第24話 有賀くんと覚せい剤

 その日を境に、有賀は店に来なくなった。


一週間して、龍太郎はいやな予感がして町屋の有賀のアパートに行ってみた。

日陰の古めかしいアパートであった。

龍太郎は履歴書に書いてある「101号」のドアーをノックしてみる。

人の気配が無い・・・。

アパートの住人(男性)がコンビニの袋を提げて戻って来る。

男はドアーの前に佇む龍太郎を見て、


 「有賀さんは居ませんよ」

 「あ、そうですか。どこに行ったかご存じ有ませんか?」

 「さあ・・・」


男は通路を塞(フサ)ぐ龍太郎を見て、


 「あの、すいません」


龍太郎は通路をあける。


 「あッ! すいません」


男は有賀の部屋の隣りの住人であった。


 有賀の部屋のドアーを見ている龍太郎。

すると、ドアーに小さく折りたたんだ「メモ」が差してある。

龍太郎はそのメモを抜いてそっと広げる。


 『至急連絡する事。10月20日AM8時 蓮見』


 「ハスミ? 誰だろう・・・」


 龍太郎は急いで店に戻り、保証人の有賀の父親に連絡を取る。

事務所で電話をしている龍太郎。


 「もしもし、有賀さんのお宅ですか。アミーゴ山谷店のモモチと申します」

 「誰?」

 「あ、アミーゴ山谷店と云います。博さんがアルバイトをしていたお店の責任者です。お父さんですか?」

 「そうだ。・・・アルバイト?」

 「はい」

 「ヒロシがまた何かやらかしか?」

 「いや、博さんが急に行方不明に成りまして、給料も預かっているし」

 「ユクエフメイ? ああ、それは『収監』されたんだろう。警察に聞いてみな」

 「シュウカン? ケイサツ? ・・・と言いますと」

 「アイツは、クスリやってんだよ」

 「クスリ?」

 「覚せい剤! 二回目だから捕まる前に階段から飛び降りて逃げようとしたんだ。そん時、足にケガをしてな。治るまで保護観察中だったんだ」

 「ホ・ゴ・カンサツ?」

 「ああ。仕事なんかしていたんで収監されちまったんだろう。今度はそうカンタンには出られねえだろうな」


 龍太郎は有賀と面接した時の事を思い出す。

三ヶ月前。


 「アリガ・ヒロシと云います。宜しくお願いします」


有賀は履歴書の入った封筒を差し出す。


 「じゃ、ちょっと失礼して・・・」


龍太郎は封筒を開けて履歴書を取り出す。


 「有賀博クン・・・二六歳。出身は、福岡県柳川・・・柳川高校か・・・。え! 野球部で甲子園に出場? 高校野球で甲子園に出たの? こりゃあすげえや」

 「いや~、まあ・・・」


静子も履歴書を覗いて、


 「へえ、で、どこを守ってたの?」

 「え? あ、ピッチャーです」


龍太郎は驚いて有賀を見る。


 「ピッチャー?! エースかよ〜。 スッゲ~ナ~」


静子も驚いて、


 「本当? 格好良い~。モテたでしょう」

 「いやあ、そんあ~・・・」


龍太郎が履歴書に目を移し、


 「で、卒業して、青田信用組合に就職」

 「はい」

 「野球は?」

 「はい。そこで野球やってました」

 「社会人野球!」

 「そうです」


龍太郎はため息をついて、


 「へえ・・・そう。で、何でそこを辞めたの?」

 「怪我をしたんです」


有賀を見て龍太郎。


 「ケガ? どこで」

 「野球場です。全治三ヵ月です」


有賀はズボンの裾を上げて傷を見せる。

かなり大きな傷である。


 「まだ、三箇所クギで止めてあるんです」


静子は心配そうに、


 「大丈夫? コンビニって立ち仕事よ」

 「大丈夫です。それに医者も少しはリハビリを兼ねて動かした方が良いだろうと」

 「本当に?・・・大丈夫かなあ」

 「ハイ!この通り」


有賀は座りながら怪我を負った方の足を屈伸して見せる。

龍太郎と静子は不安そうに有賀の足を見ている。

龍太郎は履歴書に目を移し、


 「で、家族構成は・・・お父さんとお姉さん。あれ? お母さんは居ないの?」

 「はい。高校の時、事故で亡くなりました」


静子は有賀を見て、


 「そう・・・可哀想に。で、お姉さんは?」

 「あ、板橋の大学病院で看護士をしています」

 「板橋の大学病院? もしかして日大病院?」

 「そうです」

 「あら、アタシの居た病院だわ。なんか有賀君と縁が有りそう」

 「え!? 奥様は看護士だったんですか?」

 「そうなの。若い頃ね」


龍太郎は思った。


 『と云う事は、あの履歴書はみんな嘘、ウソ、大うそ。有賀と云うヤツは、そういう男だったのか。なんて男だったんだ・・・』


と龍太郎はため息を吐いて、机を眺めている。

龍太郎は有賀が、早朝に一生懸命品出しや客の応対をしていた姿がダブついて来る。


 龍太郎は我に返って有賀の父に、


 「そうでしたか。・・・で、有賀くんのお給料はどうしましょう」

 「そんなのいらないよ。どうせ迷惑掛けたんだろう」

 「あ、いや。でも、十四万近く有りますよ」

 「え、十四ッ! いま、振込み先言うからちょっと書いてくれ」

 「え? あ、ハイ。どうぞ」


 静子が売り場から戻って来る。


 「で、何ですって?」

 「有賀クン、収監されたんだって」

 「シュウカン? って何」

 「アイツ、覚せい剤やってたらしい」


静子は驚いて、


 「え! うッそお~。そんなの、信じられない。あの有賀クンが?」

 「うん。アイツの足のケガは、警察に追われて階段から飛び降りた時に、やってしまったんだってさ。で、治るまで保護観察中だったんだと」


静子は信じない。


 「それ、本当なの?」

 「オヤジが言ってたから本当だろう。だから、ここの店は有賀の娑婆(シャバ)での最後の仕事。バカだねえ。アイツ二回目だから、もうとうぶん出て来られないだろうってさ」

 静子「そう云えば、有賀クンってどこと無く淋しそうな所が有ったわ。・・・そうだったの。あッ、そうだ! そこのケースの上の封筒。この間、林クンが有賀クンに渡してくれって、女の人から預かったらしいわよ」

 「え、どら? 有賀良子。・・・これ、有賀の姉さんじゃない。アイツ、家族構成だけは嘘じゃ無かったんだな」

 「どうしましょう」

 「あとで、給料明細と一緒に送ってやろう」

 「そうね」

 「バカだよ。本当にバカなヤツだ。俺みたいな男をだまして。でも良いヤツだったなあ・・・」


棚の上に有賀が忘れていった『マルボロ』のタバコが置いてある。

                          つづく

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