第6話 指切りをする人(石田さん)
龍太郎と石田さんが事務所で面接を始める。
「じゃ、そこに座って下さい」
「はい」
龍太郎は机の引き出しから例の履歴書ファイルを取り出す。
ファイルを開き石田さんの履歴書を探し始める。
「え~と・・・、あれ? 無い」
「え~えッ? そんなあ。すいません、ちょっと貸して下さい」
石田さんは龍太郎の見ているファイルを取り上げ、履歴書を捲る。
「あれ~・・・ないっスねえ。オッカシイなあ」
龍太郎は引き出しを開け、もう一度奥を覗く。
「無いなあ。あ、奥に紙が挟まってる。居たッ! こんな所に居たぞ」
「ナニそれぇ~、もう」
「ハハハ。ゴメンゴメン。引継ぎの時、外れちゃったんだろう。ハハハ」
「お願いしますよお。ッたく~」
龍太郎がクシャクシャになった履歴書を伸ばしながら、石田さんの顔を見て苦笑する。
石田さんは皺(シワ)だらけの履歴書を見て、
「あ~あ。アタシのプロフィール」
「いや~、ゴメン、ゴメン」
龍太郎は伸ばした履歴書の写真を見る。
「おおッ! 茶髪だったんだ」
「そおっス。ヤンキーにハマッテたんス」
龍太郎は石田さんをマジマジと見て、
「ヤンキー?」
「変スか?」
「あ、いや」
龍太郎はまた履歴書に目を移す。
「随分、字が綺麗だなあ。石田陽子(イシダ ヨウコ)。二十歳。ええ! 書道初段? すげえなあ」
「なんて事ないっスよ」
「そうか~? ・・・あれ? 高校三年で中退? 何で卒業しなかったの」
「したくなかったからっス」
龍太郎は石田さんを見て、
「したくなかった?・・・へえ」
龍太郎はまた履歴書に目を移す。
「で、趣味は猫と遊ぶ事? 猫は何匹飼ってるの?」
「三匹。皆この店にはぐれて来た子」
「へえ。落語でも下町にはネコが付き物だからなぁ。で、家族構成は・・・あれ? お母さんは」
「居ないっスよ、あんなクソババア」
「クソババア? そう云う言い方は良くないぞ」
龍太郎は石田さんの顔を見る。
「良いスよ。母親の事は」
「まあ、いろんな事が遭ったんだろうけど、母さんは母さんだ。許せるものなら許してやらなくっちや。君も、もう大人なんだし」
石田さんは急に黙り込む。
「どうした? 元気が無いな。ま、それはそれとして、ずっと働けるのかな?」
「・・・ハイ」
「よし、じゃ、これから一緒に頑張ろう」
龍太郎はまた、右手の『小指』を立て、差し出す。
「? 何スかそれ」
「指切りだ」
「ユビキリーッ?」
「そう。石田サンとの約束」
「あ~、約束ね」
石田さんは右手をジーンズの腿で拭いて、元気良く小指を絡ませる。
「お願いします」
「うん」
石田さんは席を立ち、大きく背伸びをする。
「あ~あ、金が欲しいなあ」
「カネ? いいねえ。僕も欲しいな。今まで時給いくら貰ってたっけ?」
「八百五十円っス」
「そう。じゃ少し上げてやろうか」
石田さんは急に顔色が変る。
「エッ! マジっスか?」
「うん。十円で良いかな」
「十円? ウンナ、大人っスよ」
「じゃいくらなら良い?」
「最低五十円ショ」
「五十円か。じや、五十円!」
「えッ! 良いっスか?」
「良いよ」
「アタシの仕事見ないで上げちゃって良いっスか」
「うん? だって、お金が欲しんだろう」
「そりゃあ。でも、今までそんな感じで時給を上げてくれた人って誰も居ないっスよ」
「じゃ、やめよう」
石田さんは焦って、
「いや、男は一度言った言葉は曲げちゃだめっスよ」
「僕は、石田サンが気に入ったんだ。黙って取っとけ」
「格好良い~! でも、オーナーってちょと変ってますね」
「変ってる?」
「ええ、絶対に変わってる。だって面接で指切りしたり、金が欲しいと言ったら時給上げてくれる人って始めてっスよ」
「そおっスか」
つづく
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