第18話 理由なき反抗

 龍太郎はうちの店の夜がここまで『無法地帯』と化しているとは思ってもみなかった。

何と、ネズミと少年(悪ガキ)達の良い遊び場に成っているではないか。


 ある朝の事である。

夜勤の林が退勤するために事務所に戻って来る。

龍太郎はストコン(ストアコンピュータ)で発注の確認をしている。


 「いっスか?」

 「お? ああ、お疲れさん。どうぞ」


龍太郎は座っている椅子を林に譲る。

林はストコンの画面をタッチし退勤画面を開ける。

今朝(ケサ)の林の顔色は頗(スコブル)る良い。

龍太郎は林の顔を見て、


 「スッキリしてるじゃないか」


林はキーボードを叩きながらぶっきら棒に、


 「さっき髭剃ったんス」

 「中々の男前だ」

 「そおっスか」


林はあいも変わらず、味も素っ気もない応対である。

龍太郎は林の髪を見て、


 「メッシュ入れたのか」

 「これっスか? ライブの関係で」

 「ライブ?」

 「来週、ブクロ(池袋)でライブやるんス。来ますか?」

 「オレ? 俺は無理だろう」

 「ハハハ、そおっスね」


龍太郎は話を変え『夜の商い』の話しに、


 「最近どう? 夜」

 「夜っスか? まあまあっス」


林は椅子を立ち、ロッカーを開け着替え始める。


 「何か変わった事はない?」

 「変った事っスか」


林は両手を挙げ大きく伸びをし、


 「・・・そおっスねえ。最近またガキがモリってます」

 「またか、困ったもんだ。この間、俺が夜勤に入った時、閉めちゃったんだ」

 「ええ! オーナー、アイツ等、〆ちゃったんスか!」

 「マトメテな」

 「マトメテ? ヤバくなかったっスか」

 「ヤバい? う~ん・・・ヤバかったのかなあ。とにかく店に中で騒ぐわ、床に座るわ、散らかすわ。だから、ドアーをそ~と閉めてとじ込めちゃったんだ。営業妨害で、まとめて警察に渡しちゃおうと思ってな」

 「ああ、シメルってドアーを閉めるね。俺は、やっつけちゃったのかと思いましたよ」

 「そんな事したら、こっちが警察のお世話になっちゃうじゃないか」

 「そおっスよね。で?」

 「うん? ・・・うん。ヤツ等、出られなくなっちゃったんで大騒ぎよ。俺ん所に来て、『すいません、ドアー開かないんですけど』なんてコク(言う)のよ」

 「ハハハハ」

 「だからとぼけて、『ええ!開かない?そんなバナナ。君達があんまり騒ぐから自動的にドアーのロックが掛かっちゃったんじゃないの?』って言ってやったんだ。そしたらリーダー格みたいガキが出て来て、『ドアー開けろ! ハゲ』なんて凄むのよ。で、俺の名札をジ~と見て『ヒャクチって云うのか、開けねえとドアーぶっ壊すぞ!』なんてコキやがるから、『おい、いま何て言った。ハゲ? オメー、ガキのクセに随分ナメタ口利(キ)くじゃねーか。オメーの名前は何て云うんだ?』なんて少し凄んでやったんだ」

 「ハゲ? 随分スね」


林は龍太郎の頭髪をマジマジと見る。


 「そりゃーないよな。林クンだってそこまで言うか?」


林は笑いを堪えて、


 「口が裂けても言えません」

 「だろう」

 「で、ネームをヒャクチって読んだんスか」

 「そう。字が読めねえの。その内に、ガキ等の一人がドアーを蹴飛ばしたのよ。コレ幸いと思って、品出ししている小山くんに『あ!今、蹴(ケ)ったな。小山くん! ビデオ回ってるよな。ちょっと警察呼んで! 器物損壊と営業妨害、あと万引き、交通妨害で全員補導だ!』って怒鳴(ドナ)ってやったんだ」


