「黒人じゃダメか?」

 「いや、ダメって言う事はないけど・・・。合わないンじゃない?」

 「合わない?」

 「この店に・・・」

 「合うよ〜。まず、面接だ」


二人は事務所に入って行く。

静子と石田は呆気に取られて二人を見ている。

林がレジカウンターの前を渋い笑いを浮かべて帰宅して行く。


 「お疲れッす」


 龍太郎と青年が事務所で立って面接している。

身長の差が際立つ。

龍太郎が、


 「どら、履歴書を見せてごらん」


青年はウエストポーチから履歴書を取り出し、龍太郎に渡す。

龍太郎は履歴書を開く。


 「・・・モンサ・チンポ? チンポって云うの?」

 「チガイマス。ギンボ デス」

 「あ〜あ、『モンサ・ギンボ』ね。ごめん、ごめん」


龍太郎は空いた椅子を指差し、


 「そこに座りなさい」

 「ハイ、・・・失礼シマス」


ギンボは日本語を流暢に使いこなす。

龍太郎は汚い日本語で書いてある履歴書を見て、


 「ええッ! ケニア? ケニアから来たの!」

 「ハイ」

 「実家は何をヤッテるの?」

 「ジッカ?」

 「あ〜、ごめん、ごめん。ケニアでのギンボくんの家の仕事は?」

 「アア、酋長デス」

 「シユウチョウ?」

 「アッ、イエ、アー・・・村長デス」

 「ソンチョウ? ああ、政治を勉強しに日本に来たんだね」

 「違イマス。フランス デ スカウト サレマシタ」

 「フランス? へ〜・・・。で保証人は中野康介? 競輪か?」

 「イエ、監督デス」

 「ああ、マラソンの監督」

 「スカウト シテクレタ人デス」

 「凄いなあ~。それでOK大学に留学中か。四カ国語を喋れるの。フランス、スワヒリ、アラビア、日本語。うちの店にも東大や明治は居るけれど、それ以上だな。で、こういうアルバイト(仕事)やった事あるの?」

 「ケニア ノ 雑貨屋 デ 『槍』 ヤ 『ライフル』、 コーヒー豆 ソレト・・・『靴』 ヲ 売ッテマシタ」

 「ヤリ? ライフル、クツ? ちょっとジャンルが違うな。ウチはパンやアイスだぞ」


 石田がカウンターで静子に、


 「二人、話、長いっスね」

 「・・・」


 龍太郎とギンボは事務所で、


 「で、いつから来れる?」

 「今日カラデモ大丈夫デス。夕方ナラ毎日デモOK」

 「そうか。それじゃあ、あとで、保証人に確認した後、君の携帯に電話する」

 「OK! ジャッ、ガンバッテクダサイ」


ギンボが事務所を出て行く。


 入れ替わりに静子が事務所に入って来る。

龍太郎を見て、


 「だいじょぶなの、あの黒人」

 「だ・か・ら、コクジンって云う言い方は良くない! 差別用語だ」

 「だって黒い人じゃない」

 「彼には『モンサ・ギンボ』と云う立派な名前がある。しかも、彼の実家はケニア。父親は酋長(シユウチョウ)だぞ。そんな偏見的な言い方は日本人の恥だ」

 「シユウチョウ? ・・・まさか、雇うんじゃないでしょうね」

 「うん?・・・うん」

 「うん? 有賀くんの件を忘れたの。あんな得体の知れない黒人、今度は『麻薬の密売人』かも知れないわよ」

 「麻薬の密売人がランニングパンツで毎朝走るか? そんな子ではない!この履歴書を見なさい」


龍太郎は『モンサ・ギンボの履歴書』を静子に渡す。

静子は履歴書を見て、


 「・・・う~ん。OK大学・・・。で、こんな仕事出来るの?」

 「ケニアで雑貨屋のバイトをやってたんだ。地元のコンビニだ」

 「ザッカヤ? 何、売ってたの」

 「ナニって、住民に一番必要とされるモノじゃないか」

 「それは何?」

 「うるさいなーあ。コーヒーとかクツだよ」

 「本当? 猟銃とか槍じゃないの?」

 「・・・。店長、ケニアはコレから開発の中心国だ。草原にもコンビニは必要になる。彼はそれを学ぼうとして毎朝、街を観て走ってるんだ。店の周りに寝てる路上生活者。アレはサバンナの動物の様なものだ」

 「? ソレこそ、差別じゃない」

 「うん? まあ、言い過ぎかな」

 「でも、アンタが選ぶアルバイトって変な人が多いから」

 「ヘンなヒト? 何を言ってるんだ君は。この街では私達が『ヘンな人』なんだぞ」


静子は呆れた顔で


 「アンタあの頃の病気、まだ治ってない様ね。ここは東京でも指折りの労働者の街よ」

 「あの頃?」

 「会長の金魚の糞!」


龍太郎はさっそく、身元保証人に確認を取る。

気合いの入った体育会系監督の声である。


 「ハイ、中野ですッ! ギンボがアルバイト? ソレはどうかな〜あ。彼は今、強化練習中なんですよ。一応、彼に聞いてみますけど、支障が無いと彼が言うのなら私には止められません。彼にとっても社会勉強ですしね。何しろ自由と挑戦を謳いますから。・・・少し、オタクで鍛えてもらいましょうか」


龍太郎はギンボに電話をする。


 「ハーイ! チンポ? オーナーデス」 

 「オーナーッ! コンニチワ。監督ニ レンラク トレマシタカ?」

 「取れたよ。キミと話し合うって」

 「監督ハ、練習ニ 支障ガナケレバ ヤッテ良イッテ」

 「OK!ヨカッタネ。カモ~ン」

 「ワーオ、ワオ! ワオ! ヤッター」

 「今日の夕方三時からバイト、オッケイ?」

 「モチロンデス! 軽ク ナガシテカラ 行キマス」

 「じゃあ、待ってる」

 「OK!」

                     つづく

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