第17話 山下少年の犯罪

 お彼岸も過ぎ、残暑が残るある日の事。

暑さで客の途絶えた店内である。

連休中でバイトの弘美とフリーターの石田がカウンターの中で駄弁(ダベ)っている。

と、ドアーチャイムが鳴り見覚えのある少年(悪ガキ)が二人、店に入って来る。

店内に不穏な空気が漂う。

石田と弘美は一瞬 駄弁(ダベ)りを止める。

弘美は二人をチラッと見て、


 「いらっしゃいませ~」


石田が二人に眼(ガン)を飛ばす。

その二人を追うようにして、新顔の痩せて背の高い少年Aが店に入って来る。

静子が売り場から商品の発注を終えて、カウンターに戻って来る。

店内の三人の少年を見て、


 「ねえ、あの子達って学校に行ってるのかしら」


石田が、


 「行ってこないじゃないっスか。学校だって来て欲しくないっしょ」


弘美は石田を見て、


 「この店って以外と悪ガキ、来ないですよね」

 「バーカ。暑いから、夜活(ヨルカツ)してんだよ。夜勤なんて大変だぜ、ガキの相手で」

 「あッ、そ〜か」


少年達は売り場の奥に行き、隅の方で何か話をしている。

それを見た静子は妙に怪しげな気配を感じる。

静子が石田の耳元に、


 「イッちゃん、あの子達 変じゃない」


石田は静子の視線を追う。


 「そおスねえ。マークした方が良いかも」

 「アタシ、奥で見てるわ」


静子はバックルームに行き、マジックミラー越し二人の動向を伺う。

そこに龍太郎が事務所から出て来る。

静子を見て、


 「何見てんの?」

 「シッ! あの子達ヤルかもしれない」

 「ヤル?」


龍太郎がマジックミラーを覗く。


 「あ〜、長井と土屋だ。ッたくう・・・」


静子はもう一人を指差し、


 「あの子は?」

 「アレ?・・・新人かな」


その時、


 「あッ、ヤッタ! あいつ、チーズを右ポケットに入れた」

 「え〜えッ! 長井か? 土屋か?」

 「違う、新人。 一本は右手、一本はポケット」

 「バカだねえ。困ったヤツだ、ちょっと俺がトッチメテやる」


静子が焦る龍太郎を静止する。


 「バカ、いま出ちゃだめッ! 店を出てから。まだお金を払うかもしれないでしょう」

 「あ、そうか」

 「どうせ、払いっこないと思うけど。ちょっとアタシ入り口に回るわ。アンタ、イッちゃん達とレジ見てて」

 「分った」


長井と土屋が何も買わずに店を出て行く。

龍太郎は何か「一言」言いたそうに二人を見ている。

弘美がカウンターを雑巾で拭きながら二人をチラッと見て、


 「ありがとう御座いまーす」


石田はジッと外の長井と土屋を目で追う。

静子は入り口で さり気無く 店を出て行った二人に強い視線を送る。

後から売り場を一周して、『あの少年』がレジに来る。


 「いらっしゃいませー」


少年は「サケルチーズ」を一つカウンターの上に置き、ジッと弘美を見ている。

石田は少年のジーパンのポケットを舐めるようにして見ている。

弘美が商品をスキャン。


 「一点で百三十円になります。このままで良いですか?」

 「うん」


少年は百五十円をカウンターの上に置く。

弘美は商品にテープを貼って少年に渡す。


 「はい」


サケルチーズを受け取る少年。


 「二十円のお返しです」


少年は受け取ったつり銭をレジ隣の募金箱に捨てるように入れる。

静子は雑誌を整理するふりをして少年の動向を終始、伺っている。

少年は静子の視線にまったく気付かないで店を出て行く。

すると、すかさず静子が、


 「すいません! お客さん」


驚いて振り向く少年。


 「ちょっと、右のポケットの中を見せてくれます?」

 「えッ?」


静子は言うが早いか少年のジーパンの右ポケットから「チーズ」を取り出す。


 「これ、うちの商品ですよね」


少年は一瞬 顔色が変る。


 「えッ! ちッ、違います」

 「あ、そうですか。でも、アタシは見てました。アナタがそれをポケットに入れる所。何なら、お店でビデオ見てみましょうか? しっかり映ってると思いますよ」


少年は焦って、


 「違うよ~」

 「分かりました。じゃ、二人でゆっくり防犯ビデオを観ま見ましょう。さッ、事務所へどうぞ」


観念したのか、静子に連れられ少年が店に戻って来る。

