第19話 バイトの申し込み
それから数日経ったある日の夕方の事。
ダストボックスの上で『雉トラ』が毛ずくろいをしている。
石田と杏子がいつものように、レジカウンター内で駄弁(ダベ)っている。
石田が、
「また弘美、遅刻かよー。あのバーカ。アタシ、十五分したら帰るからな。美容室予約してあるんだ」
杏子、
「ビヨウシツ!ですか?」
石田がキツイ目で杏子を睨み、
「何か文句あンのか?」
「あ、いや」
「何で弘美は一緒に来なかったんだ?」
「メール打ってたらドアーが閉まっちゃったんです」
「電車の?」
「はい」
「アイツ、どっかトロイよな」
龍太郎が売り場で品出しをしている。
するとドアーチャイムが続けて鳴り、あの夜の少年(悪ガキ)達が店に入って来る。
「いらっしゃいませ~」
少年達はカウンター内の石田と杏子に眼(ガン)を飛ばす。
石田も負けずに少年達を睨(ニラ)み返す。
少年達は品出ししている龍太郎の傍に行き、周りを取り囲む。
龍太郎は奇妙な殺気を感じて振り向く。
「何だ、オマエ等か。何の用だ、こんな早く」
すると、あの晩、龍太郎の名前を間違えたリーダー格の少年Aが棚に寄りかかり、
「・・・分かった」
龍太郎、
「ワルカッタ?」
少年Aは笑って、
「違うよ。ワ・カッ・タ!」
龍太郎は突然のその一言が理解出来ない。
「何が?」
すると太った若干、吃音症(ドモリ)ぎみの少年Bが、
「モモ、モチだろう」
「モチ?」
龍太郎はあの晩の事を思い出し、
「ああ、俺の名前か? そうだ。モチだ」
「違うよ。モモチ!」
龍太郎は振り向きもせず、
「・・・誰に教すわった?」
「セ、センコウ」
「線香?」
龍太郎は振り向き、少年達を舐める様に見て、
「オマエ等は学校に行ってるのか?」
「たた、たまにチョコット」
「タマチョコか?」
少年達が笑い転げる。
龍太郎、
「先生は何にも言わないのか」
「言わない」
龍太郎は溜息を吐いて、また商品を棚に並べ始める。
先生がこれでは日本の将来は無い。
龍太郎、
「漢字を教えてくれた先生も何も言わないか?」
「分かんない字が有れば、また聞きに来いって」
「聞きに来い? 学校へか?・・・まあ・・・良い先生だな」
少年A、
「うん」
すると例の紅一点の少女が、
「え~え? あんなオヤジー」
龍太郎はその少女をキツイ目で睨み、
「先生の事をオヤジなんて呼ぶんじゃない!」
と凄みを利かす。
少女は驚いて、
「あッ、すいません」
龍太郎、
「とくにその先生はな」
少女は頬をふくらまして、
「じゃあ、何て呼ぶの」
龍太郎、
「何て? それは・・・師匠かな?」
少年Aは声を荒げて、
「シショウ? 何だそれ~。落語みてえ」
龍太郎は少年Aを睨み、
「? それは・・・」
龍太郎はこんな所で子供達に教育している暇はない。
商品を並べながら、
「ウルセーッ。もう行け! 俺は忙しいんだ。ジャマ、ジャマ、仕事中! あ、そうだ。昨日、警察がオマエ等を捜してたぞ。何かやったろう」
少年A、
「ええ! 何もしてなよ」
「そこの公園でバイクに火を点けたヤツがいたらしい。テントの人が見てたとよ。オマエ等がヤッタんじゃないのか?」
少年A、
「オレ達じゃないっスよお、なあ」
少年C、
「うん」
龍太郎は振り返り、少年達の顔を見詰る。
少年B、
「ああ、モ、モチ。ウ、疑ってるんだろう」
龍太郎は品出しをしながら、悪ガキ達の口調を真似て、
「疑ってないっスよ。オレ達がそんな事する訳ないもん。か?」
龍太郎はまた振り向き、
「おい! 俺はオマエ等に説教なんてする気はない。だけど、学校にだけは行っとけ」
少年A、
「何で?」
「何で? なんでって・・・ケジメだ」
龍太郎は呆れて溜め息を吐く。
所詮、この少年達に「けじめだの意義」だの、そんな言葉は通じっこない。
龍太郎は面倒くさく成り、
「いいから、人に迷惑かけるな! 悪い事はするな以上! あッ、ついでに学校に行く事!」
少年A、
「うん。・・・じゃッ」
龍太郎、
「気をつけて帰れよ。万引きするなよ」
少年C、
「しないよ〜。あッ、モモチさん!」
龍太郎は商品を整えながら、
「まだ何か有るのか? 俺は忙しいんだ」
『バイトやらせてよ』
龍太郎は驚いて、
「バイト!?」
少年A、
「やらせてよ~」
「だめだ! 高校に行ってからだ」
少年B、
「チ、中卒じゃダメか?」
「チュウソツ?」
龍太郎はイブッタ気に少年達を見回し、
「ダメじゃないけど・・・その髪じゃダメだ」
少年C、
「ええ! 夜勤で染めてるヤツいるジャン」
龍太郎は立ち上がり、正確な言葉で、
「あれは、シ・ゴ・ト・で・染めてるんだ」
少年B、
「ヤ、夜勤の仕事で、ソ、染めてるんか?」
「ウッセーッ! オマエ等に言っても分かんねー!」
少年A
「ウッセー、ウッセー、ウッセーナ! 黒く染めれば良いんだろ」
と歌い始めるバカガキ達。
龍太郎は呆れた顔で少年Aを見て、
「バカ。ここは店だぞ。出て行け!」
「分かった。黒くする」
「黒くする? その前にオレの面接にチャンと答えられないとダメだッ!」
少女が、
「面接って何?」
「メンセツを知らないのか??」
「知らないよ、そんなの。何それ」
「俺がキミ達一人一人に個別に質問する事」
全員の少年が龍太郎を見て、
「コベツ?」
龍太郎は苛立ち、
「もういい。帰れッ!」
少年B、
「ねえ、どんな質問するの?」
しつこい少年達に龍太郎が、
「何のために働くか。稼いだ金は何に使うのか。約束した事はチャンと守れるか。便所掃除は出来るか。それをキチッと答えられたら雇ってやる」
少年A、
「分かんねえよ、そんな事」
「じゃッ、ダ・メだな」
少年C、
「ええ? 分かったよ。言われた事をチャンとやれば良いんだろう」
「分ってるじゃねえか。キミ達ならチャンと出来るカモしれないな」
少年A、
「うん。ジャーネー、モモチさん。また来るよ」
「来なくていいッ!」
と龍太郎はハッキリと言う。
少年C、
「バイト、バイト、バ〜イト〜」
と、奇妙なステップを踏む。
少年達は石田と杏子をジロジロと見ながら店を出て行く。
石田が龍太郎の傍に来て、
「オーナー、アイツ等に好かれてますねえ」
石田のその言葉に、龍太郎はあの時、代議士の第一秘書から言われた『一言』が頭の中を過(ヨ)ぎる。
『おいモモチ、オヤジはオマエの事が好きみたいだぞ』(モノローグ)
「好かれている?・・・どうせ俺は、変なヤツにしか好かれないよ」
弘美が店内を走って行く。
「ワリ~、ワリー。遅れた」
石田がそれを見て、
「バ~カ!トロイからよ」
つづく
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