第5話 アンパンと豆腐を待つ人

 夜勤が帰った事務所に、龍太郎が一人、廃棄のオニギリを頬張りながら「防犯モニター」を観ている。

 すると・・・、

モニターに痩せて背が高い女性用のサンダルを履いた、怪しげな『中年男』が映る。

男はポケットに手を入れ、売り場を徘徊している。

龍太郎はその男が気に成って売り場に出て行く。

品物を陳列する格好で、男の様子を窺う龍太郎。

男は龍太郎が傍に来た事も気にせずフロアーにしゃがみ込み、必死に『パン』を漁っている。

すると目的のパンが無いのか急に立ち上がり、また売り場を徘徊し始める。

そしてチルドケースの所で止まり、一点を見詰めいる。

龍太郎はさりげなくレジカウンターの静子の傍に行く。

そして耳元に小声で、


 「あのお客から目を離すな」


静子は男を見て、


 「え? どうかしたの」

 「やるかもしれない」

 「ヤル?」

 「万引き!」

 「マンビキ?」

 「シッ! 聞こえちゃうだろう。いいから目を離すな!」

 「はい」


そこに歳の頃なら三十歳前後の男が店に入って来る。

男は冬なのに薄汚れた長袖のポロシャツ一枚に作業ズボン、素足にサンダル履きである。

男はレジカウンターの静子に、


 「すいません。トイレ貸して下さい」

 「あ、ハイ! どうぞ、こちらです」


静子はこの街の環境上(下谷警察署管内防犯重点区域)、男をトイレまで案内する。

バックルームに入ると、中をキョロキョロと見回しながら静子の後に続く男。

静子が、


 「こちらです」

 「あ、ど、どうも・・・」


静子は男の案内を終えて、レジカウンターに戻って来る。

すると店の前の自転車置き場に自転車を停め、ジーパン姿の小柄な『女の子』が店に入って来る。


 外のダストボックス(ゴミ箱)の上の『雉トラ(招き猫)』が急いで女の子の後を追って店に入って来る。

女の子は静子を見て、


 「おはよう御座いま~す」


なかなか元気が良い子である。

静子も女の子を見て、


 「もしかして石田サン?」

 「えッ? もしかして新しいオーナーさん」

 「いえ、店長です」

 「そおっスよねえ。オーナーって普通、男っスよねえ」


龍太郎がバックルームから売り場に出て来て、石田を見る。

そして、


 「あッ、もしかして石田サン? かな」

 「そおっス」

 「お〜お、ご苦労さん」


石田さんは龍太郎を見て、


 「あッ! 新しいオーナーさんスよね」


龍太郎は『オーナー』と云う言葉に中々なじめない。


 「え? あ、まあ。始めまして百地(モモチ)です。宜しく」

 「こっちこそ宜しくっスよお。今、着替えて来ます」


石田さんは小柄ながら中々気風(キップ)の良い、下町の「オキャン娘」である。


 暫くして石田さんが売り場に出て来る。

静子が品出しをしている。

龍太郎が石田さんの傍に来て、


 「石田サン」

 「はい、何スか?」


龍太郎は先ほどから気に成っているサンダルの男をそっと指差し、


 「あの男の人、知ってる?」

 「ああ、アンパン男スか?」

 「アンパン男?」

 「木村って云うンです。元ヤクザ」

 「元ヤクザ?」

 「そおっス。結構プライド高いっスよ。今はウチの店の前とそこの公園の『ジョバ貸し』をやってます。自分じゃ、「不動産屋」だって言ってますけどね」


龍太郎は店を徘徊して居る木村と云う男を見つめて、


 「プライド? 不動産屋?」

 「はい。いつも来ますよ。『アンパンと豆腐』が来るのを待ってるんス」


龍太郎は男の全身をマジマジと見て、


 「・・・アンパンと豆腐。元ヤクザ? ジョバ貸し? アンパンマンか・・・?」


石田さんは喋り続ける。


 「糖尿っスよ。若い時、ポン(麻薬)やり過ぎたんですって」

 「ポン?」

 「ポン中毒。ヒロポンんスよ。オーナー知らないんスか」

 「え? あ〜あ」

 「アイツ、まともじゃないっスよ。喰いカスをアチコチに散らかすし。ッたくう〜」


石田さんは自分の頭を指差し、


 「イッちゃってますね」

 「いっちゃう?」

 「その内、分かりますよ。うちの店って『変な客』ばっかっスよ」


石田さんは龍太郎を見て、


 「オーナーっチってこう云う仕事、初めてっスか?」

 「うん? ああ。僕はね」

 「店長は?」

 「ナナで働いてた」

 「ナナすか。渋いッスね。ライバル店じゃないっスか。そう言えば、今度、そこの通りの向こうにナナが出来るのを知ってますか?」


龍太郎は驚いて、


 「えッ、ホントウ!」


龍太郎は驚く。


 「大丈夫っスよ。ここの住民は新し物好きですけれど、直ぐもとの味に戻っちゃうから。それに、この店は、昔、スーパーっスから」

 「スーパー?」

 「そおっス。コンビニに成る前はスーパー吉本って言ってたんス」

 「スーパー・ヨシモト?」


品出し中の静子は石田さんの声が聞こえたらしく、


 「え〜え! そうだったの」

 「そうスよ。この店、この辺じゃ一番古いんスから」

 「へえ〜・・・」

 「石田サン、チョコット良いかな?」

 「何スか?」

 「初めてだから、面接でもしょうか」

 「ああ、そおっスね」

 「店長! 石田サンと面接して来るから」

