第23話 有賀くん

 店から買い物を済ませたお客が出て来る。


 ダストボックスの上で『雉トラ』が毛づくろいをしている。


事務所の電話が鳴る。

受話器を取る静子。

男の声が、


 「『バイトマン』の求人情報を見たのですが。まだ、募集していますか?」

 「あ! 少しお待ちください。今、担当者と代わりますね」


静子は急いで売り場に行く。


 「オーナー、電話! 募集の件」


石田は嬉しそうに、


 「来た! 五百円賭けましょうか」

 「よし、ノッタ! なんなら千円でも良いぞよ」

 「ウフフ。良いヤツなら良いっスけどね」


龍太郎が急いで事務所に行く。


 受話器を取り、


 「お待たせしました。まだ募集しています」

 「そうですか! 私、有賀と申します。じゃ、履歴書持って伺います。宜しく御願いします」

 「あ、あの、どちらにお住まいですか?」

 「町屋です」

 「マチヤ? 近いですね。直ぐ来られますか?」

 「え? じゃあ・・・二時頃ならいかがでしょうか?」

 「良いですねえ。じゃあ、十四時と云う事で。店の場所、分かりますか?」

 「はい。以前その店で買い物した事が有りますから」

 「そうでしたか。それはそれは、ありがとう御座います。それじゃ、お待ちしております」

 「はい。宜しくお願いします」


丁寧な受け答えをする男であった。


 龍太郎がカウンターに戻って来る。

石田が、


 「バッチリっスか」

 「バッツリ! 町屋だってよ。何か以前うちに買い物に来た事が有るらしい」

 「買い物?・・・どんなヤツかなあ」


午後二時。

男が面接に来た。

礼儀正しく、清潔でとても好感が持てる男だった。

龍太郎も静子も、迷いも無くこの男(青年)を『採用』した。


二ヶ月ほど経ったある朝の事。

事務所で休憩(仮眠)している有賀。

林が、


 「有賀さん!」

 「う! あ、はい」

 「オンナが面会に来ています」


有賀は眠い目を擦りながら、


 「え!オンナ・・・? あ、すいません」


暫くして、有賀が暗い顔をして事務所に戻って来る。

林は有賀を見て、


 「フラレタっスか?」

 「え? いや、ちょっと」


 朝。

静子が出勤して来る。

有賀が俯いて、腕を組みながらレジカウンターに立っている。

静子はどことなく元気がない有賀を見て、


 「有賀くん? ご苦労さま。眠いでしょう」


有賀は静子のその声に驚いて


 「あ! おはよう御座います。あれ? オーナーは」

 「ああ、途中で忘れ物を思い出したんですって。もう直ぐ来ると思うわ。どうしたの? 元気がないわね」

 「いや、別に」

 「オーナー、有賀くんの事、褒めていたわよ。客商売にピッタリだって。だから頑張ってね。何でも言ってちょうだい。アタシ、相談にのるから」

 「え? あ、はい。ありがとう御座います。楽しかったです」

 「何か言った? どうしたの。有賀くん、なんか変よ」

 「いえ、何でも有りません。あの~・・・」

 「何?」

 「今日、もう上がって良いですか?」

 「良いわよ。どうしたの、具合でも悪いの?」


静子は有賀の顔を覗き込む。


 「いや、ちょっと。急に用事が出来たんです」

 「そう」

 「店長、ありがとう御座いました」

 「な~に? イヤダ~有賀くん、なんか変。元気出して」

 「・・・すいません」


事務所で急いで着替え、店を出て行く有賀。

これが静子の有賀に会える『最後の日』となる事も知らずに有賀の背中に、


 「有賀くん!」


有賀が振り向く。


 「はい」

 「気を付けて帰るのよ」


有賀は静子を見て少し微笑んで、


 「はい。どうも。オーナーに宜しく言ってください」


 ダストボックスの上で『雉トラ』が有賀を見ている。


龍太郎が息を切らせ、出勤して来る。


 「やった! 七分。記録更新だ」


呆れた顔の静子。


 「元気ねえ。仕事もそのくらい元気にやってくれると嬉しいんだけど」

 「え、何?」

 「いいから、汗を拭きなさいよ」


ハンカチを渡す静子。


 「あ、ありがとう」


龍太郎が汗を拭(フ)きながら、


 「今、そこで有賀にすれ違ったけど。アイツ、もう帰ったの」

 「ええ。何か急に用事が出来たんですって。元気がないの」

 「元気がない?」

                          つづく

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