龍太郎はすっかり喋り方が変っている


 「ハハハハ。ヤツ等、ビビッタでしょ」

 「そりゃあもう。何しろ逃げられないもんな。そしたら、小山くんも芝居がウマイよな。急いで事務所に入って、戻って来るや、『今、パトカーが来ます!』なんて言うのよ」

 「へえ、あの東大(東京大学大学院のメガネの青年である)の小山さんが」

 「う~ん。シッたら、さっきのリーダー格のガキがシオらしく、カウンターの俺の前まで来て、『あの、本当に開かないんですか? 帰りたいんですけれど』なんて言うの。だから、『さっきドアーを蹴ったから、警備会社も来るな。強盗だと思ってな。ヤバイ事に成ったなあ』って言ってやったんだ」

 「ハハハハ、面白いっスね」

 「だろう。そうしたら紅一点の女のガキが俺んとこに来て、『店長さん、トイレに行きたいんですけれど』なんてヌカスのよ。当然、うちのトイレは夜は防犯上、『貸せません!』 だろう。全員がシボんじゃってさ。『あの~、オレ達、みんな補導されちゃうんですか?』なんて言うの」

 「ハハハハ、腹がイテエ。ヤツ等、歳(トシ)、幾つっスか?」

 「石田サンが言ってたけど、小六から中三。後は浪人」

 「ロウニン?」

 「高校に入れない連中」

 「へえ。で、みんなホドウ?」

 「補導だったら昨夜騒いでいないだろう」

 「ですね。じゃあ・・・」

 「うん。可哀想だから気付かれないように、ソ~とドアーの所に行き、ロックを解除してやったんだ。ドアーが開いてチャイムが鳴った途端、ガキの一人が『アッ! 開いた』って言ってスッ飛んで店から飛び出したんよ。シったら全員、大騒ぎで蜘蛛の子散らすように自転車に飛び乗って逃げて行っちゃた」

 「ハハハハ、面白れえ」

 「あんまり目に余るようなら警察呼ぶなり、電話で俺の名前をガキに聞こえるように言うなりして、撃退していいからね」

 「ヒャクチさん、ガキが来てます! て言うんスね」

 「うん。なんなら、店長〜! でも良いよ。アイツ等よく知ってるはずだ」

 「ええ!? 店長もなんか遭ったんスか?」

 「この前、ガキ等の一人を万引きで捕まえて、ギューと締め上げてやったんだ」

 「捕まえた? そおっスか。店長も中々やりますね」

 「ヤツ等、俺よりも店長の方が怖がってるんじゃね〜か?」

 「へえー。・・・あ、そうだ! それから夜中オーナーの友達ッつう人がけっこう来るんスよ」

 「トモダチ? 俺はこんな町にそんなの居ないよ」

 「そおっスか? なんかペットボトル持って来て湯、貸してくれとか、割り箸、輪ゴム・・・あ、この間、缶切り借りに来ました」

 「カンキリ?・・・誰だろう」

 「あの雰囲気は、そこの公園の住人っスね」

 「公園の? ああ! もしかして、吉松さん? 顎ヒゲはやしてなかった?」

 「アゴヒゲ? ああ、そんなオッさんも来ますね」

 「う~ん、うんうん。ヨッさんだ! 皆良い人達だよ。そうか、友達ね~。そうそう、前に『鮭の缶詰め』ご馳走になったんだ。先輩だ!」

 「センパイ? オーナー、山谷(サンヤ)に居た事あるんスか?」

 「ある訳ないだろう」


龍太郎は納得した様に、


 「そうだったのか。あの人達、夜、買い物に来てるのか〜・・・」

 「じゃ、くれちゃって良いんスね」

 「良いとも、箸の一本や二本」

 「おとつい二十本貰いに来ました」


龍太郎は驚いて、


 「二十本!・・・宴会かな」

                          つづく

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