石田が少年を見てニヤッと笑う。

弘美は俯きながら少年に視線を。

龍太郎は少年を見てわざとらしく、


 「あれ? どうしたの」

 「も〜、この子、ヤッちゃったのよ」

 「ヤッちゃった? だめだなあ〜」


静子は少年の肩を抱き、龍太郎を見て、


 「ちょっと事務所でお話を聞いて来ますから」


 少年が事務所の破れた折りたたみ椅子に座っている。

静子は防犯ビデオを巻き戻している。

少年が落ち着かない様子で事務所内を見回している。

静子は少年を落ち着かせる様に、


 「コンビニの事務所の中ってこうなってるのよ。初めてでしょう」


少年は静子の問い掛けに黙って俯いてしまう。

防犯ビデオの巻き戻しを止めて、再生ボタンを押す静子。


 「え〜と、この辺ね。出るわよ! よく見てて。あッ、ほら、これ。右手にチーズ。その手が、い〜い?・・・あッ、入っちゃった! ここ、止めるわね。コレがこれでしょう」


静子がボールペンで画面を指し説明する。


 「もう一度見ましょうか?」


少年は俯きながら、


 「いいです」

 「アタシ、もう一度観たいな。だって大切な証拠ですもの」


少年は何も言えない。

静子は少年を睨んで、


 「じゃ、この紙にアナタの名前と年齢、住所、電話番号と、未成年だからお父さんかお母さんの名前も書いて。今、ちょっと警察に電話するから」


少年の表情が急に変わる。


 「えッ!」

 「えッて、万引きは犯罪よ。窃盗(セットウ)って云うの。早く書いてちょうだい。忙しいんだから」


静子は電話のプッシュボタンを一つ押し、にっこりと笑い少年を見る。


 「これわね、店と下谷警察署を結ぶホットラインなの。コンビニは事件が多いから、直ぐ来るわよ。書いた? 何してるの。早く書きなさい」


少年の手が震えて、ペンが持てない。


 「なに震えているの、万引きする度胸が有るくせに。じゃ、アタシが書くから言いなさい。早くしないと警察が来ちゃうわよ」


俯いた少年の目から涙が一粒が床に落ちる。

静子は強い口調で、


 「泣いてるの? ッたく、男でしょう。早く言いなさいッ!」


少年は小さな声で、


 「ヤマシタ・・・」


静子は大きな声で、


 「ええ? 聞こえないッ!」


少年は俯いて、


 「ヤマシタコウジ」


更に強い口調の静子。


 「ヤマシタは、この字ッ?」


静子が少年にメモ用紙を見せる。

チラッとメモ書きを見て、


 「はい」


静子はペンを渡し、


 「コウジは?」


少年は静子のペンを取り、メモ用紙の隅に小さく 「幸治」と書く。

静子はペンを取り返し、紙に大きく『幸治』と大きく書く。


 「で、年齢と住所ッ!」


迫力のある静子の尋問。

少年はモゾモゾと、


 「十六歳、・・・竜泉四の二の二五三」

 「学校ッ!」


少年は小さな声で、


 「行ってません」

 「ええ? 行ってないッ!・・・」


静子は少年を睨む。


 「引っ越して来たんです」


静かに圧力を掛ける静子の更なる尋問。


 「ウソ付いても直ぐに分かっちゃうわよ」


少年は真顔で、


 「ウソじゃないです」


睨(ニラ)む静子。


 「へえ〜。じゃ、両親の名前は?」

 「えッ!」

 「えッて、何言ってんの? 警察に行ったら全部分かっちゃうのよ!」

 「・・・サチコ」

 「サチコは、こう書くのかな?」


静子は少年にメモ用紙を見せる。


 「はい」

 「で、お父さんの名前は?」

 「・・・居ません」

 「? お母さんだけ?」


少年は泣きながら俯いて頷く。

静子は少し気が抜けて、


 「・・・そう。じゃ、お母さんに電話するかな? 電話番号ッ!」


静子は受話器を取り、プッシュボタンに触れる。

少年は電話番号と聞いて驚く。


 「早く言いなさい!」

 「電話しても誰も居ません」

 「何言ってるの。電話番号ッ!」

 「〇三の四一三、・・・・」


静子は電話番号をプッシュし始める。

電話は誰も出ない。


 「出ないなぁ・・・」

 「家には誰も居ませんから」

 「居ないの?」

 「はい。働いてるから夜遅くなら」 


静子は少年の涙で溢れる目を見て、


 「そッかー・・・」


