第4話 指切りをする人(林くん)

 林くんが眠い目を擦りながら事務所に戻って来る。


 「お疲れっス」


龍太郎は林くんを見て、


 「おお、お疲れさま。・・・そう云う喋り方、いまハヤ(流行)ってるの?」

 「何スか?」

 「あッ、いや、良いんだ。眠いところ悪いんだけど、初めてだから面接でもしょうか」

 「いっスよ」


龍太郎は机の上の『履歴書ファイル』を広げ、林くんの名前を探す。


 「え~と・・・。あ、その前にオレ、百地(モモチ)って云うんだ」


林くんはぶっきらぼうに、


 「そースか」


龍太郎はファイルを捲りながら、


 「林・・・ハヤ、お、有った。林 辰巳(ハヤシ タツミ)。タッちゃんか。良い名前じゃないか。・・・浅草から通って来るんだね。浅草にピッタリの名前だ。十八歳。え? 十八! 新卒?」


龍太郎は驚いて林くんを見る。


 「そっス」

 「じゃ高校の時からず〜とここでバイト?」

 「そっス」

 「へえ〜。こう云う仕事好きなの?」

 「え?」

 「いや、こう云う仕事をどう思う?」

 「どうでも良いっス」

 「あ、まあそうだろうな」


龍太郎と林くんの会話が、かみ合わない。

龍太郎はまた履歴書に眼を移す。

すると林くんが一言。


 「兄貴がここでバイトやってたんス。ソイツの紹介っス」


龍太郎は林くんを見て、


 「ソイツ? ああ、兄さんの紹介か」


また履歴書に眼を移す龍太郎。


 「・・・兄弟が三人、みんな男。へえ、みんな男か。で、君は三男。末っ子だね? 家は煎餅屋か。じゃ、将来はセンベイ屋の跡継ぎだな」

 「長男が焼いてっス」

 「あ、そう。そうスか。じゃ、林クンの目標は?」

 「アーチストっス」


龍太郎は驚いて林くんを見る。


 「アーチスト? 芸術家か?」


林くんは怪訝な顔で龍太郎を見る。


 「? パンクっス」

 「ええッ! 自転車屋?」

 「? ロックっス」

 「あ〜あ、ごめんごめん。R&Bだね」

 「? ・・・知ってんスか?」

 「知ってるよ。リトル・リチャードの大フアンだ。林クンにピッタリじゃないか」

 「ハア〜?」


龍太郎のその一言で急に会話に『白い空気』が漂う。


 「あッ、君は知らないよな」


龍太郎は話題を変えて、


 「で、当分この仕事は続けられるのかな?」

 「良いっスよ」

 「よし。じゃ、一緒に頑張ろう」


龍太郎は『小指』を立てて、右手を差し出す。

林くんはそれを見て、


 「何スかそれ」

 「指切りだ」

 「ハアー?」

 「男の約束だ」

 「ああ、ヤクソクね。ハハハ」


林くんは龍太郎の右手の小指に自分の小指を絡ませる。

龍太郎は林くんの目を見て、


 「よろしく頼むぞ」


林くんは笑いを堪えて、


 「ウイッス」

 「え~と、何か質問とか要望はないか?」


林くんは素っ気なく、


 「無いっス」


龍太郎も林くんの言葉を真似(マネ)て、


 「そ~スか。何でも言ってくれ。相談ぐらいは乗ってやるぞ」


林くんは龍太郎をバカにした目でチラッと見る。

龍太郎は履歴書ファイルを机の引き出しに仕舞いながら、


 「じゃ、お疲れさん! 御免な。時間取らせちゃって」


ストコン(ストアーコンピュータ)をタップする龍太郎。

林くんはやっと解放されたかのように椅子を立ち、龍太郎の目の前で大きく伸びをする。


 「うッう~~う! お疲れっス」


林くんはロッカーを開け、ユニホームをハンガーに掛けながら、


 「オーナーっチ、どっから通ってんスか?」

 「うん? 根岸だ」

 「根岸スか? 近いっスね」

 「うん? まあな」


林くんはロッカーを閉め、タオルを頭に被る。


 「ジャッ!」

 「おう、またな。気をつけて帰れよ」


龍太郎は廃棄の弁当を思い出し、


 「あ、そうだ。そこのカゴから、好きなもの持って帰んなさい」

 「えッ、良いんスか?」


林くんは床にしゃがみ、カゴの中の『廃棄弁当』を漁る。


 「もったないなあ。そう思わないか?」

 「そおッスね〜え。プー太郎にでもくれてやれば良いんスよ」


龍太郎の打つストコン・キーの手が止まる。


 「プー太郎?」

 「この辺の住人っスよ。うちの塵ボックスもよく漁ってますよ」


ストコンの画面が一瞬暗くなる。


 『アサッてる?・・・』


龍太郎のキーボードの指が硬直する。


 「じゃ、オニギリとこの蕎麦、貰って行きます」

 「え? お、おお。良いよ。何だったら、それ全部持って帰れば」

 「全部っスか? い~スよ。ジャッ!」

                          つづく

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