 「はい。どうぞ!」


龍太郎は石田さんと事務所に入って行く。

                          つづく






夜勤が帰った事務所に、龍太郎が一人、廃棄のオニギリを頬張りながら「防犯モニター」を観ている。

すると・・・、モニターに痩せて背が高い女性用のサンダルを履いた、怪しげな『中年の男』が映る。

男はポケットに手を入れ、売り場を徘徊している。

龍太郎はその男が気に成って売り場に出て行く。

品物を陳列する格好で、男の様子を窺う龍太郎。

男は龍太郎が傍に来た事も気にせずフロアーにしゃがみ込み、必死にパンを漁っている。

すると目的のパンが無いのか急に立ち上がり、また売り場を徘徊し始める。

そしてチルドケースの所で止まり、一点を見詰めいる。

龍太郎はさりげなく、レジカウンターの静子の傍に行き、耳元に、


 「あのお客から目を離すなよ」


静子は男を見て、


 「え? どうかしたの」

 「やるかもしれない」

 「ヤル?」

 「万引き!」

 「マンビキ?」

 「シッ! 聞こえちゃうだろう。いいから目を離すな!」

 「はい」


そこに、歳の頃なら三十歳前後の男が店に入って来る。

男は冬なのに薄汚れた長袖のポロシャツ一枚に作業ズボン、素足にサンダル履きである。

男はレジカウンターの静子に、


 「すいません。トイレ貸して下さい」

 「あ、ハイ! どうぞ、こちらです」


静子はこの街の環境上(下谷警察署管内防犯重点区域)、男をトイレまで案内する。

バックルームに入ると、中をキョロキョロと見回しながら静子の後に続く男。


 「こちらです」

 「あ、ど、どうも・・・」


静子が男の案内を終えて、レジカウンターに戻って来る。

すると店の前の自転車置き場に自転車を停め、ジーパン姿の小柄な『女の子』が店に入って来る。


 外のダストボックス(ゴミ箱)の上の『雉トラ』が急いで女の子の後を追って店に入って来る。


 「おはよう御座いま~す」


元気が良い女の子である。

静子は女の子を見て、


 「あッ、もしかして石田サン?」

 「えッ? もしかして新しいオーナーさん」

 「いえ、店長です」

 「そおっスよねえ。オーナーって普通、男っスよねえ」


龍太郎が事務所から出て来る。

石田を見て、


 「あ、石田サン? かな」

 「そおっス」

 「おお、ご苦労さん」

 「あッ! 新しいオーナーさんスよね」


龍太郎は『オーナー』と云う言葉に中々なじめない。


 「え? あ、まあ。始めまして百地(モモチ)です。宜しく」

 「こっちこそ宜しくっスよお。今、着替えて来ます」


石田は小柄ながら中々気風(キップ)の良い、下町の「オキャン娘」である。

暫くして石田が売り場に出て来る。

静子が品出しをしている。

龍太郎が石田の傍に来て、


 「石田サン」

 「はい、何スか?」


龍太郎は先ほどから気に成っているサンダルの男をそっと指差し、


 「あの男の人、知ってる?」

 「ああ、アンパン男スか?」

 「アンパン男?」

 「木村って云うンです。元ヤクザ」

 「ヤクザ?」

 「そおっス。結構プライド高いっスよ。今はウチの店の前とそこの公園のジョバ貸しをやってます。自分じゃ、不動産屋だって言ってますけどね」

 「プライド? ジョバ貸し?」

 「はい。いつも来ますよ。アンパンと、豆腐が来るのを待ってるんス」


龍太郎は男をマジマジと見て、


 「アンパンと豆腐? ヤクザ? ジョバ貸し? アンパンマン?」


石田は喋り続ける。


 「糖尿っスよ。若い時、ポン(麻薬)やり過ぎたんですって」

 「ポン?」

 「ポン中、ヒロポンんスよ。オーナー知らないんスか」

 「え? あ〜あ」

 「アイツ、まともじゃないっスよ。喰いカスをアチコチに散らかすし。ッたくう〜」


石田は自分の頭を指差し、


 「イッちゃってますね」

 「いっちゃう?」

 「その内、分かりますよ。うちの店って『変な客』ばっかっスよ」


石田は龍太郎を見て、


 「オーナーっチってこう云う仕事、初めてっスか?」

 「うん? ああ。僕はね」

 「店長は?」

 「ナナで働いてた」

 「ナナすか。渋いッスね。ライバル店じゃないっスか。そう言えば、今度、そこの通りの向こうにナナが出来るのを知ってますか?」

 「ホントウ!」


龍太郎は驚く。


 「大丈夫っスよ。ここの住民は新し物好きですけれど、直ぐもとの味に戻っちゃうから。それに、この店は、昔、スーパーっスから」

 「スーパー?」

 「そおっス。コンビニに成る前はスーパー吉本って言ってたんス」


品出し中の静子は石田の声が聞こえたらしく、


 「ええ! そうだったの」

 「そうスよ。この店、この辺じゃ一番古いんスから」

 「へえ・・・」


 「石田サン、チョコット良いかな?」

 「何スか?」

 「初めてだから、面接でもしょうか」

 「ああ、そおっスね」

 「店長! 石田サンと面接して来るから」

 「はい。どうぞ!」


龍太郎は石田と事務所に入って行く。

                          つづく

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