少年はしおらしく、


 「すいません。もうやりませんから、許して下さい。本当にやりませんから許してください。やりませんから・・・」


大泣きをする少年。

優しく諭(サト)す静子。


 「そんなに泣くんじゃないの。じゃ、この紙に大きく、『もう万引きはやりません。山下幸治』って書きなさい! あッ、それと今日の日付も」


少年は震える手つきで素直に言われた通りに書く。

「汚い字」である。


涙が紙の上に落ちる。

静子が優しく、


 「書いた?」

 「は、はい」


静子が紙の文字をわざとらしく確認して、


 「う〜ん。じゃ、これはコピーしてと」


静子は受話器を取り、内線で弘美を呼ぶ。


 「池辺さん、ちょっと事務所へ」


弘美が急いで事務所に入って来る。


 「はい」


しおらしくうなだれている少年。

弘美はチラッと少年を観る。

静子が、


 「これを1枚、コピーして来てちょうだい」

 「あッ、はい!」


弘美が紙を持って出て行く。

静子は少年を睨んで、


 「一枚が警察、もう一枚はそこの壁に貼って置くから、良いわね」


少年はシャックリが止まらない。


 「ハッ、ヒッ、はい」


暫くして、弘美が紙を二枚持って事務所に来る。


 「あのー・・・」

 「あッ、ありがとう」


弘美は少年を見て静子に、


 「高校生ですか?」

 「そう。一年生かな?・・・」


少年は黙って俯いている。

弘美が、


 「そうですか・・・。じゃッ!」


静子が、


 「あ、池辺さん! 警察はまだ来てないわよね」


弘美は驚いて、


 「え! あッ、まだ来てません」

 「そう、ご苦労さま。行って良いわよ」

 「はい」


弘美は売り場に戻って行く。

入れ違いに龍太郎が事務所に入って来る。

静子が壁に少年の『決意書』をテープで貼っている。

龍太郎が、


 「困ったもんだねえ。で、警察は?」

 「ああ、もう直ぐ来ると思うわ。でも・・・、今回は山下君、すッごく反省している様だから・・・」


龍太郎が、


 「ヤマシタって云うのか」


龍太郎は少年をキツイ眼で見て、


 「困ったもんだ。で」


静子が、


 「この決意書を一枚警察に渡して今日のところは、ヒ・ト・マ・ズ、許してやろうと思って」


龍太郎は静子が貼った「決意書」を見て、


 「もう万引きはやりませんか。ほ〜お、幸治(コウジ)クンて云うのか。本当に約束出来るのか?」


少年は小声で、


 「出来ます・・・」


静子は凄みを利かせた声で、


 「こっちを見なさい!」


少年は顔を上げる。

静子は少年の目を見て、


 「本当に二度とやらないわね」


少年はまた大泣きを始める。


 「はい。もうやりません」

 「じゃ、このチーズは買うの?」

 「いらないです。チーズはもう食べません」

 「?? 何だ泣き虫! さあ、早く行きなさい。オマワリさんが来ちゃうわよ」


少年は鼻水をすすりながら急いで事務所を出て行く。

龍太郎は後姿を見て、


 「長井と土屋にそそのかされたんだろう、可哀想に」


少年が売り場に出て来る。

石田と弘美の視線が少年に集中する。

少年は涙でクシャクシャになった顔を取り繕って、急いで売り場を走り抜ける。

石田がニヤッと笑い、


 「またお越しくださいませ~~~」


暫くして、龍太郎と静子が売り場に出て来る。

石田が、


 「高一っスて?」


静子が、


 「え? そうかな?」

 「ニューフェイスですね。あれッ? 警察は」


静子が一言、


 「来るわけないじゃない。あんなのアタシが締め上げた方がずっと効くわよ。何人でもまとめてかかってらっしゃい」


石田が静子を見て、


 「よおよお、店長! 格好良い。うちの店にピッタリじゃん」


龍太郎が一言。


 「やっぱり、店長は恐ろしい女(ヒト)だ」

 「何言ってのよ。しっかりしなさいよオーナー!」


と静子の一言。

龍太郎は頭を掻きながら、


 「いや~、お世話になります」


弘美が静子の顔を目を丸くして見ている。

                          つづく

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